いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

永遠にそのままで行け。

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先週の水曜日から「与える喜びを与える喜びツアー」なるものを開催している。金銭的な理由により、徒歩で日本各地を移動している私【坂爪圭吾】に施しを与えるという趣旨のイベントになるのですが、先日、ムカデに両足を刺されて両足が膨れた。森で寝たのが裏目に出た。普段から「自然最高!」などと叫んでいるものの、こういうことがおこると「自然・・・(遠い目)」という気持ちになる。

10月26日(水)には、東京都国分寺市でトークイベントなるものを企画していただいた。ブログに書かれている坂爪圭吾は実体の1割程度のものなので、是非、残りの9割を目撃していただけると嬉しいです。どなたでも参加できる内容になりますので、時間のある方はお気軽に遊びにいらしてください。


ひとを幸せにするものは「生き物」だ。

東京都内を徒歩で移動しながら「俺はなんでこんなことをやっているのだろう」と、何回も思った。電車に乗れば20分程度の場所まで、ボロボロの草履を履きながら2時間以上も歩いて向かっている(両足はムカデに刺されて膨れている)自分は愚の骨頂なのではないだろうかと思うこともあったけれど、しかし、何時間も歩いて良かったと心の底から実感できる場面もいくつかあった。

そのひとつは「生き物とのふれあい」であり、私の場合、どれだけ身体が疲れていても『道端の花を見た時』や『幼稚園や公園からこどもの騒ぐ声が聞こえた時』や『猫や犬とすれ違う時』には、如実に元気になる。なかでも、こどもたちから貰うエネルギー量は尋常ではなく、何かあるとすぐに大声で叫びながら走り出すこどもたちを眺めていると「こいつらは全開でいいなあ、ほんとうにいいなあ!」と、見ているこちらまで嬉しくなる。自分の無意味な行動も、大きく肯定されているような気持ちになる。

私は「生きているもの」が好きだ。生きていると感じることが大好きで、生きていると感じさせてくれるものが大好きだ。では、生きているとはどういうことだろうか。私は、まだ、死ぬということがどういうことなのかがわからない。だから、生きているとはどういうことなのかも、同じように知ることはできない。ただ、自分の場合、生きているとは「動いていること」ではないだろうかと思うことがある。言い換えると、私は「動いている時に、ああ、自分は生きているのだなあと感じる」ことが多い。

汗と涙は裏切らない。

私は、汗を流すことが好きだ。汗を流したあとにはいる風呂は、なぜ、あんなにも気持ちいいのだろうか。理想を言えば、1日に1度は汗を流す時間を持ちたいと思う。女のひとからは、泣くとスッキリするという話を頻繁に聞く。これは私が男性だからなのだろうか、いま、涙を流すことができたらどれだけ楽になれるのだろうかと思いながら孤独な夜道を彷徨うこともあるけれど、男は、涙の代わりに汗を流しているのではないだろうかと思うことがある。

昨夜、猛烈なさみしさに襲われた私は、無駄に1時間の散歩をした。最初の20分程度は、まだ、頭の中から「俺はさみしい」とか「俺は無価値だ」とか「あのひとはなにをしているだろうか」などとしみったれた声が聞こえてきたけれど、歩き始めて20分を過ぎた頃から、ひたすら続く上り坂による疲労のおかげもあり、頭の中の声が黙り始めた。私の中で「そんなことよりも一歩一歩だ!」という感じになり、俯きがちになっていた視線は前を向き、閉じがちになっていた胸元も、不思議なことに開かれていった。

道中、アスファルトを突き破って咲く花を見つけて「お前はまじですごいな!まじですごいくせに、そのすごさをひけらかさないすごさがすごいな!」ということを思った。そして、周囲に誰もひとがいなかったことをいいことに、実際に声に出して「お前はまじですごいな!お前はまじですごいな!」と、目の前の花を褒め称えた。すると、自分で言った言葉に自分で感動をしてしまった私は、あろうことか、両方の目から滲む涙を感じた。私は「いけない!いけない!」などと慌てながら、同時に、ああ、自分は素晴らしい瞬間の中にいるのだなあという思いに包まれて、そして「汗と涙は裏切らない」のだということを思った。

