いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

あると思って生きてみな。金も、時間も、才能も。

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今年一番楽しかったのは4月にハワイ島をテント泊で移動したこと。キラウェア火山の国立公園で寝たり、ウォームポンドという無料の天然温泉で泳いだ記憶は生涯の宝物になった。ハワイ島には「誰でも自由に使える家なり土地」を探しに行った。奇跡に奇跡が重なり、とある場所の土地を自由に使わせていただけることになった。が、その直後、キラウェア火山が大噴火をかまし、すべてが白紙になった。半端ない量の溶岩がすべてを流し去ったからだ。国立公園は立ち入り禁止になり、溶岩に飲み込まれたウォームポンドは、地図上から姿を消した(もう、我々の記憶の中にしかない)。

 

 

大事なものがいつまでもあるとは限らない。この、当たり前の事実に愕然とした。ウォームポンドがなくなったことは悲しすぎるが、実際に目の当たりにしたおかげで、ウォームポンドがどのような場所なのかを記憶に刻むことができた。あれほどの楽園がこの世界に存在したということ。それを体感できたこと。夢でもなんでもいい、一回、楽園を実感したことがあるのならば、それに負けずとも劣らない楽園を「自ら創出する」こともできる。前に、ある女性が話していた。私は、過去に、半端なく気持ちいいセックスの夢を見た。夢だったけれど、あまりにも生々しい実感を伴う夢だった。この夢は、私に、世界にはこれほどまでに気持ちよくなれる瞬間があるのだということを教えてくれた。だから、自分が自分に求める『幸福の基準』みたいなものは、常にそこに定められている。と。

 

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お米2.0

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俺なりのスタンディングデスク。

 

実はこの記事を東京都青梅市のポストの上からこの記事をポストしている。なぜ青梅市にいるのか。野営道具を積んだ原チャで長野に向かっているからだ。なぜ長野に向かうのか。それは「誰でも自由に使える家なり土地」を見つけるためだ。ハワイ島のリベンジという訳ではないけれど、小生、焚き火を愛している。長野の自然に囲まれた山や土地でテントを張ったり小屋を建てて、毎日焚き火をして、自給自足をする代わりに「誰かお米か野菜をもってきていただけたらとっても嬉しいです」などとヘルプ【コミュニケーション】を求めたりしたら、充実した日々を過ごせるような気がした。かの歴史的名著『森の生活』の中で、著者ソローは自給自足の日々を過ごす。しかし、私は自給自足よりも他給他足に関心がある。全部を自分でやりたいとは思わない。なんなら、言葉を綴ること以外はすべて「それが得意なひと」や「それを楽しみながらやってくれるひと」にお願いをしたい。

 

33年間生きてきて、自分が金を稼ぐことが苦手なことは重々承知した。かと言って、農作業や一定の職業に従事できるほどの落ち着きもない。しかし『米をつくることはできないが、米をもらうことならばできる』長所が自分にあることを発見した。私は、稼ぐことも、生み出すことも苦手である。しかし『(あまっているものを)もらう』ことにおいてはこれまでの人生、結構な品々をもらってきた。米。野菜。畑。家。家具。テント。寝袋。調理器具。自転車。スーパーカブ。ポルシェ。豪華クルーザー。など。私は、これらの品々を所有することはなにかが違うと思い、超絶大開放をして『共有』することにした。家も、車も、自転車も、使いたいひとがいれば誰でも自由に使えるように無料で開放をしている。そういう場所(誰でも自由に使えるスペース)を、長野県に見つけることができたらうれしいと思っている。

 

そういうことをSNSから投稿した。すると、非常にありがたいことに「長野県佐久市に空き家があります」というお話と「長野県大町市に空いている土地があります」というお話をいただいた(本当にありがとうございます!)。いま、佐久市方面に向かっている。しかし、道のりが寒すぎていま、東京都青梅市のコンビニ前で震えながら立ち往生をしている。温泉を見つけたのであとで入ろうと思う。私は思う。自分が住む場所を「自然か、都会か」とか「これか、あれか」とか、二者択一的な生き方をする必要はないのだと思う。ここにずっといなければいけないと思うからつらくなる。しかし、もっと柔軟性に富んだ状態で「自然と都会を往復する生活」とか「複数の拠点、複数の仕事、複数の家族を横断する生き方」みたいなものが主流になれば、生き方の幅もグン!と広がるのではないだろうか。移動。共有。複数。分散。このあたりはキーワード感がある。まずは、自分を使って実験をしてみたいと思う。テーマは「最低限の費用で、どれだけ『快適な生活』と『充実した日々』を過ごせるのかを探求する」というものになります。

