いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

おれはおれを生きるから、お前はお前を生きろ。

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突然ではありますが、2月27日から3月9日まで急遽ハワイに行くことになりました。目的は「ごちゃまぜの家の候補地or適切な空き地と出逢うこと」です。ハワイに暮らす知り合いがいる訳でもないので、あてもなにもない状態ではあるのですが、奇跡を信じて実際に足を運んでみたいと思います。もしも「ハワイに行ったら○○をするといいよ!」などご存知の方がおりましたら、どのようなものでも構いませんので教えていただけたら幸いです。みなさまからのお知恵を貸していただきながら、どうにかこうにか、ハワイでキラッと光るなにかを見つけてこれたらと思っています。

 

連絡先・坂爪圭吾

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昨日の感動的な出来事

昨日、とても感動的な出来事がありました。わたしがハワイに行くことを告げると、その話を聞いたY様が「私もハワイにはとても憧れていて、死ぬまでに一度は行ってみたいと思っていたところなので、そこに坂爪さんが行くというのはとても嬉しいです。なにかお守りになるようなものをあげたいと思ったのですが、わたしは持っているものも少ないから、あげられそうなものもなにもなくて、どうしようかなって考えていたときに、あ、これがあると思って持ってきました!」と、わたしにあるものを差し出してくれました。

 

そのあるものとは、Y様が昔から大事に使っていた『海亀が刺繍されている皮財布』です。Y様は言います。私はこのお財布にすっごい助けられてきました。このお財布があったから、いまもこうして生きていることができているんだなって思うんです。だから、わたしにはあげられるものがほかにはなにもないから、このお財布をおまもり代わりに持って行ってください。きっと、さかつめさんの大事な命を守ってくれると思います。お金も「命を守るもの」だと思うので、お金もはいっています。途中で落としちゃったり、どこかに無くしたりしちゃっても大丈夫です。私もハワイにいけたらいいなって昔から思っていたのですが、生きているうちに行けたらいいなとも思うけれど、死んでからでもいいのかなって思っています。だから、全然重く感じないでもらえたらうれしいのですが、これをおまもりに持って行ってください。

 

この言葉を聞いたとき、震えるような感動と感謝が湧き上がりました。感謝とは「感じて謝る」と書きますが、わたしは、何か大きなものに対して手をついて詫びたいような、そんな気持ちになりました。大袈裟な言葉で言えば、自分の中にある罪の意識を感じました。Y様の思いに触れたとき、わたしは、激烈に感動をしました。そして、震えながらもありがたくお財布を受け取りました。お財布を受け取りながら、ああ、おれはほんとうに傲慢な人間だったと思いました。わたしは、ともすると自分を正しいもののように思い、ひとを責め、ひとを裁くような考え方をしてしまいます。ひとによって生かされていることを忘れているときの自分は、本当に醜く、本当に罪深く、本当に恥ずかしい存在であるように思います。Y様の言葉と、Y様のお財布は、そんな「傲慢になっていた自分」の鼻を見事にへしおってくれました。そして、大切に使おうと思いました。自分に与えられているもの、自分の時間、自分の命、Y様のお財布、その他もろもろの恩恵を大切に使いながら、キラッと光るなにかをハワイで見出していきたいと強く思いました。

 

「働く」ことのよろこび。

ハワイ行きが決まってから、慌ただしい日々を過ごしていました。時間に追われる日々を過ごしていると「ああ、忙しい!忙しい!」みたいなことを思ってしまう(精神的な余裕を失ってしまう)こともあるのですが、忙しいということ、やることが与えられているということは、本当はとてもありがたいことなのだと思います。わたしは、過去に、椎間板ヘルニア躁鬱病統合失調症のトリプルパンチで寝たきりの生活をおくっていた時期があります。その頃は、働きたくても働くことができませんでした。誰かの力になりたいと思っても、それをすることができませんでした。それができないばかりか、自分が生きていることが周囲に迷惑をかけている、周囲に負担を与えている、そう思うことがとてもつらく、自分なんていないほうがいいのだと強く感じる日々を過ごしていました。

