いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

野垂れ死にこそ、男のふるさと。

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アムステルダムを経由してオランダ各都市を巡り、ベルギーのブリュッセルで二泊をした後にフランスのシャルルドゴール空港に到着した。数時間前に羽田空港に到着をして、これから生まれ故郷でもある新潟県に足を運ぶ。本日、9月28日(水)18時から新潟市西区イロハニ堂で「欧州白書の結果報告会的なサムシング」を開催させていただく運びになりましたので、お時間のある方はどなたでもお気軽に遊びにいらしてください。


合言葉は「やわな生き様じゃとても絵にはならないね」ということで、自分のケツを叩き続ける日々のど真ん中にいる。生きていると本当にさまざまなことがあるけれど、欧州最終日の昨日、ブリュッセルの駅前でタイカレーを食べながら「野垂れ死にこそ男のふるさと」という言葉が降臨してブルッと震えた。ああ、そうだ、死んだら死んだで仕方がないのだ、生きられるだけ生きたら、適当な場所で野垂れ死ぬのみ。なぜだろうか、この言葉を思うと、不思議と「生きてやるぜ」という気持ちになる。

こどもの仕事が遊ぶことならば、大人の仕事は「もっと遊ぶこと」。


フランス、イギリス、オランダ、ベルギーの四カ国を巡った今回の旅路の中で、一番ひとびとが幸福そうに見えたのがオランダだった。街全体に「ひとの幸せを中心に考えている」雰囲気が漂っていて、絞り出すような笑顔のひとは少なく、溢れ出すような笑顔のひとが多かった。隣のユトレヒトではベーシックインカムを導入していて、いよいよ「必ずしも働かなくてもいい時代」は近づいているのかもしれない。逆に、一番重苦しい雰囲気が漂っていたのはベルギーだった(多分、国旗に黒色を使っているのが原因だと思う)。

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こどもの仕事が遊ぶことならば、これからの大人の仕事は「もっと遊ぶこと」になるのかもしれない。もしも何かしらの天変地異が起きて自分が総理大臣になる日が来たら「ベーシックインカムを導入するので、政治家は無給でもやりたいと思うひと(ベーシックインカムの所得給与の範囲内で、充分に満ち足りた生活のできるひと)がやってください」とお願いをするだろう。働かなくても所得が給付されると人間の勤労意欲が削がれてダメになるという意見もあるけれど、多分、人間はもっと信頼に値するものだと思う。

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金がないから公園で食事を済ませる。これが意外と楽しかった。こどもの頃は、金もない癖に謎に楽しい日々を過ごしていた。最高のパフォーマンスやクリエイティビティは、多分、あらゆる恐怖や強制や管理から自由な状態、リラックスできる環境の中で発揮されるものだと思う。仕事から遊びの要素がなくなると、ある種の奴隷みたいなことになる。大人になろうとも、個人的には「遊びまくっていたら、結果的にそれが仕事になった【それがダメなら野垂れ死ね!】」みたいな形が理想だと思っている。


大事なことは、ゆっくり進むこと。

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オランダの森の中にある美術館に足を運んだ。

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金のない私は「ここら辺に生えている木とじっくり会話を交わしているね」ということで、美術館の外で待機をしていた。森林に吹き抜ける風は心地よく、ああ、自分は自然の寛容さが大好きなのだなあということを思った。昔は美術館が大好きだったはずなのに、最近は、入場料金を必要とする施設に対する違和感(商業主義に乗せられてたまるか!という謎の反発)が強い。ただの強がりが9割だけれど、心の底では「ほんとうに素晴らしいものは、無料か、あまりお金のかからないものがほとんどだ」と思っている。

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森の中を進む。

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無音の空間が広がる。

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何もないが、

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何もないがある。

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自然に融け出す感覚は、素晴らしいものだ。


時間に追われるような日々は好きになれない。それでも、無意識の内に「次はどこに行こうか」「何を食べようか」「何時にここを出ようか」「交通手段は何にしようか」「金は足りるだろうか」「宿は見つかるだろうか」などと、先のことばかりを考えてしまう瞬間がある。そんな時は、中国人の老賢者が言っていた「スローリー、オールウェイズスローリー」という言葉に支えられた。大事なことは、多分、ゆっくりと進むことだ。ゆっくりと進むことと、いま、この瞬間を丁寧に生きることは似ている。

