いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

本音で生きると、毎日がドラマになる。

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京都在住の女性から「長野に行くなら車を出せます!時間の融通もきくので、都合のいい時に一緒に行きましょう」とご連絡をいただいた。よし。という訳で明日から関西に押し寄せする。金曜日まで(長野の)天気が悪いみたいだから、しばらく関西に滞在する予定です。が、予定も宿もなにもない。常に乱世に備えていたい私は「占い師になる」ことを決めた。小生、よくあたると評判のオラクルカードを持っている。これで数億人の命を救ってきた。呼ばれた場所なら何処でも行く、出張型の占い師になりたいと思う。鑑定料金は驚きの0円である。今夜横浜発の高速バスに乗り、明日4日(火)の朝7時過ぎにはなんば駅界隈に到着する。それ以降は死ぬまで何も予定がない。関西在住の方は、是非、お気軽にご連絡をください。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu  

 

 

関西に空き地や空き家はあるのだろうか。全国にごちゃまぜの家を作れたらうれしい。誰かに食事をご馳走していただけたらもっとうれしい。無理矢理にでも連れて行きたいおいしい飲食店をご存知の方がいたら、小生、お付き合いをさせていただきます。あたたかな手料理も超絶大歓迎です。「実は行きたいお店があるのだけれどひとりではちょっと」みたいな要望にも応えられるかもしれない。誰か、私の有効な活用法を見出してください。なんでもいいのだ。きっと、俺はなんでもいいのだと思う。移動している時の方が、誰かと話している時の方が、いい感じの風を感じる。逆に言えば「同じ場所にずっといると死ぬ」という致命的な弱点が私にはある。

 

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ひとりにならない。

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GOCHAMAZE no IE

 

自分で決めたルールのひとつに『ひとりで抱え込まない』というものがある。悩みや苦しみを自分ひとりで抱え込むと、あっという間に深刻になってドツボにはまって恐怖心に取り憑かれて自滅をする。今、横浜のごちゃまぜの家に内海さんという男性が滞在をしている。内海さんは、過労で仕事を辞めてから貯金を使って生活をしていたが、いよいよ貯金が底を尽きて『山梨県の住み込み労働』に採用されたものの、諸事情により働き続けることができなくなり、金も家もない状態でごちゃまぜの家に来た。こういう時、ひとりきりで生きていると「俺はどうすればいいんだ。お先真っ暗じゃないか!」的な感じになって死にたくなる。が、ごちゃまぜの家の良いところは「とりあえず暇そうな人が何人もいるし、寝る場所と食うものがあるから一旦冷静になれる」ことだと思う。

 

内海さんは「人生、どつぼにはまってしまいました」と半ば自嘲気味に言った。しかし、私は、話を聴きながら「別にどつぼにはまっている訳じゃなくて、ただ、ゼロになっただけだと思う」と思った。仕切り直せばいいだけの話である。ごちゃまぜの家にいたら、もしかしたら「それなら、今、人材を募集しているからよかったらうちで住み込みで働きませんか??」みたいな話が舞い込むかもしれない。あるいは、内海さんと似たような状態の人々が「実は自分も同じ状況で…」なんて悩み相談にくるかもしれない。この瞬間の内海さんなら、そういう人々に親身に寄り添うことができる。無論、ただ単にごちゃまぜの家に遊びに来た人々とも、なんとなく会話を交わすことで「いい感じの風が吹き抜けて心がふわっと軽くなる」なんてことも見込める。ある程度の交流量(ひとの出入り)がある場所に自分を置くと、自分一人では発想することのなかった道を示されることは多い。という訳で、内海さんは次の仕事を探す間、一週間程度ごちゃまぜの家に滞在することになった。

 