 

ibaya.hatenablog.com

 

やることが与えられているということは、本当はとてもありがたいことなのだと思います。ともすると、すぐにそのことを忘れがちになってしまう自分を悔い改めさせてくれるものは、常に『他者』の存在でした。自分という人間は、生きているのではなく「生かされている」のだということを、私は、ともすると簡単に忘れてしまいます。そして、傲慢な考え方をするようになってしまいます。そんな自分を正してくれるものは、常に『他者』の存在でした。自分はひとりだけの力で生きているのではなく、無限に広がる網の目の中で、お互いに生かし生かされながら生きているのだということを思うとき、わたしは、大袈裟な言葉になりますが敬虔さのようなものを感じます。そして、その敬虔さを前に、自分の罪深い弱さやみにくさを恥じて、いまよりもよい人間になりたいなどと思います。

 

私には、なんでも自分ひとりだけの力でやろうとしてしまう悪い癖があります。そのため、無駄に自分を過酷な状況に追い込み、無駄に体力と精神力を消耗し、無駄に死に急ぐ傾向があります。昔より少しだけおとなになったいま、思うことは「大事なことは死に急ぐことではなく、適切な形で自分の命を生かすこと」なのだと学びました。無駄に野営を続けて体力をすり減らすのではなく、豪華なホテルに泊まる必要は皆無だけれど、疲れたときはちゃんと布団で眠ること。おなかが減ったときは、炒めた玄米をかじってごまかすのではなく、しっかりと栄養のつくものを食べること。当たり前すぎる話かもしれないのですが、それが『自分を大事に扱う』ことなのだと学びました。今回のハワイ行きにあたり、坂爪圭吾の銀行口座番号を公開することを決めました。その理由を上手に説明することができないのですが、ここにある言葉「本気で挑んだトライの末の失敗だとしたら、それは本当に素晴らしい。その姿勢をみなさんに見せたりすること。みんなで協力して、新しい世界を見たいと願って行動するということ。それだけでも、自分と、人の人生において、忘れられないような輝く時間になる。周囲の見てる人も心も動かされるはず」という言葉を、わたしが『信じたい』と思ったからです。ハワイでの日々がどのようなものになるのか、いまはまだ想像もすることができません。ただ、少なくとも「自分はできるだけのことはやった」と思うことのできるような、固く重く深刻な意味ではない、芯があるうえで柔らかで軽やかな『本気』と共に、ハワイに向かいたいと思います。これは自分の冒険であって、自分だけの冒険ではないのだと思います。Y様の冒険でもあり、これを読んでいるあなたにとっての冒険にもなる。そんな「みんなの冒険」になるような時間を、瞬間を、しっかりと捉えていきたいと思います。

 

ゆうちょ銀行 10120 54031201 サカツメケイゴ

 

ゆうちょ銀行以外からの振込の場合

銀行名 ゆうちょ銀行

金融機関コード 9900

店番 018

預金種目 普通

店名 〇一八店(ゼロイチハチ店)

口座番号 5403120

 

ibaya.hatenablog.com

 

勝手に偉人列伝・7『細川ガラシャ

わたしたちは「愛」という言葉を簡単に使います。しかし、真の意味でなにかを愛するということは、実際はとても難儀なことであるように思います。健やかなときにひとを愛することは簡単でも、病めるとき、苦しいとき、厳しいとき、途端に愛は困難な一大事業に変わります。明智光秀の娘として生まれ、壮絶な最期を迎えた細川ガラシャさんの生き様に、わたしは、芯の通った『愛』を見たような思いを抱きました。細川ガラシャさんの辞世の句「散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ(花は散る季節を知っているからこそ、花として美しい。私もそうありたい)」にも、生きる姿勢を正してもらえるような凛とした影響を受け取りました。みなさまも、是非、隙間時間などに聞いて見てください。 

 