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美術館近くの家。

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宿からの景色。

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「生命に乾杯!」

道端で眠ったからこそ、布団のありがたみがわかるのだ。

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オランダから電車を乗り継いで、ベルギーに着いた。

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おすすめしていただいたレストランでビーフシチューを食べる。美味しかったのだけれど、ほんとうに美味しかったのだけれど、会計を見た瞬間に「死にたい【この金があれば…この金があれば…!!】」と思ってしまった。私は、多分、どうしようもない貧乏性なのだと思う。これは余談になるけれど、家のない生活をしていた頃「家は自分(男)には不要で、女性やこどものために必要なもの【男の役割は家を作る(0を1にする)ことで、女の役割は家を整える(1を100にする)こと】」ということを思った。そして「男は、女のひとを笑わせておけたら一人前」という言葉を思い出した。

誤解を恐れずに言えば、多分、家も料理も高価な服もあらゆる贅沢品も、男のためには必要ないもの(目の前の女性やこどもを、笑顔にするために必要なもの)なのだと思う。どうしてなのだろうか、頭の中で、再び「野垂れ死にこそ、男のふるさと」という言葉が脳裏をよぎった。きっと、男は、女のひとを笑わせておく(自分に必要なものを手に入れるというよりも、大切なひとにとって必要なものを手に入れる)ために、時には野垂れ死ぬことも厭わぬ覚悟で、無駄に身体を張りたがる生き物なのだと思う。

と、ここまで書いて、何がなんだかわからなくなった。道中、何回か死にたくなることがあったのだけれど、これは「野垂れ死ね!」の合図なのだと解釈をした。私は、多分、また家のない生活のようなものを送りたいと思っているのだと思う。道端で眠ったからこそ、布団のありがたみがわかるような、自分には何もないからこそ夕日のまぶしさがより一層の輝きを持って全身に染みてくるような、そういう瞬間を送りたいと願っているのだと思う。結局、いつまでたっても自分のことばかりを考えているひとりのこどもが、自分という人間なのだと思う。

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結果的に、どこの国でも公園にいた。

土に還るまでが人生です。

ひとりの女性と、これだけ長い時間を一緒に行動するのははじめての体験だった。いいことも悪いことも含めて、この数日間、いろいろなことがあった。何かしらの事情で二人の間柄がぎくしゃくする度に、私は「野垂れ死にこそ、男のふるさと…」「オウム、シャーンティシャーンティシャーンティ…」「死ななきゃいいんだ、死ななきゃとりあえず…」「スローリー、オールウェイズスローリー…【女は波…男は海…女は波…男は海…】」などのマントラを繰り返した。


私は単純な人間なので、空が青ければ、大概の問題はどうでもよくなる。これは何度目のことになるのだろうか、私は、やはり「晴れやかなものが大好きだ」ということを思う。ジメジメとした間柄、互いに責任をなすりつけ合うような関係性、中途半端な未練や被害者意識などのケチ臭い考え方は、どうしても好きになることはできない。金があろうともなかろうとも、才能があろうともなかろうとも、世間的な評判や由緒正しき血縁などがあろうともなかろうとも、生きるのならば『晴れやかな生を生きたい』と思い、同時に、死ぬのならば『晴れやかな死を死にたい』と思う。


帰り際、フランスの空港で「とりあえず死なないで日本に戻れるからよかったですね」と私が言うと、ちあきさんは「家に帰るまでが遠足ですよ」と言った。負けず嫌いの私は、即座に「土に還るまでが人生ですよ」と言い返した後に今世最高のドヤ顔を決めた。自分で言ったあとに、ああ、ほんとうにそうだなあと思った。いろいろなことがあるけれど、生きている限り、日々は続く。誰もが日々の途上であり、誰もが未完成の作品の制作過程のど真ん中にあるのだ。死にたくなる時もあるけれど、何度でも「野垂れ死にこそ、男のふるさと」という言葉を思い出そう。このおまじないを口にすると、不思議と「生きてやるぜ」という気持ちになる。


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人生は続く。

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