【KIJ-日本海】「生きているだけで嬉しい」ということ。
古くなりすぎたものをそのままにすればただ腐ってしまうだけ。新しい何かを始めるためには古いものを終わらせて、それを乗り越えていかなければなりません。新しい自分に成長するためには、古い自分にはいったん「死んで」もらわなければならないのです。#メモ
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 5月 24
自分が嫌だと思うことには、はっきりと嫌だと言う。同じように、自分が好きだと思うことに対しては、周囲の人間が何と言おうが「自分はこれが好きだ」と宣言する。周りがどうあれ自分自身は、言いたいことを言う、やりたいことをやる、それだけのことで人間は清々しく生きることができる。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 5月 25
世界に向けて「これがわたしです」と宣言すれば、確実に批判も受けるが、そんなものを遥かに凌駕するレベルの素晴らしい結びつきにも恵まれる。自分を偽った状態で生まれる空虚な関係よりも、余計な装飾を取っ払った「自分自身」を突き出した時に生まれる関係の中に、圧倒的なリアルがある。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 5月 25
「何もしようとしない自分」を正当化するために、出る杭を打ちたがる人間がいる。自分自身を強く主張する人間を通じて、何もしない自分自身が浮き彫りになる。出る杭を叩き潰せば、みんなと同じであることを強要すれば、自分自身を見ずにすむ。叩き潰せなければ、嘲笑うことで線引きをする。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 5月 27
何かに不安や恐怖や躊躇いを覚える最大の原因は『傷付きたくない』と恐れる自分の感情であり、最近は「傷付きたくないと思っている限り、他者とつながることは出来ない」ということを実感している。重要なのは『(傷付くことを恐れるのではなく)傷付くほどに強くなる』という認識だと思う。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 5月 22
嫌いなひととの付き合い方とか、嫌いな仕事との付き合い方とか、嫌なことを無理をしてでも好きになるための努力論が溢れているけど、本当は『好きなひとと過ごすこと』と『好きな仕事を追求すること』の方が圧倒的に重要で、好きなことをやるのに自分を擦り減らす努力なんて要らないんだ。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 5月 26
良い人間像とか良い恋人像とか、良い子の像とか良い親の像とか、幻のイメージに左右されて『自分以外の何者かになる』ことほど愚かなこともない。成功も失敗も凌駕して、自分の内側から湧き立つ感情にストレートに生きる。泣く道を選ぶのか、笑う道を選ぶのか、私は笑う道を選んでいたい。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 5月 25
常に喜びや感謝に溢れて生きることは出来ないけれど、自然の圧倒的なスケールを目の前にすると、自分の何かが肯定されるような感覚を覚える。『人間は不完全な生き物だから、いろいろなことが仕様がない。でも、それでいいのだ』という気持ちになる。 pic.twitter.com/9BJYvc3QvO
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 5月 23