いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

自分をオープンにしている限り人間は死なない。

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私のオラクルカードが大阪で奇跡を連発している。また人類を救ってしまった。今朝、タロットカードの使い方まで覚えてしまった。金曜日の昼過ぎには長野の森に行く。森ジムに加えて『森のタロット屋さん』をやりたいと思う。森の中に小屋を建てて、怪しげなタロット屋さんを開設するのだ。鑑定される側の人間は、鑑定料として食糧(最近の私はアボカドが大好き!)を献上する。それによって私は命を繋ぐのである。ふふふ。完璧である。が、私は飽き性なので1日に鑑定できる人数には上限がある。

 

 

京都から車を出してくださる女性が「空席があるので、他にも長野に行きたい人がいたら一緒に行きましょう!」と提案をしてくれた。現状、残り座席が2人分ある。12月7日(金)朝8時大津駅前某所待ち合わせ、その後5時間程度車を走らせたら長野県大町市に到着をする。その後の予定は完全に未定になりますが「片道切符でも構わないから、一緒に行きたい!」と思われたフットワークの軽い素敵なあなたは、お気軽にご連絡ください。今、私は大阪駅の地下のカフェにいます。心ある読者様から「肉を食え!」とお誘いをいただき、昼、神戸牛を食べる予定である。

 

※※※ おかげさまで満席となりました ※※※

 

連絡先・坂爪圭吾

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マッチ売りの少女を殺したのは誰か。

ごちゃまぜの家に滞在をしている内海さんがいい感じだ。小生、人生哲学のひとつに「自分をオープンにしている限り人間は死なない」というものがある。自分を閉じると死ぬ。しかし、自分を開けば世界も開く。結果、いい感じになる。極論、人間の状態は『開いているか閉じているか』の二種類だと思う。今夜、私は、京都で「誰も使っていない古民家があるから、ここをごちゃまぜの家みたいにしたいと思っている。よかったら一回遊びに来てください!」とお声をかけていただき、そちらに向かうことになった。こうして声をかけていただけることはうれしい。結果、今夜の宿もどうにかなってとってもうれしい。

 

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まだ家がなかった数年前、イギリスに呼ばれて行ったことがある。そこで素晴らしい出会いを果たしたのだが、時は流れ、数年後の今(なう)「奇跡が奇跡を呼ぶ」みたいな現象が起きた。長野の森を開墾してINN THE FORESTをオープンして数日しか経っていないが、イギリスからも「素敵な森がイギリスにありますので、いつでも遊びに来てください」的なお声をかけていただいた。なんということだろう。素敵すぎる。私はしばらく茫然とした。嗚呼、いますぐにでもイギリスに飛びたい。誰か一緒にイギリスに行きませんか。日本では、ちょっと前に『死ぬこと以外かすり傷』という本が話題になった。私の場合は『死ぬこと以外予定なし』の人生である。死ぬこと以外に予定がない。時間だけは無限にある。航空券を調べたら往復10万円弱程度かかる。この費用をどうするのか。これが当面の課題である。

 

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ここまで書いたところで「大阪でごちゃまぜの家みたいなことをやりたいと思ったものの挫折した。よかったら一回家に来てくれませんか??」的なご連絡が届いた。楽しい。早速「今日の夕方なら行けます!」と返信をした。これから、私の人生はどうなるのだろうか。資本主義社会とか経済合理性などと謳われるが、結構多くの人々が「無償で人々に与える側にまわりたい」と思っていることを知ることは楽しい。なんだ、みんな遊びたいと思っているんじゃないか!みたいに思えるからだ。最近思う。公衆便所があるなら『公衆台所』とかあってもいいじゃないか。公園に台所をバコン!と設置して、誰でも好きに使えたらコミュニケーションも生まれそうだ。が、色々問題もあるのだろう。私は般若心経が好きだ。困ったときは「羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」と唱える。これで、大概の問題はどうにかなる。

 