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わたり文庫『吉野弘詩集』

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今回のわたり文庫無料郵送の一冊は、吉野弘著作『吉野弘詩集』です。わたしは、この本の中にある『生命は』『夕焼け』『奈々子に』という詩が大好きです。ご希望される方は何かしらの方法で坂爪圭吾までご連絡ください。御当選(?)された方には70万時間以内に折り返しご連絡をいたします。

 

※※※ こちらの本は、兵庫県にわたりました ※※※

 

「生命は」

 

生命は

自分自身だけでは完結できないように

つくられているらしい

花も

めしべとおしべが揃っているだけでは

不充分で

虫や風が訪れて

めしべとおしべを仲立ちする

生命は

その中に欠如を抱き

それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分

他者の総和

しかし

互いに

欠如を満たすなどとは

知りもせず

知らされもせず

ばらまかれている者同士

無関心でいられる間柄

ときに

うとましく思うことさえも許されている間柄

そのように

世界がゆるやかに構成されているのは

なぜ?

 

花が咲いている

すぐ近くまで

虻の姿をした他者が

光をまとって飛んできている

 

私も あるとき

誰かのための虻だったろう

 

あなたも あるとき

私のための風だったかもしれない

 

吉野弘吉野弘詩集』【ハルキ文庫】

 

おれはおれを生きるから、お前はお前を生きろ。

三浦綾子さんの『藍色の手紙』というエッセイ集のなかに、日記の勧めが紹介されていました。その本の中で、三浦綾子さんは「自覚的に自分を眺めることは、私たちが思っているよりも、もっと自分を豊かにしてくれることと思います」と書かれています。自分自身、生きているなかでしんどさを覚えた時は、なんでもいいから紙の上に自分の思いを吐き出すことで、落ち着きを取り戻すことができた体験が幾度となくあります。紙に吐き出すということは「神に吐き出す」ことと似ているのかもしれません。誰にも言えない話を紙【神】に吐き出すことで、自分自身を客観的に眺めることができるのだと思います。

 

自分という人間は、この世でたった一人だからです。地球始まって以来、自分と同じ人は、一人も生まれたことはありませんでした。そしておそらく、今後も自分と同じ人間は絶対に現れないはずなのです。その自分をいとおしんで欲しいのです。愛して欲しいのです。自分を正しく愛することが多ければ、人を正しく愛することも多くなると思います。自分をいとおしむことは、人々の幸せに関わることだと思うのです。ー 三浦綾子『藍色の便箋・日記の勧め(小学館文庫)』より引用

 

本当にその通りだなと思い、ごちゃまぜの家でも『日誌』という形で公開日記をはじめることにしました。先日、ごちゃまぜの家に遊びに来てくれた方から、誰のために坂爪さんは文章を書くのかと問われました。わたしは、しばらく沈黙をした後に「自分のためです」と答えました。が、そのあと、自分は嘘を言っているような気がしたので訂正をしました。わたしは「先ほどは自分のためと言いましたが、ちょっと的確ではないような気がしました。私は、多分、(自分を含めた)人類全体のために書いているのだと思います」と、そのようなことを答えました。

 

gochamaze.hatenablog.com

 

自分が生きるということ、自分を生かすということ、そのことがほかの誰かにとっても力になるような、そんな生き方をしていけたらと思います。しかし、思うことは簡単だけれど、実際に『夢を生きる』ことは難しい。Y様が、ハワイに向かうわたしに向けて「生きているうちにいけたらいいとは思うけれど、死んだあとからいってもいい」という言葉と共に、おまもりを託してくれた瞬間のあの感動と感謝を、いま、改めて感じています。自分はひとりだけの力で生きているのではないということ、生きるということは『チームプレー』であるということを、そこに自分も参加させてもらっているのだという恩恵を、ありがたく受け取りながら、自分に与えられた命を精一杯生かしていきたいと思いました。

 

 

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夢を見よう。みんなが幸せになっちゃうような、素晴らしい夢を。

 

人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu        

 

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