誤解されると困るが、ごちゃまぜの家は「支援団体」などではない。困っている人々を救いたいとか力になりたいとか、そういう理念で動いていない。自分たちが面白いと思うことをやっていたら、いつの間にか「結果的に困っている人々も救われていた!」みたいな状態を理想とする。だから、なんとなく興味を持った人々は遠慮なくごちゃまぜの家に遊びに来てください。住所は横浜市港北区富士塚2丁目24-5で、家の鍵は常に空いています。布団の関係で宿泊希望者に限り事前に連絡をもらえたら助かります。ご飯は、多分、ひとりで食べるよりもみんなで食べた方がうまい(ことがある。とかいう自分は、結構、ひとりきりで食べていても最高においしいと感じたりする)。最近、ごちゃまぜの家の各種調味料をすべて一等品に品替えをした。キッチンも常時オープンにしている(台所にある食材は誰でも自由に使えるようになっている)ので、誰か「内海さんに元気になる料理をつくってあげたい!」みたいなことを思ってくださる、優しい方々のご来訪もおまちしております。

 

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本音で生きると、毎日がドラマになる。

若い女性陣には変質者扱いされるが、最近、おばあちゃん達にものすごいモテる。この前も山梨県の大滝神社で湧水をボトルに汲んでいたら、車で来た可愛らしいおばあちゃんが「あらまー!あなた、いい男ね!」と突然声をかけてくれた。話を聞くと、彼女、現在の年齢は79歳だが定年と同時に『家出宣言』をしてから神奈川の自宅に見切りをつけ、山梨の小淵沢に掘っ立て小屋を建てて念願の『一人暮らし』をはじめた。70歳からロッククライミングをはじめたらしく、今も、プロに同行しながら岩肌を登る日々を過ごしているとのこと。血色が凄まじくよかった。彼女は言う。私はドレスも指輪も宝石もいらない。自然があればそれだけでいいの。ロッククライミングって集中力がものすごいのよ。人生であんなに集中したことはないってくらい、集中するの。それがボケ防止には最高なのよ。と。

 

ごちゃまぜの家の活動などをやっていると「どうしてごちゃまぜの家をはじめたのですか?」とか「なにかたどり着きたい目標はなんですか?」とか「これからやりたいと思うことはありますか?」とか、死ぬほど聞かれまくる。私は、正直、どうしてそんなことを聞くのかがわからない。なぜやるのか。もっともらしい理由をつけるのは簡単だが、一番根本にある思いは『やりたいと思ったから』だ。それだけだ。これからを聞かれても困る。これからなんてない。あるのはこの瞬間だけだ。なにかのためにやっているのではなく、これのためにやっているのだ。手段と目的が一致しているのだ。過去と未来が一致をするのだ。瞬間瞬間に湧き上がる「これをやりたい!」に従った結果、いま、この空間が目の前にあるのだ。お前はなにがやりたいのか。人々は聞く。私は思う。これがやりたかったんだ。と。これをやり続けていきたいんだ。こうしなければとかこうであるべきとかそういうことじゃない、瞬間瞬間に湧き上がる「これをやりたい!」に従いながら、これからの日々を生きていきたいのだ。と。一ヶ月後のことは、一ヶ月後の俺に聞いてくれ。十年後のことは、十年後の俺に聞いてくれ。今の俺に聞かれても困る。きっと、今よりももっといい感じのフレッシュな答えを、その時の自分は答えるだろう。と。

 

私は海や川が好きだ。日本を走ると素敵な海や川に遭遇する。しかし、どこも護岸工事で川も海も死につつある。ダムを作ると川が死ぬ。人間も同じだ。安心を求めて金やエネルギーを溜め込む道を我々は選びがちだが、溜め込むことは『死』と同じだ。流れていないと腐るのは水だけじゃない。変化を恐れることは多いが、自然の摂理として「変化をしない方が変だ」ということになる。流れていることが、生命として自然なのだろう。我々は失うことを恐れてなにかを溜め込む。しかし、溜め込むことで不安がなくなるかと言えば、そうではない。流れていること。循環をしていること。巡り続けていること。最近は『本音で生きると、毎日がドラマになる』ことを痛烈に感じている。本音を口にすること、自分の本音を生きることは、精神的なダムを壊す。精神の放流である。瞬間瞬間の「これをやりたい!」に従うことで、世界は素晴らしいドラマを見せてくれる。その先に何が待っているのかは知らない。知らないということは、時に恐ろしいことに見えるかもしれない。しかし、結果のわかりきっている固定的な人生を歩きたいとは思わないように『どうなるかわからないからこそ面白い』という、生きることの醍醐味を思い出させる。

 

 

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神様は、不必要な人間を作るほど愚かではない。

 

人生は続く。 

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
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