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いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

死にたいのではなく『温もりに触れたい』のだ。

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晴れた日に玄関先の椅子に腰をかけて、海や空を眺めながら漂ってくる花の香りを嗅いでいるだけで多幸感に包まれる。何かをしなければならない、生産的な何か、意義のある何か、価値のある何か、そして自分も何者かにならなければいけないという思いに囚われることもあるけれど、極論、ほんとうは何もしなくてもいいのではないだろうか、と、思うこともある。海が綺麗で、雲も、空も綺麗だ。

最近思うことあれこれをまとめます。

1・疲れてぶっ倒れるまで散歩をすること。


私は、自分の連絡先を公開しているために、突拍子もなく電話やメールで批判的な連絡が届くことがある。こころのない言葉に触れた瞬間、私の心臓は痛み、露骨にダメージをくらう。しかし、自分の好きなひとの言葉を信じるのか、自分の嫌いなひとの言葉を信じるのか、どちらに自分の意識を向けるのかは、自分の意思で選択できるはずだ。合言葉は「丹田を意識しろ!」であり、鼻呼吸を繰り返すなり、疲れてぶっ倒れるまで夜道を散策すること。それでも収まらない場合は、とっとと眠ることだ。

2・自分を使って相手を幸せにすることが愛情ならば、相手を使って自分を幸せにすることは執着になる。


親子関係に問題を抱えているひとと話す機会が、最近、頻繁にある。親の価値観と自分の価値観はまったくの別物であり、こどもは父親の所有物でもなければ、母親の分身でもない。自分に都合のいい範囲内ではこどもを愛するが、自分に都合の悪い場合はこどもを愛せない【許せない】のであれば、それは「こどもを愛している」のではなく「こどもを使って自分を愛している」だけに過ぎない。多分、自分を使って相手を幸せにすることが愛情ならば、相手を使って自分を幸せにすることは執着になる。

3・自分を大切に扱うということは、言葉を大切に扱うということだ。


自嘲的な言葉を安易に使うと、いつの間にか、自身が卑屈な存在に成り下がる。言葉の汚さは精神の汚さを生み、周囲に汚れた人間をかき集める。私は、醜い言葉を多用するひととは距離を置きたいと思っている。人間は、多分、言葉通りの人間になる。自分を大切に扱うということは、言葉を大切に扱うということだ。美しくなりたければ、美しい言葉を使った方がいい。そのための教養であり、そのための知性だ。自分を大切に扱えないひとに、私は、他者を大切に扱えるとは思えない。

4・死にたいのではなく『温もりに触れたい』のだ。


ふとした瞬間に死にたくなることがある、毎朝、目覚めた瞬間に途方もないむなしさとさみしさに包まれてどうしようもなくなるということが頻繁にある。先日出会った女性が、そのようなことを話してくれた。私は、過去に肉体と精神をぶち壊して半年間寝たきりの生活をしていた時期があるが、この気持ちが、なんとなくわかる。なんとなくわかるような気がしたからこそ、実際は「死にたい」のではなく「温もりに触れたい」ということなのではないだろうか、ということを同時に思った。

5・誰かを抱き締める時、同時に、自分も抱き締められている。


目の前にいるひとの悲しみは、そのまま、自分自身の悲しみになる。目の前のいるひとの悲しみを慰めることは、そのまま、自分自身の悲しみを慰めることになる。誰かを抱き締める時【誰かに抱き締められる時】、同時に、自分も抱き締められている【抱き締めている】。境界線はない。自分を開けば世界も開き、自分を閉ざせば世界も閉じる。あらゆるものは自分であり、世界は、自分が投げたものが返ってくるように出来ている。

6・何もしない優しさ。


自然が優しいのは、何もしないからだ。

7・きっと、すべては流れている。


空をゆく雲と川を流れる水のように、執着することなく物に応じ、事に従って行動することを「行雲流水」と言う。一箇所にとどまることなく、形を変えて、絶えることなく流れ続けるその在り方に、憧れにも似た思いを抱く。きっと、すべては流れている。1年前の感動も、1週間前の感動も、いまの感動ではないのだ。変わらないものがあるとすれば、それは「変わり続ける」ということだけなのかもしれない。それならば、変わり続けよう。空をゆく雲と川を流れる水のように、流れ続けよう。

8・天を相手にし、人を相手にするな。


昨年、数年振りに降り立った佐渡ヶ島に着いた時、私は「この島は人間には見限られているかもしれないが、神には見限られてはいない」という感覚を覚えた。生きていれば、いろいろなことがある。禍福は糾える縄の如しではないけれど、いいこともあれば、悪いこともある。その中で、最後の最後に残る自由「どのような態度を選択するのか」だけは、常にひとりひとりの掌中にある。多分、一生懸命に生きた記憶が思い出になる。一生懸命に生きるということは、他人の顔色や世間的な評価を気にすることではなく、どれだけ周囲の人間から馬鹿にされたとしても、天に恥じない生き方をするということだ。


9・毎日が出発で、毎日がゴールだ。



問答無用で、絶品です。

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※※※ こちらの募集は終了いたしました ※※※

【参考HP】わたり食堂・わたり文庫

10・他者を貶めることで自身を高めるのではなく、共に、飛翔する翼がある。


他者を貶めることで自身を高めるのではなく、共に、飛翔する翼がある。

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人生は続く。

静岡県熱海市伊豆山302
坂爪圭吾 KeigoSakatsume
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