いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

「これをやりたい」「こんな世の中になったらいい」「こういうものを求めている」「これがあったら絶対に世の中はもっと面白くなる」と自分の心が感じるのなら、恐れることなど何もない。

非常にありがたいことに、こんな私なんぞに会いたいと言ってくれて、そしてわざわざ時間を作って会いに来てくれる人がいる。自分の歴史を話すのは苦手だけど、ことごとく「どうしてibayaをはじめたのですか?」と尋ねられるものだから、一度自分の中でまとめてみたいと思って書きます。

私は新潟生まれの新潟育ちで、灰色の高校時代を送った。基本的にいつも死にたいと思っていて、高校の授業もまともにうけることができず、どうしてみんなが当然のことのように黙って授業を受けることができるのか全然理解できなかった。私は授業を抜け出して近くの海でギターを弾いたり本を読んで時間を過ごした。友達は少なかったから常に孤独だった。ただ、自分が好きな音楽を聞いている時間だけは心が震えるようなよろこびを覚えることができたので、やがて私はこのように思うようになった。

「自分が感動させられたように、自分も誰かを感動させることができる存在になりたい」

誰もが当たり前にできることが、自分には出来なかった。例えば高校の授業を受けるということが私にとってはそれにあたるのだけれど、普通に生きるのが無理ならオリジナルな生き方を確立するしかない。そういうことで、私は私なりに様々なトライ&エラーを繰り返しながら生きてきた。

4年くらい前から、料理教室を主軸とするイベント集団「good morning babies」をはじめて、「童心を起爆する空間をデザインする」というコンセプトで様々な企画を主催しては四苦八苦していた。何か楽しいことに触れた時、人は「童心に戻る」という言葉を使う。こうした「まるで子供の頃に戻って楽しめるような空間を作りたい」という思いだけで、様々なイベントを企画しては立て続けに開催していた。この活動を続けながら、私はどうしても拭いきれない違和感を覚えるようになっていった。

私は、私が主催するイベントに参加してくれる人たちの童心を爆発させることができたら最高だと思っていた。そして、どうすれば人々の童心がエクスプロージョンできるのかを考えながら、実験的な試みを連発していた。その中で積もり積もっていった違和感は日増しに強くなっていき、だけどその違和感が何かわからないままに活動を続けていて、ある日、私はMAYUと一緒にibayaをやることになった。

good morning babiesとibayaには、明確な違いがある。

good morning babiesでは、そこに参加してくれた人の童心を起爆したいという思いだけで活動を続けていた。これがいけなかったのだと私は気づいた。私は、私が何よりも童心を起爆させたいと思っていたのは、他の誰でもない自分自身なのだと気づいた。誰かを喜ばせたいとか、誰かを楽しませたいというのは、その先の話であるということに気づいた。誰が楽しんでくれるかもわからない、誰がよろこんでくれるのかもわからない、ただ、少なくとも自分一人は「これが最高」と思えることをやらなくちゃ、自分のハートが感じる違和感は永久に拭えないということに気づいた。そしてibayaをはじめた。

自分が100楽しんでいれば、相手にも80位は伝わるものだ。

まずは誰よりも自分自身が楽しまなければ意味がない。自分が心の底から最高だと思えるものを見つけ出して、それを来てくれた人に伝えていく。まずは自分が感動すること。誰になんと言われても自分にとっては「これが最高」と思えるものを見つけること。そして、それをシェアしていくこと。これがすべてだと思うようになって、私は「他人がどう思うかどうか」というのを完全に無視することにした。

結果、人生は好転した。自分のハートが感じる喜びは増幅した。

自分が何かをやるときに、それを見た相手が何を思うかというのは、それはもう自分の領域ではないのだ。自分がはっきりとわかるのは自分の気持ちだけで、他人の気持ちをコントロールしようとしたり、何かを無理して必死に伝えようとして行くことよりも、まずは自分を楽しませること。自分の心を動かしてくれるものを見つけ出して、それを周囲の人々とシェアしていくこと。これが大事だと思った。

今の私が感じていることは以下の3つ。

①誰もが当たり前にできることでも、自分には当たり前にできないことが誰にでもある。その時、本当の意味でのその人の人生が始まる。普通の生き方をやめた先に、その人オリジナルな人生がはじまる。

②他の誰かが何を思うかとか、それはもう自分の領域ではない。自分が確実につかむことができるのは、自分のハートが覚える感情だけだ。ナビゲーターは常に自分のハートに置くこと。

③自分が愛するものを見つけること。自分が愛するものをシェアしていくこと。

誰が何と言おうが、自分にとっては「これが最高」と思えるものがあるのならば、何も恐ることなどない。それこそが人生にとっての最高の宝であり、他の誰かがなんと言おうがその価値がさがるなんてことは絶対にない。他人の言葉に惑わされるのではなく、自分が愛したものを追求すること。どこまでも深く愛することを続けていけば、必ずそれを見た誰かにも何かが伝わるはずだ。

「これをやりたい」「こんな世の中になったらいい」「こういうものを求めている」「これがあったら絶対に世の中はもっと面白くなる」と自分の心が感じるのなら、恐れることなど何もない。GOだ。何か新しいことをやろうとするときに、不安や恐れを動機にしてしまってはいけない。自分が信じたもの、自分が愛したもの、自分が前向きな感情を抱くことができるものを動機にして、それを実現して行くために残りの時間と自分の命を注いで行こう。必ずしもすぐに効果が出るとは限らない。しかし、自分が「これをやるべき」だとハートが強く感じることなら、恐れることなど何もない。人生は続く。

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坂爪圭吾 KeigoSakatsume/ibaya 
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