 

 

【動画】坂爪圭吾 - 明日28日(日)@長野県予告動画

 

あると思って生きてみな。金も、時間も、才能も。

横浜から長野に向かう途中、相模原の丸亀製麺に立ち寄った。店内は猛烈激混みで大繁盛をしていた。店員さんのお母様たちがバシバシと動き回っている。私は、こういう風景を見ると「このお母さんたちは幸せなのだろうか」などと考えてしまう。疲れて家に帰ったらこどもたちに「お金を稼ぐのは大変なのよ」みたいなことを言うのだろうか。それを聞いてこどもは何を思うのだろうか。とか。そういうことをいちいち考えてしまう。私は、高校時代、近所のコンビニで時給630円で働いていた。5時間働いても3000円程度にしかならず、ああ、金を稼ぐのはこんなに大変なのかと強烈に思った。もし、私が時給で働き続けていたら、自分のこどもたちにも「金を稼ぐのは大変なんだぞ」と言い聞かせていたと思う。しかし、いま、私は(世間一般で言われている意味での)仕事をしていない。昔は、生きるためには仕事をしなければならないものだと思っていた。が、いまでは「生きる方法は無限にある。だから、嫌なことを我慢してまで仕事をする必要はない」と思っている。

 

人間が生きるために必要なものは4つ。それは「火・水・食糧・シェルター」だとサバイバルのプロが話していた。仮にあなたが山に遭難したときなど、最優先に求めるべきは(火でもなく、水でもなく、食糧でもなく)シェルターだと言う。冷静に考えると、いま、日本では蛇口をひねれば水が出て、アウトドアショップに行けば泥水を飲み水に帰る道具が売られていて、ガスコンロなどを使えば火も用意できるし、テントなんて中古で2000円くらいで売られている。別に、これさえあれば人間は死なない。残るは食糧。これは私の弱点である。断食が体にいいと聞いてから、私は朝食を抜くようになった。一応、1日1食で生きていけるようにはなったが、米や野菜をつくるスキルが自分にはない。家にはもらいものの米が50キロくらいある。米だけ食っていれば取り急ぎ死なない。あとは『快適な生活』と『充実した日々』をどこに見出すかだ。罠猟師の免許を取るとか、食べられる野草を研究したり、渓流釣りを極めたら楽しいのかもしれない。と、ここまで書いたら支離滅裂になってきたことを感じる。要するに「火・水・食糧・シェルター」の4つを、悲壮感を漂わせながらではなく『楽しみながら』自分たちの手であっちこっちに創造することができたら、結構楽しい日々を過ごせるのではないだろうかと思っている。

 

大学時代、私は、生活費を自分でアルバイトをしながら捻出して生きていた。周囲の学生は、親から大量の仕送りをもらっていたために「飲みにいこーぜ!」とか気軽な感じで誘ってくる。私は「お前の5000円と、俺の5000円には雲泥の差があるのだぞ」と密かに思っていた。結果、私は飲み会を断り、友達も減った。そんななか、同じような苦学生の友達にたもつという男性がいた。我々は法学部で、たもつは自分で貯めた金を使って弁護士になるための予備校に通っていた。私は尋ねた。おい。たもつよ。みんなが両親からの仕送りで予備校に通っているなか、お前は自分でアルバイトをしながら予備校に通っている。この状態をハンディキャップだとは思わないのか。と。たもつは答えた。いや、俺はそうは思わない。この経験が、やがて、弁護士になった時に必ず役に立つような気がしている。だから、俺は、いい経験をさせてもらっているのだと思っているよ。と。私は「見上げた男だ」と思った。たもつを誇りに感じたのだ。その後、私は大学を退学してストリートで生きる道を選び、たもつは司法試験に現役合格をした。青梅街道でバイクをガタガタ走らせながら、ふと、そんな昔話を思い出していた。

 

 

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#熱海 #朝日 #lifeisgood

 

人生は続く。 

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
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