いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

夢も目標もなくても楽しく生きることはできる。

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熱海駅前の足湯にはいりながら、駅前を飛び交う無料Wi-Fiを拾ってこの記事を書いている。昨夜、平塚から電車賃をケチってママチャリで40キロを五時間(!)かけて遊びに来てくれた中村様(feat. TEAM赤貧)が、Wi-Fiを持参してくれたので自宅から動画配信を行った。今月は、ミャンマーやクアラルンプールに足を運ぶために、熱海のこの家が月の半分は空き家になる。それ以外を、誰かに有効に活用して欲しい。


動画配信では「動くさかつめ」をお届けできるために、文章だけではない雰囲気を伝えることができるから楽しい。家のない生活だとか、循環型の図書館&飲食店だとか、TEAM赤貧だとか、文章だけの説明をしていると「こいつはなんてふざけたやつなんだ!」と、頻繁に(特におじさんから)お叱りを受ける。本音を言えば「すぐに他人を否定しようとするよりも、自分とは違う生き方や在り方を『面白がる』余裕があればいいのになあ」と思う。私の生き方の、半分は、ギャグだ。


前回の動画も、上記のリンク先よりご覧いただけます。人生は、多分、ギャグだ。私は、数年前から「今世においては、普通に生きるのは無理だな」ということを、はっきりと自覚するようになってしまった。しかし、人生は続く。それならば、基本的には社会的には底辺を這いつくばるような日々の中でも、極稀に、特大の逆転満塁ホームランをかっ飛ばせるような生き方をしたいと思っている。乱暴にまとめると「今世はバグろう」と思っている。

南の島で裸族。

家のない生活をしていた頃、バリ島に暮らす女性S様から「よかったら遊びに来てください」と声をかけていただき、数日間バリ島に滞在させていただいたことがある。S様の知人はオーストラリアのゴールドコーストに使っていない船を何隻か持っていて、S様は「もしも坂爪さんの『家のない生活』が何かしらの事情で続けられなくなった時など、最悪の場合は、ゴールドコーストのクルーザーで暮らせばいいですよ」という言葉を投げかけてもらえた。

私は、最悪の場合とは何かということがわからなくなった。最悪の場合は、ゴールドコーストのクルーザーで暮らせばいいのだという、なんだ、これは、これの何処が最悪なのか、最悪とは何で、何が最高なのかがわからなくなった。ただ、私はこれで「安心して死ねる」ということを思った。自分にとっての最悪の場合をあらかじめシミュレーションしておくことは、多分、安心して死ぬ(思い煩うことなく生き切る)ための背中を押してくれる。

先日、札幌で出逢った大学で英語を教えている女性の先生は「私は40歳の時に泳ぎ方を徹底的に習得したので、日本で何かが起きた時には、南の島で裸族をすることに決めています」と話してくれた。食べ物は、そこらへんになっているバナナや木の実、海を泳ぐ魚を食べて生きるのだと言う。私の友人は「最悪の場合は、チェンマイで畑をやりながら暮らします」と話していた。究極のポジティブシンキングとは、多分、最高を描くということではなく『最悪を受け入れる』ということだ。


干し芋に願いを。

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青森県在住の女性から「欲しいものがあったらここになんでも書いて送ってください」という、尋常ではなく女神度が高い手紙が届いた。私は、干し芋(さつまいも)を愛している。そこで「干し芋をお願いいたします!!」と心の赴くままに書き上げたところ、大幅に芋の漢字を間違えた(芋に翼が生えた)。誤解されると困るが、私は決して「欲しいもの」と「干し芋」の言葉の響きを掛け合わせている訳ではない。ただ、干し芋(さつまいも)が好きなだけだ。

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赤っ恥である。

ホットプレートが届いた。

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茅ヶ崎在住の女性から「わたり食堂に使ってください!」と、非常に豪華なホットプレートが2台(!)も届いた。日本には、半端ない数の女神様がいると思った。非常にありがたいことに、様々な方々が、様々な品々を贈ってくれる。自分ひとりでは使い切れないものなどは、当日、参加者の中で必要としてくださる方々に、無料で提起する予定です。興味のある方は、お気軽に遊びにいらしてください。


『京都で寺カフェ』

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今回の「わたり文庫無料郵送の一冊」は、大分県から届きました『京都で寺カフェ』です。写真が美しいばかりか、非常に知性溢れる文体(?)が素晴らしいです。これは、絶対に京都に行きたくなると思います。読む人のこころやからだのフットワークを軽くするような本は、魅力的だ。ご希望される方は、何かしらの形で坂爪圭吾までご連絡ください。ご当選された方には、折り返しご連絡をさせていただきます。

※※※ こちらの本は、山口県にわたりました ※※※


夢も目標もなくても楽しく生きることはできる。

最近は「今世の分は、既に、充分に生きたなあ」という気持ちになることが多い。これまでの人生、自由に、好き勝手に、やりたいようにやらせてもらった。死ぬまでに絶対に行きたい場所も、死ぬまでに絶対やりたいことも、思い残すことはこれと言って何もない。関係者全員に感謝である。明日死んでも後悔はないなあ、などと思いながら「まだ30歳ですか!」という気持ちにもなる。まだ、生きていてもいいのですか!!と、それならば、あとはもうボーナスタイムみたいなものじゃないですか!!という気持ちになる。

生きていることがうれしいということ。不思議な感覚だ。ネットやスマホを持つ金銭的な余裕がないために、熱海駅前を飛び交うWi-Fiを拾いながらブログ記事を更新している私は、いただきものの玄米にごま塩をかけた御飯ばかりを食べている私は、一般的には「可哀想なひと」の部類にはいるのだと思う。しかし、稀に、もしかしたら自分は世界で一番豊かな人間なんじゃないだろうか、などと思うこともある。足湯も、Wi-Fiも、玄米も、干し芋も、自分が暮らす家でさえも、自分以外の誰かがあらかじめ揃えていてくれたものになる。

生きていくために一番大切なもの、それは金でも勇気でも夢でも目標でも名誉でもなければ特別な才能でもない、安心感だと思う。失敗しても良いという安心感、自分は護られているのだという安心感、ダメな時は元気が出るまでゆっくりしていればいいのだという安心感があれば、多分、人間は何度でもやり直せる。現在の自分が暮らしている熱海という素晴らしい日の出に恵まれた街が、愛とユーモアに溢れた街になればいいと思っている。


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人生は続く。

静岡県熱海市伊豆山302
坂爪圭吾 KeigoSakatsume
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