いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

空があるから、どんな時も私は大丈夫だと信じられる。

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人生を変える出会いについて、強烈な実感を与えてもらった「みっつ(三森正道)」との出会いから一年の月日が流れた。みっつは、幼少時代から父親の厳しい虐待を受けて育ち、小中高と一切の義務教育を受けていない。そのため、日本語も算数も何もかも、すべて(二歳年下の弟と一緒にインターネットを駆使して)自力で覚えた。


この前の日曜日、みっつが熱海まで遊びに来てくれた。私は、Facebookから『みっつと遊ぼう!』という内容の企画を投稿した。すると、開催直前(前日!)の告知であったにも関わらず、10名以上もの人々(愛媛から来てくれた人もいた)が遊びに来てくれた。私は「みっつをダシに使って、家の諸々を手伝ってもらおう!ニヤリ!」と思っていたので、庭の土を耕してもらったり、伸びすぎた枝の剪定をしてもらったり、料理やお菓子や珈琲を淹れてもらったり、畑の奥にあるボロボロの古い物置を解体してもらうなど、参加者の皆様にはやりたい放題に「遊んで」いただいた。

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熱海の家は、完全に、貰い物だけで成立している。最近、私はアシュタンガ・ヨガに興味がある。そのような話をしていたら、参加してくれた女性からマンドゥーカ(!)のヨガマットと、携帯用のコンパクトに折り畳めるヨガマットと、河童ヨガの手拭いとおすすめの教本の極上セットをいただいた。富山からも「余っているヨガマットがあるので送ります!」と、そして京都からも「必要であれば、明日ヨガマットを持参していきますね!」と連絡をいただいた。これで、我が家はいつでもヨガスタジオを開校できる準備が整った。

人生の豊かさを織り成すものは、多分、善悪よりも強弱だ。

みっつとは、夜、様々な話をした。みっつが「坂爪の力になりたい」と言ってくれたのが一年前、当時の私は『家を持たない生活(移動を続ける生活)』をしていたために、お互いのタイミングが合う範囲内でみっつと一緒に行動をしていた。何処が一番記憶に残っているか、というような話をしていた時に、沖縄と北海道の二箇所があがった。2月の沖縄で野宿を試みたものの寒さに敗北して漫画喫茶に駆け込んだ記憶や、4月の洞爺湖でボロボロになりながらコンビニで買い込んだ大量のジャンクフードをやけ食いしていた記憶などが思い出された。


当時は、怒涛のスケジュールに身も心もボロボロに枯れ果てていた。みっつにも「人間はクソだ!」と頻繁に愚痴っていたけれど、過ぎて見れば善い思い出である。人生の豊かさを織り成すものは、多分、善悪よりも強弱だ。成功体験や感動体験や素晴らしいひととの出逢いだけが思い出になるのではなく、たとえそれが究極的にマイナスな出来事だったとしても、振り返って見た時に「ああ、あの頃は思い切り生きていたね」と思えるのならば、それは素晴らしい思い出になる。

「選択肢がある」幸せもあれば「選択肢がない」幸せもある。

私は、この「ああ、あの頃は思い切り生きていたね」と思える、言うなれば『燃焼感』が大事なのだと思っている。ひととは違う何か特別なことをやるということだけではなく、静けさの中で自然と一体化するような感覚を覚えることの中にも、(自我が)燃焼する喜びがある。

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過去記事でも紹介したように、我が家には「みんなの財布」と呼ばれるものがある。ここにあるお金は、誰もが無許可で自由に好き勝手に使っていいことになっている。詳細はリンク先の記事に譲るが、昨日、この財布に『お布施(!)』を入れるためだけに東京からひとりの女性が足を運んでくれた。この女性が、なぜ、そのようなことをしようと思ったのか。そこには涙なしには語れない素晴らしい物語がある。ここにすべてを書き切ることはできないために、これはまた、別の機会に譲ります。


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いただいたお布施を握り締めて、友達と一緒に近所の居酒屋に突撃した。私の自宅は山の中にあるために、夜遅くまで営業をしているお店はここしかない。しかし、ここが(御主人の人柄が最高であるうえに)べらぼうに美味い。そして、私達は『選択肢がある幸せもあれば、選択肢がない幸せもある』ということを思った。人間は、選択肢があるから迷う(着る服が多いから迷う!作る料理が多いから迷う!選ぶ道が多いから迷う!)のであって、選択肢がなければ『目の前にあるものを愛すること』に集中することができる。また、私はテレビが大の苦手なのですが(飲食店にテレビがあると退席する)、テレビがないという点も最高です。

『grapefruits』

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今回の「わたり文庫無料郵送の一冊」は、ジョン・レノンオノ・ヨーコの出逢いのきっかけとなった詩集『grapefruits(洋書)』です。誰もが必ず持っている創造性のたいまつに、やさしい灯りをともします(火をつけるというよりも、人間の『凍りついた部分を温めて溶かす』イメージです)。ご希望される方は、毎度非常に雑な案内で恐れ入りますが(そして、すべてのメールに返信をすることができないのですが)何かしらの形でご連絡ください。

Burn this book after you've read it. (YOKO)
This is the greatest book I've ever burned. (JOHN)

※※※ こちらの本は、ドイツにわたりました ※※※

空があるから、どんな時も私は大丈夫だと信じられる。

連日、この家には様々なひとが足を運んでくれる。正直に言えば、このひとと一緒にいる時間は楽しい!と思える時もあれば、このひとと一緒にいる時間はなんだかとても疲れてしまうなと感じることもある。そういう時は、こっそり家を抜け出して、風を浴びたり、月を眺めたり、勝手にひとりで(華麗に来客を放置して)散歩に出掛けたりするようにしている。

誰でも来ていいよ!というのは、決して嘘ではない。実際、誰もが自由に好き勝手に過ごしてもらえたら、それでいいと思っている。しかし、私は誰とでも仲良くなれるタイプの人間でもなければ、自分の体験を初対面のひとにし続けるタフネスさも持ち合わせていない。完全開放型の生活を一ヶ月続けてみたところの感想として、私は「表面的にはオープンで、実際はクローズな、しかしそこから生み出されるものはウルトラオープンであること」がやりたいのだと思った。

生きていればいいことばかりではなく、時には「ぐはあ!」と感じる出来事もある。私は単純な人間なので、嫌なことがあろうとも、晴れた日の空を眺めるだけでもいろいろなことを忘れることができる。空を見上げよう。うつむくのではなく、顔をあげよう。偶然の一致なのだろうか、岡山県在住の女性からメールが届いた。そこには「幸せはいつでもどこにでもあるし、いつだってひとは自由ですよね。どんな不自由な時ですら、空を見上げる自由は少なくともある。『空があるから、どんな時も私は大丈夫だと信じられる』オノ・ヨーコさんの名言です」と書かれていた。

空があるから、どんな時も私は大丈夫だと信じられる。


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人生は続く。

静岡県熱海市伊豆山302
坂爪圭吾 KeigoSakatsume
TEL 07055527106 LINE ibaya
MAIL keigosakatsume@gmail.com
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