いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

【SDS-佐渡ヶ島】人生とは、自分を楽しませることである。ー 自分を楽しませることができていない時に、人間は苛立ち、他人と比較し、未来に不安を覚えたりする。

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「家がなくても生きていけるのか」という問いと共に、2014年2月からはじめた『家のない生活』も二年目に突入しました。私のような愚か者でも死なずに生きてこれたのは、このブログを読んでくれている皆様のおかげに他なりません。大感謝の意味も込めて、いままでの活動報告(家を失ってから世界に出るまで)を兼ねた『Enjoy Your Life!!!!! 地球をぼくらの遊び場に』を新潟の皆様と開催します。

インターネットやLCC(格安航空券)の普及により、誰でも、何時でも、何処でも気軽に移動できる時代になってきました。ひとつの場所や仕事や人間関係に拘泥する必要は薄れ、世界を舞台に活動をはじめる個人も増えてきました。今回の大感謝祭では「地球をぼくらの遊び場に」生きるメンバーと共に、何よりも『自分の人生をエンジョイする』ための想像的なアイデアを、皆様と一緒に考える時間にしていきたいと思っています。是非、この機会に足をお運びください!!


と、調子の良い感じのことを書いているが、最近は良い感じに所持金もゼロに近づいてきていて『ゼロになることと全体になることはイコールである』という悟りの境地に到達した。死を意識した猫がひっそりと山奥に向かうように、所持金を減らした坂爪は佐渡に向かう傾向がある。最近思うことあれこれをまとめます。

1・人生とは、自分を楽しませることである。


自分が熱中できるものに没頭している瞬間は、自分が幸せかどうかなんてことをいちいち考えたりしない。自分を楽しませられていない時に、人間は苛立ち、他人と比較し、未来に不安を覚えたりする。何をしている時に自分は楽しさを感じるのか、何をしている時に「他には何もいらない」という充足感を覚えることができるのか、それを知ることが『自分を知る』ということなのだろう。

2・『BUY or CREATE』の二極化は進む。


新潟県には私が神と崇めている鈴木さん(仮)が在住している。鈴木さんは「自分を楽しませる」天才で、全身から『生きていることがうれしい』というよろこびが溢れている。少年のような輝きを帯びた瞳を一目見るだけで、見ているこちらまで猛烈に嬉しくなってしまうエネルギーに溢れている。

「自分が熱中できるものを見つけて、それに取り組んでいる姿を見せる」ことは、半端ない社会貢献だと思う。徳島県でも自力で家を建てた男性と出会った。男性曰く「俺はIT関係の仕事をしているんだけど、一日中デスクワークばかりやっていると頭がおかしくなってしまうから、自分で何かつくりたいなと思って図書館に行ったら『家の作り方』っていうコーナーがあって、適当に四冊くらい借りて家に帰ったんだ。それで、二冊くらい読んだところで『いけそうだな』と思って、あとはつくりながらわからないところが出たら本を読めばいいやと思って実際につくりはじめてみたら、一年ちょっとでできたよ」と話してくれた。このノリの軽さが魅力的だ。家を建てることに対してのハードルが低い。

実際にやってしまう人が一番格好いい。まるでプラモデルでもつくるようなノリの軽さで実際にやってしまう(そして実際にやり遂げてしまう)人が持つ魅力は、それに触れる人に『自分にも何かできるかもしれない』という嬉しさを与える。『BUY or CREATE』の二極化は進むだろうなと思った。

3・創造性を発揮するには「みんなと同じ」をやめること。


高知県在住の超絶人気ブロガーであるイケダハヤトさんもまとめてくださったように、家を持たない最大のメリットは「帰る分、進める」ということである。私は根本的にダメ人間なので、家があると半永久的に眠り続けるかYOUTUBEを見続けるかしてしまうために、必然的に移動が発生する状態に身を置くことは非常に合理的であるということが判明した。


4・「誰かに用意された道には何もない」ということ。


感覚的な話になってしまうけれど、屋外で飲む珈琲は最高に美味しい。もしも、このブログを読んでくれている方の中で「自分もちょっとやってみたいな」と思ってくださる方がいたら、是非、自然の中で珈琲を沸かしたり簡単な料理をつくってみたりしてもらえたら物凄く嬉しい。天井のない空間で「ううめえ!」と絶叫する瞬間には、原始的な喜びがある。動物に戻れる場所を増やそう。