わたり花壇『朝顔のタネ』

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今回は「わたり花壇無料郵送の一粒」なるものを特別開催(?)します。私は端的に自然が好きなので、自然が豊かになることは嬉しく、自然が破壊されてしまうことはとても悲しい。少しでも多くのひとが自然に触れる機会が増えたらいいなあと思っていたら、ある方から「この花の種を『わたり花壇』に使ってください!」と、宇宙飛行士の山崎直子さんが宇宙の旅に持っていった朝顔の種の五代目(!)をお譲りくださいました。こちらの種を無料でお譲りいたしますので、ご希望される方はお気軽にご連絡ください。

※※※ こちらのタネは、静岡県にわたりました ※※※

2010年、山崎直子宇宙飛行士は宇宙の旅に朝顔の種を持参。これを広島と福島の子供たちに咲かせてもらいました。この種はその朝顔の5代目です。是非、わたり花だんへどうぞ♡

わたりチケット『ルノワール展@東京駅』

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今回は「わたりチケット無料郵送の一枚」なるものも特別開催(?)します。先日、東京の神田駅前でお寿司をご馳走してくださった女神様が「美術館のチケットがあるので、必要としてくださる方にお譲りください」という言葉と共に、東京駅前にある三菱一号美術館で開催中(2017年1月9日迄)の『拝啓ルノワール先生 ー 梅原龍三郎に息づく師の教え」の鑑賞チケット(!)をお譲りくださいました。こちらのチケットを無料でお譲りいたしますので、ご希望される方はどなたでもお気軽にご連絡ください。

※※※ こちらのチケットは、東京都にわたりました ※※※

わたり文庫『日本の美を求めて』

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今回の「わたり文庫無料郵送の一冊」は、東山魁夷著作『日本の美を求めて』です。東山魁夷さんの絵画は非常に有名ですが、こんなにも素晴らしい書き手でもあったことは知りませんでした。こころの底からおすすめできる、素晴らしい一冊です。ご希望される方は、なにかしらの方法で坂爪圭吾までご連絡をください。いただいたすべてのメールに返信をすることができず誠に申し訳ないのですが【届いたメールはすべて目を通しています!】、御当選(?)された方には、70万時間以内に折り返しご連絡をいたします。

※※※ こちらの本は、新潟県にわたりました ※※※

花が永遠に咲き、私達も永遠に地上に存在しているなら、両者の巡り合いに何の感動も起こらないであろう。花は散ることによって生命の輝きを示すものである。花を美しいと思う心の底には、お互いの生命をいつくしみ、地上での短い存在の間に巡り合った喜びが、無意識のうちにも、感じられているに違いない。それならば、花に限らず名も知らぬ路傍の一本の草でも同じことではないだろうか。ー 東山魁夷『日本の美を求めて』【講談社学術文庫


永遠にそのままで行け。

東山魁夷さんの言葉に出逢えたことがとても嬉しく、なぜ、自分はこれほどまでに嬉しさを覚えているのだろうかと考えていたら「自分と同じものを、自分以上に好きでいてくれたひとがいてくれた」からなのだと思った。日本の自然を、清澄な風景を、素朴な人間性を、こんなにも大切にしているひとがいたということが、自分が好きなものを自分と同じように(あるいは、自分を圧倒的に凌駕する次元で)讃えているひとがいたということが、大袈裟な言葉で言えば「味方と出逢えた」ように嬉しかったのだと思う。


天然記念物のようなひとがいる。誰も味方がいないように見える中で、様々な出来事が「お前のままでは通用しない」と自分以外の何者かになることを強要してくるように見える中で、それでも自分は自分のままでいることを選び続けたひとがいる。ただ、そのひとがそのひとであり続けるということが、こんなにも見るひとの心を勇気づけるものなのか。こんなにも見るひとの心に肯定的な力を与えることができるものなのか。私が、投げ出しそうになることもある中で辛うじて自分のままでいることができたのは、こうした「天然記念物のようなひと」の存在によるところが非常に大きい。そして、これからも(そして、これまで以上に)自分は自分であり続けたいのだという願いを抱く。


理解者や仲間がいるから歩き出せるのではなく、多分、自分から先に歩き出したからこそ理解者や仲間と出逢うのだと思う。自分で自分を認めることができない時期は辛いが、自分のこころが感じた光を、自分のこころが感じた命を、自分だけは認めてやりたいと思う。たとえ、それが周囲のひととは大きく異なるものだったとしても、自分の感覚を丁寧に伝えることはできなくても、理解してくれるひとはいなくても、いまはまだひとりきりだとしても、それでも、自分が「いいな」と思ったものを「いいな」と思い続けるこころを、大切に守りたいと思う。


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人生は続く。

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坂爪圭吾 KeigoSakatsume
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