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自分をオープンにしている限り人間は死なない。

ロンドンでイベントをやりましょう!とお誘いを受けた。凄い。ロンドンなんて格好いい。私のふるさとは新潟県で、私は勝手に『日本のロンドン』と呼んでいる。寒い国の人間は頭がおかしくなる。よく言えば『(内的世界が充実するから)文学が育つ土壌になる』とも言えるし、悪く言えば『精神が異常をきたして自殺率がうなぎのぼり』とも言える。寒ブリがうまいことと、北の国の人間はいかめしいことは似ている。地元の人間に「最近どう?イエローモンキーのプライマルを聞いていたら君を思い出したよ」と連絡をした。すると、その人は「新潟はまじでドブみたいな灰色だよ」と言った。曇天が続くと人間は頭や語彙力はおかしくなる。彼女は、最近、髪をぶった切った。切ったとかのレベルではない。『ぶった』切ったのである。愛する吉井和哉さんは「さみしがりは激しいジョークを欲しがるのさ」と歌った。物凄いわかる。物凄いわかるなあと思いながら私は灰色の青春時代を過ごした。

 

昨日、大阪の道頓堀で開催されたミュージカルに招待をしていただいた。ここには書ききれない様々なことを思った。表現者を目の前にすると(良いも悪いも)色々なことを思う。終盤、キャスト全員が客席におりてきて観客とハイタッチをする、という演出があった。私の前にもキャストが来る。私は、正直、あんまりハイタッチをしたい気分にはならなかったのだけれど、目の前にきたキャストが大量の汗を流しているのを見て「うわー!」と思った。流れる汗に感動をしたのだ。汗、それは『実際にやっている人間からしか絶対に出ない』ものだ。私は猛烈に感動をしてしまい、満面の笑顔でハイタッチをした。脳内で中島みゆきの「ファイト!」が流れた。戦う君の歌を戦わない奴が笑うだろう。だが、その後、これも違うなと思った。私は男だから、どうしても戦う人間を賛美する傾向がある。しかし、彼らに「頑張れ!戦え!俺も戦う!」と願うことは違うような気がした。その直後、私の脳味噌に黒柳徹子がふわっと降臨をした。

 

本当に凄い人間は戦っていない。ただ、圧倒的にそこに存在している。私は黒柳徹子とか広瀬香美の明るさとかMAYUCHAPAWONICA様の存在感が好きだ。戦う人間からは、どうしても『勝ちたい』とか『認めさせたい』とか『成り上がる』的な野心が滲み出る。しかし、本当に凄い人間が醸し出している空気感は圧倒的な肯定力を帯びる。恨みがない。憎しみもない。あるのは、ただ、生きてここにあることの歓喜とでも言えばいいのだろうか、愛や光を自分自身が体現している。踊りそのものになっている。音楽そのものになっている。そんな感じの印象を受ける。ミュージカルの踊り子に、私は、その日一番の光を見た。終演後、彼女と話をする時間があった。20歳になったばかりの女性だった。私は「あなたは何をやっても絶対にうまくいくと思う」と伝えた。事実その通りに感じた。が、ひとつだけ言い忘れたことがあった。それは「世界に出た方がいい」という思いだった。日本に留まるのではなく、広い世界に出てほしい。もっと自分を膨らませて欲しい。そういうことを彼女に対して思った自分は、また、自分自身に対しても「世界に出ろ」と思っているのだろうな、と思った。

 



乱世に備えて。。。

#あなたは良質の油を摂取しなさい
#お告げをいただく
#無農薬バターとか亜麻仁油とかオリーブオイルとか
#最近調味料に興味あります
#アボカドとかブロッコリーとかアーモンドとか
#カツオもいいよと言われる
#賞与
#アボカドくり抜いて卵を乗せて良質の油で炒めたやつを森で食べたい
#赤身
#プロテインは噛みながら飲めと言われた
#鬱とか気持ちじゃなくて体調の問題
#岡本太郎の沖縄論に感動
#お金以外の価値観で動く人間が好きだ
#損をしてもいい
#そう思える人間と一緒にいたいと思う

 

人生は続く。 

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu  

 

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