これはもう実際に食べてもらうかやってもらうかしてもらうしかないのですが、本当に美味しいので心の底からおすすめします。きっと、思考は飛躍して自宅で簡単な家庭菜園や地方都市で田畑をやりたくなる人も出てくると思うし、あらゆるものを手作りしてみたくなったり、要するに創作意欲を刺激する。

・カセットガスジュニア(イワタニ
・ケトルNo.1(スノーピーク
・メスティン(トランジット)
・マグカップ(スノーピーク
・ドリッパー(ユニフレーム)

私が所有しているのはこの五点のみだけれど、これだけでも様々な料理を楽しむことができます。最近は「究極のホットサンドをつくる」ことにはまっていて、何をパンに挟んだら美味いだろうかと思考を巡らせている時間に多幸感を覚えます。是非、皆様も一緒に楽しみましょう!!

5・「金と幸せに相関関係は(それほど)ない」ということ。


要点をまとめると上記のようなものになったのだけれど、高城さんの話からも『金と幸せに相関関係はない』みたいなことがわかる。興味深かったのは「太ももを動かすだけで幸せ物質が分泌される」ということで、人間、やはり頭脳ばかり使っていてはダメだ(身体性が伴わないとダメだ)ということを思った。「(情報ではなく)経験がすべて」ということ。そして『経験がすべて』ということ。

6・「自分が望むような人生になっている」ということ。


自分で「行く」と決めてさえしまえば、(地球の裏側だろうが)何処にでも行くことができる。自分で決めてしまうことの威力は半端なくて、自由だと思った瞬間にその人は自由になるし、不自由だと思った瞬間にその人は不自由になる。大概は『自分が望むような人生になっている』のだと思う。

7・自由でありたいと思うならば、自分を批判してくるひとの「批判する自由」も認めないといけない。


自分の生き方を貫くということは、嫌われて当然ということになる。どのような生き方をしても批判はついてまわるものだとしたら、結局、自分の筋を貫くしかない。悲愴感を漂わせるでもなく、周囲の無理解や現在置かれている環境に対する憎しみをベースに生きるのでもなく、周囲はどうあれ「自分はこうしていきたい」という希望をベースに生きていたい。

8・ただ僕と一緒に歩いて、友達でいてほしい。


カミュの言葉が胸に響く。

9・「他には何もいらない」と思える瞬間について。


移動する生活の毎日が素晴らしさに溢れている訳ではなく、自分自身の退屈さや無力さに打ちのめされそうになることも頻繁にある。ただ、圧倒的なスケールの自然に触れた瞬間や、美味い料理を食べた瞬間、美しい音楽に触れた瞬間に感じるよろこびには「他には何もいらない」という気持ちにさせてくれる力がある。

「他には何もいらない」

そう思えることのよろこびは大きい。移動を続ける生活の心細さを支えてくれたのは、常にそういうものたちの存在だった。日々のすべてがよろこびに溢れている訳ではないけれど、確かに存在していたよろこびの感情は「自分の生き方は決して間違ってはいなかった」という気持ちにさせてくれる。

10・終わりのない苦痛に耐えることが人生ではない。


最終的に着地するのは常にこのようなことで、自分が心の底から楽しめるものを見つけること、そして、その楽しさを周囲の人間と共有していくことだと思う。『人生とは、自分を楽しませることである』ということを思うと、どれだけ自分を楽しませることができるのか、どれだけ自分を楽しませてくれる景色や人物や出来事に遭遇することができるのか、それが大事なのだろうなということを思う。

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佐渡の自然は素晴らしかった。

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私は、自分の両親や兄弟や友人やこれから出来るかもしれないこどもたちに対して『完璧であること』を要求したくない。出来ることなら『不完全でも構わないから、楽しそうに生きていて欲しい』と思っている。そして、自分自身に対しても「(深刻になるのではなく)楽しくいきたい」と思っている。

自然に触れるとストレスが溶ける。夏が近づく程に、細かいことがどうでもよくなる。日本がマニラに(精神的な意味で)近づいている。南国の人間の適当さは『人生とは、自分を楽しませることである』ということを思い出させてくれる。自分を楽しませられていない時に、人間は苛立ち、他人と比較し、未来に不安を覚えたりする。完璧になることがゴールではなく、自分が心の底から楽しいと感じた瞬間がゴールなのだ。自分を楽しませよう。ロマン・ロランの言葉が胸に響く。

自然の中には、私の愛に値しないものはひとつもない。一人の人間も、一本の木も。
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人生は続く。

坂爪圭吾 KeigoSakatsume《ibaya》
LINE:ibaya  keigosakatsume@gmail.com