いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

何度でも、何度でも、はじめるんだ。

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アピタ新潟西店のキーズカフェにいる。お前、金ねえとか言ってるくせにカフェとか行ってんじゃねえよという罵声が聞こえるが、いいのだ。作詞も執筆も全部カフェだ。炎天下じゃ書けない。我輩は必要経費だ。回収の見込みはない。自分みたいな人間が生きていてもいいのか、と、頻繁に感じるが「いいのだ」と言う。自分が自分を肯定できただけ、他者を肯定できる。「自己投資」とか「自分を売り込む」という言葉を聞くが、嫌いだ。人間は商品じゃない。ターゲットという言葉も、嫌いだ。人間は標的じゃない。奴隷でも家畜でも機械でも、ない。人間は、人間だ。

 

 

おおまかなスケジュール

8月5日以降、FREE!【呼ばれた場所に行きます】
8月24日&25日 15時 定期演奏会@神奈川県横浜市「ごちゃまぜの家」
9月9日 20時頃 念願の吉祥寺ライブ@曼荼羅(詳細は決まり次第更新します)

SCHEDULE on 
http://urx2.nu/xkMu

 

ibaya.hatenablog.com

 

挑戦しないで、何が人生だ。

人間は「応援したい」生き物だと思う。誰かが頑張る。誰かの頑張りに触発されて、よし、自分も頑張ろうと思う。あるいは、誰かの頑張りを通じて「うおー」と、自分の中に眠るたぎる命の存在に気付く。前に、自転車で横浜から長崎に行った。1日100㎞程度しか進めなかったが、読者の方から「いまも坂爪さんは同じ空の下を自転車で移動しているのだなあ、と考えるだけで励みになります」と言われた。この感覚は、とてもよくわかる。いま、この瞬間もあいつは挑み続けているのだろうな、と思える感覚は素敵だ。思わず応援をしたくなるようなチャレンジをする。誤解を恐れながら言うと「挑戦しないで、何が人生だ」と思う。挑戦は楽しい。創意工夫に満ちている。と言う訳で、私は、音楽を通じて挑戦をしている。

 

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愛する秀眞君が個展@岡山を開催中だ。漁夫の利的なあれで、Agapeが紙面デビューを果たした。素晴らしい。どんどん頑張ってほしい。頑張りは伝染する。成功は副産物で、挑戦そのものが娯楽になる。我々は音楽ど素人で、日々、罵詈雑言を浴びながら音楽活動を頑張っている。罵詈雑言の内容を分析すると「へたなくせに音楽をやるな」ということになるのだが、私は、微妙なことを言ってんじゃねえよと思う。ありがちな罠のひとつに「上手じゃなければ発表してはいけない」というものがある。違うだろ、と、思う。万物は、万人に開かれている。やりたければ、やればいいのだ。上手になってから発表するのではなく、上手になっていく過程を、へたくそならばへたくそな状態のまま「ここからがスタートです!」と、どんどん出して行けばいいのだと思う。そうでなければ、スタートすることのハードルが高いままだ。やった人間は尊い尊い人間をこき下ろす人間の精神性は、哀しい。

 

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応援されるためにやっているわけじゃないが、応援をされると(やっぱり)うれしい。応援をしてほしいと思う。我々を。我々は、素人集団でありながら「頑張ればMステくらい出れるんじゃねえか」と思っている。我々がMステに出たら、笑ってくれるひとは結構いるんじゃないかと思っている。笑ってほしいな、と、思う。あいつら、本当に出やがった!と。愉快な気持ちになってほしい。痛快な気持ちになってほしい。こんなにへたくそな俺らでも、ここまで来れたよ。と。そんな感じの言葉を言いたい。だからこそ、へただから音楽をやるなという批判の、退屈さを思うのである。逆だろ。と。へたな奴らが、世の中から見捨てられたような連中が、圧倒的弱者が逆転ホームランをかっ飛ばすからこそ、人生は面白いのだろう。と。

 

note.mu

 

何度でも、何度でも、はじめるんだ。

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初対面のひとに「今世の調子はどうですか?」と聞くことが趣味だ。最近の日々とか狭い範囲ではなくて『今回の人生』という、大まかな枠で会話をすることが好きだ。人間、やはり、使命があるように思う。私の場合は「予定調和を破壊する」瞬間に生き生きとする。クラッシュ・アンド・ビルド(破壊と創造)という言葉もあるが、創造は、あまり得意じゃない。0から1は好きだが、1から100の集中力に欠ける。破壊だ。破壊することは好きだ。愛のある破壊。しがらみから解き放つ破壊。人間を自由にするための破壊。できれば、そういう破壊でありたいと思う。

 

まずはひとり。仲間ができたらとかではない。準備ができたらとかでもない。最初はひとりでもやる。そして、出す。無視されても、罵倒されても、出し続ける。自分の世界に閉じこもるのではなく、外側の世界にコンタクトを続ける。ボールを投げ続ける。まずはひとり。100人いても『たったひとり』を大事にする。大衆に向けるのではなく、たったひとりの人間に向ける。99人が呆れても、1人が笑うなら俺達の勝ちじゃねえか。と。99人が素通りしても、1人が涙を流すならそれが俺達の価値じゃねえか。と。そう言う言葉を言うと、必ず、こういう感じの言葉を言われる羽目になる。「プロなら、100人全員笑わせてみろ」と。しかし、私は思う。違うだろ、と。プロとか、アマとか、ないんだよ。職業を超えて、誰もが「プロの人間」だろう。同時に、誰もが「今日という一日のアマチュアだろう」と。誰かの生き方をああだこうだと言える人間はいない。プロなら全員楽しませてみろと思うなら、そう思うお前が、全員を楽しませる生き方をしろ。話はそれからだ。と。

 

俺たちはまだまだガキンチョで、本当の意味での『愛』や『赦し』を知ることはない。突っ張って、突っ張って、突っ張ることを続けながら、徐々にわかることがある。それは、絶対に許さないと思っていた彼等にも、ひとつの人生があったということだ。誰もが、その瞬間はそうするしかなかった事情を抱えていたのだということを、徐々に思いやれるようになる。優しい気持ちに包まれながら、しかし、優しさを持続する強さが、ない。その代わりにあるものが『若さ』だ。若さとは、突っ張る力だ。 自分が自分であることを続けた分だけ、誰かの「そうするしかなかった」事情を汲み取れるようになる。だから、何度でも、何度でも、はじめるんだ。はじめたら、はじめただけ、強くなる。そして、優しい人間になれるのだと思う。

 

 

「ぼくは坂爪さんに出逢うまで、ぼくじゃないだれかにならなきゃいけないような気がずっとしていた。
どこへ行っても、誰と会っても、そのままのぼくじゃダメだって言われてる気がしていた。
坂爪さんに初めて会った時、ぼくは感動した。みんなみたいにうまくしゃべれないぼくをそこら辺にある空気とおんなじように、気にしないでいてくれた。ぼくはそれがものすごいうれしかった。
坂爪さんに出逢ってから、ぼくは永遠に死ぬまでぼくで生きようと決めた。
坂爪さんの歌を聴くたびに、その気持ちを思い出す。坂爪さんとはなかなか会えないし、ずっと一緒にもいられないけど、離れていても会えなくても坂爪さんはすぐそこにいてくれて、「ほら、楽しもうぜ!」って言ってくれる。
ぼくは坂爪さんが大好きだ。
ぼくは一生坂爪さんの友達でいる。」秀眞

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu 

 

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