いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

【PUS-海雲台】「大事な人がいつまでも側にいるとは限らない」ということ。ー 「自分の世界は自分でエクスパンドできる」ということを、言葉ではなく行動や態度で伝えること。

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宮城県気仙沼で開催されたトークセッションに出演し、岩手県の平泉を経由して仙台空港から関西空港に飛んだ。片道航空券は3000円程度で、そこから京都で暮らす女性の家にお世話になった。彼女は今年からカウチサーフィンをはじめて、今夜はドイツ人のカップルが泊まりに来るんですよと話してくれた。「まるで自宅にいながら旅をしているみたいで、楽しいです」と話す彼女の表情は明るく、素敵な表現だなと思った。新しい何かを迎え入れる時、そこには新鮮な風が吹くような感覚を覚える。


翌日、関西空港から釜山行きの飛行機に乗って韓国に来た。昨日のことだ。最近は頭があまり働いていない。仙台駅前で時間を持て余していた私は、近所の本屋で村上龍の「心はあなたのもとに」という小説を購買した。糖尿病の1型に冒された風俗嬢の女性が、優秀な投資家の男性と出会うことから物語ははじまる。印象的なフレーズが出て来て、私はメモを取る代わりに自身のツイッターから呟いた。


韓国では何をする訳でもない。当初は一緒に同行する予定の人がいたのだが、急遽無理になり、私ひとりで釜山に来た。特に何かをやりたい訳でもなく、どちらかと言えば「今は何も決めたくない」という心境にいる。私(坂爪圭吾)という人間を見て、様々な人が様々な呼称を与えてくれる。「坂爪さんは芸術家です」と言ってくれる人もいれば「坂爪さんは修行僧みたいですね」「まるで出家をしているみたいですね」「有名なブロガーですね」「ストイックな人ですね」と言う人もいるし、「坂爪さんは存在そのものが作品ですね」と言われることもあれば「ただのホームレスだ」と罵倒されることもある。


私は、私の生き方に今はまだ名前をつけたいとは思わない。ただ、生きているだけだ。しかし、日本社会では「ただ生きているだけ」では許されないのだろうなと思うようになった。常に何かをしていなければいけない。何かをしていなければ人間としての価値がない。だから、多くの人々は「自分自身に価値を与えるように」何かをやり続けている。ただ生きているだけでは価値がないから、ただ生きているだけでは自分に価値を感じることが出来ないから、何か社会的な肩書きや特定の職業を必要とする。


私は何かを恐れていたのかもしれない。人間が行動の原動力に出来るのは「不安」か「希望」の二種類しかない。夜も深まる頃、ひとりきりで考えごとをしていると思考はどうしてもシリアスでネガティブなな傾向を帯びる。信頼できる相手がいれば、深刻な事柄も笑いながら話すことが出来る。自信には二種類あるとわかったんです。一つは他の人から与えられる自信。生きていてもいいんだよ、という自信。二つ目の自信は、生きていけそうだ、という自信。自分自身でつかまないといけない自信です。


最近は頭が働いていない。私は、そのことを無意識の内にあまりよくないことだと感じている。だから釜山に来たのかもしれない。別に日本にいても死なずに生きていくことは出来る。ただ、生きているという実感からは遠く離れてしまっているような感覚を覚えている。人間は、目の前にいる相手のことを本当の意味で思うことは出来ない。「会えない時間が愛を育む」などと言うと安物のJ-POPの歌詞のように響くけれど、離れることで「相手を思う」ことが可能になる。


村上龍の「心はあなたのもとに」という小説の中には印象的なフレーズが幾つもあり、そのすべてを書き切ることは出来ない。主人公である投資家の男性が、母親と食事をとりながら交わした会話が残っている。LOVE&EXPAND《愛と拡張》というワードが頭をよぎり、私はある種の心地よさを感じた。

あなたはお父さんが道楽者だっていうけど、児童心理学的に言うとね、父親の役目は、子どもたちにね、自分の世界は自分でエクスパンドできるってことを教えることなのよ。自分がいる場所や世界ね、それに人間関係も、閉じられていなくて、拡げることができるって、言葉じゃなくて、行動とか態度で伝えることなんだけど、そのためにはあまり家にいなくて、社会的規範から自由なのが、実は理想なんだよね。もちろん犯罪者じゃだめよ。その辺が微妙だからむずかしいんだけどさ。楽しくてしょうがないっていう仕事を持っていることが大事、それで家にずっといて家庭のことに口出しなんかするのは最悪。適当がいいの。適度にふまじめでないとダメなの。社会的規範をしっかり守るのは、息苦しくて、子どもにとっては世界が閉じられたも同然なの。わたしがこんなことを言うのも変だけど、お父さんはあなたに本当に大切なことを教えたのよ。自分の世界は自分で拡げることができるってことを、言葉じゃなくて態度と行動で教えたの。そんなことを話す母は、とても幸福そうに見えた。わたしと久しぶりに食事をしているからではない。子どもの父親としてではなく男として好きな夫と暮らしているからだと思った。 ー 村上龍「心はあなたのもとに」

釜山では大粒の雨が降り続いていて、今、この文章を綴っているカフェには私以外には誰もいない。これから美術館に足を運んで、適当な場所で昼食をとり、何もすることがなければ読書をして時間を過ごす。適当な観光地にも足を運ぼうかとも思っていたが、今はなかなかそういう気分にもならない。

「大事な人がいつまでも側にいるとは限らない」ということ。ひとりでも生きていけるようになるということが、結果として周囲の誰かを救うのかもしれない。そういうことを考えていた。人間は目の前にいる相手のことを思うことは出来ない。遠く離れることで、はじめて大事な何かを思うことが出来るようになるのだろう。

人生は続く。

坂爪圭吾 KeigoSakatsume《ibaya》
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