いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

楽しいなら、正しい。

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筋トレも兼ねて、長野県を自転車で移動している。松本駅から走り出して数分後「なんで俺はこんなことをやってるんだろう」と思った。毎回、新しいことをやるときは「もう帰りたい」と何回も思う。引き戻そうとする力が働くのだ。だがしかし、この声に負けてはいけない。こんなことをやっても無駄だよと囁く悪魔の声に対し、私は言う。俺はお前を知っている。お前の声を聞いたら俺はうだつのあがらない人生を送ることになるだろう。しかし、お前の声を突破した先にまだ見たことのない快楽が待っていることを知っている。

 

 

天国と地獄を反復横跳びする日々を過ごしている。長野の紅葉は最高だ。悪魔の声に屈しないで良かった。別に特段用事があるわけではないので、今は、長野県箕輪町で呆然としている。昨夜は大町市在住の方にお世話になり、数週間ぶりに布団で寝た。すごい寝た。今日は、松本駅で合流した方に箕輪まで車で送っていただき、温泉をご馳走になった。今日はどうしようか。野営道具はない。最悪漫画喫茶で寝るが、なんか嫌だ。奇跡が降臨することを待ちながら、いま、みのわ温泉の休憩所で横になりながらこの記事を書いている。筋肉痛が痛い。

 

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プロテイン片手に未来を語り合う。

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長野県大町市でもしかしたら自由に使わせていただけるかもしれない空き地がある。整地されていないため、土地というより完全に森だ。仮に森が与えられたら何をしたら面白いのか。そうだ、森にジムを作るのはどうだろう。最近は筋トレがブームだ。が、ジムには行く気が起こらない。人間、狭いところに押し込まれるとどうしても闘争心や競争心が芽生える。俺の方が筋肉がすごいとか、やわな自分はジムに足を運ぶ資格がないとか。多分、ジムの弱点は「屋内であること」だと思う。私は、風が吹かない場所が嫌いだ。それならば、森にジムを作って『森ジム』とか作ったらどうだろう。最初は懸垂棒一個でもいい。懸垂棒一個(もはや木)しかないのに「ジムです」といえば、そこはジムになる。言ったもの勝ちだ。あとは廃タイヤなどを器用に使えば、手作りのジムを生み出せるかもしれない。鶏も飼ったら素敵だと思う。

 

アラスカの住人は『フルライフ』という言葉を使う。体全体をフルに使って生きる生活を彼等はフルライフと呼ぶ。都会に暮らしていると、頭ばかりを使って嫌な感じの疲労感が溜まる。肉体労働をする機会も少ないから、毎日2〜3割程度の力しか出し切っていない感覚がある。私は、人間全体、肉体全体で生きたいと思う。仮に森が与えられ、野営生活をしながらジムを作ったり渓流釣りをしたり農作業をうんちゃらかんちゃらしていたら、晩飯は酷く美味いものになるだろう。夜もすやすや眠れそうだ。自転車を漕いでいると少しだけ野性味が蘇る。もう漕げない、もう終わりだと思った時にブランキージェットシティの『PUNKY BAD HIP』という曲を流すと踏ん張りが効く。古い世代の奴らは金でなんでも買い漁った。だけど俺たちは自然の掟の中で生きるケダモノの世代さ。となる。

 

もう帰りたいと囁く声に従わないで良かった。長野の自然は格別だし、疲労後の温泉や食事や睡眠も最高だ。登山家の方は「毎回登り始めは、なんでこんなことやってんだろうって思う」と話していた。筋トレも同じだ。最初はやらない言い訳が大量に生まれる。しかし、やった後は確実に「やってよかった!」となる。数日前に会った女性は、極度のカナヅチだったが沖縄の海を泳ぎたいという熱烈な情熱を実現させるべく、大人のスイミングスクールに通ってクロールを覚え、先日久米島の海に潜って素晴らしい写真を撮影してきた。苦手を克服する姿はまじで素晴らしい。仮に、私が自転車を途中で諦めていたら「自転車で走るなんて馬鹿らしいからやめなよ」みたいなことを周囲に言ったりするのだろう。やりきったことのない人間が、周囲にネガティブな情報を振りまきはじめる。やりきった人間は『やりきった感動』を語る。エネルギーの質が異なる。私はやりきった人間が好きだ。感動を語れる人間が好きだ。北アルプスを登りたいと思う。小柄な女性も20キロ近い荷物を背負って山頂を目指す。その姿を、私は猛烈に美しいと思う。

 

森を開墾してジムを作る。森ビルに対抗しない形で「森ジム」を手伝りするのはどうだろう。気温0度。寒いです。 #みんなでプリケツ #北アルプリケツ

 

楽しいなら、正しい。

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去年の今頃、自転車で横浜から長崎まで1800キロ程度走った。なぜ走れたのかは謎だが、長崎に比べたらどこも近距離だなと思える。愚行の良い所【暇人の底力】は、謎の基準を増やせることだ。長野県大町市は寒く明け方は氷点下を記録した。これから岐阜を目指して南下するため、基本的には温かくなる。地獄を経るメリットは『相対的に世界が天国になる』ことだ。この前強盗に拳銃を突きつけられたから、拳銃以外ならもうなんでもいいやみたいにもなる。合言葉は『来た時よりも逞しく』である。昔なら血反吐を吐くほどのダメージを負っていたであろうことに、割と平気でいられる自分を発見した時に「俺って成長したんだな」と思える瞬間は楽しい。

 

楽しいなら、正しい。大町市で一晩お世話になった還暦を迎えたばかりの女性T様は言った。「私には息子が三人いる。親としては、どんな生き方をしてくれても構わないから、楽しそうに生きていて欲しいなあと思う。世間的にどうだとか、ちゃんとするとか、しないとか、そういうことはあまり気にしないでいい。どんな道でも、本人が『それを楽しめているならば』、それは正しい道なのだと思う」と話していた。素晴らしい言葉だ。楽しいなら、正しい。逆に言えば、どれだけ世間的には正しいことをしていたとしても、当人が苦しそうにしているのならばそれはとっても悲しいことだ。自分の体が感じる喜びを大切にすること。私は、私の大好きな人々には「どのような生き方だとしても構わないから、無論、不完全でも構わないから楽しそうに生きていて欲しい」と思う。同じように、自分自身に対しても楽しそうに生きていて欲しいと思う。

 

巷では「遊びで生きてるわけじゃない」などとそれが素晴らしいことのように言う人もいるけれど、私は、遊びで生きててなにが悪いのかがわからない。誤解を恐れずに言えば、私は「面白ければなんでもいい」と思っている。日本各地や世界各国を流転しながら、私は、面白いと思えるものを探している。しかし、最近頻繁に思う。面白いと思えるものなんて、世界にそれほどないのだ。この世で一番面白いもの、それは『自分自身』だ。受け身の自分、お客様である自分、その他大勢の自分であることを乗り越えて、創造する側にまわること。環境とは、自分の中にあるものを引き出す為の要因でしかない。あくまでも、主役は自分である。自分は、これからなにを生み出すのだろうか。自分は、自分に期待をしたいと思う。

 

 

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紅葉の長野を自転車で走る。

 

人生は続く。 

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
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