【SDS-佐渡ヶ島】人生とは、自分を楽しませることである。ー 自分を楽しませることができていない時に、人間は苛立ち、他人と比較し、未来に不安を覚えたりする。
1・人生とは、自分を楽しませることである。
6月のテーマは「死ぬほど健康」で、現在はマテ茶(栄養豊富な茶葉を如何に摂取するか)と豆腐とバナナの可能性を追求していて、追求しながら『人生とは、自分を楽しませることである』と思った。自分を楽しませられていない時に、人間は苛立ち、他人と比較し、未来に不安を覚えたりする。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 6月 10
2・『BUY or CREATE』の二極化は進む。
鈴木さん(仮)が三十万円で自作した自慢の隠れ家にお邪魔しました。『BUY or CREATE』の二極化は進む。|【全人類必読】本当は誰だって何だって出来るんだよ ー - いばや通信 http://t.co/9McYmhORMv pic.twitter.com/gLFllGjaoW
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 6月 7
3・創造性を発揮するには「みんなと同じ」をやめること。
私のような怠惰な人間は、家があると「頭痛がするまで寝続ける&ひたすらYOUTUBEを見続ける」傾向があるので、家を持たない(必然的に移動が発生する)生活をするのは非常に理にかなっているということが判明しました。携帯電話もそろそろ捨てるか…!!
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 6月 10
4・「誰かに用意された道には何もない」ということ。
『いかに美味い珈琲を飲むか』ではなく『いかに珈琲を美味く飲むか』を考えた結果、湧水で淹れた珈琲を飲もうということになって、新潟の山奥に来た。屋内でやることを、屋外でやるだけで楽しさが増幅するから不思議だ。 pic.twitter.com/99JrslvsfE
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 6月 7
『いかに美味い飯を食うか』ではなく『いかに飯を美味く食うか』を考えた結果、極限まで腹を減らしてから食う飯盒炊爨の白米こそ最強ということになり、実際に試してみたら半端なく美味い…誰かに無理矢理食わせたくなるから、飯盒セットを持ち歩こう。 pic.twitter.com/t54KxPl1TI
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 6月 9
5・「金と幸せに相関関係は(それほど)ない」ということ。
とりわけ印象に残ったのが、①年収250万が500万になっても幸福度は9%しか上昇せず、750万以上になると幸福度は一定になる。②太ももを動かすこと&暑い国に行く(暑い国に行く計画を立てる)だけで幸せ物質が分泌される。③経験がすべて。 https://t.co/pYFqZ7gUDt
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 6月 5
6・「自分が望むような人生になっている」ということ。
WEBがこれだけ普及した世の中では、おそらく「金がない」ということは何の言い訳にもならない。経済的な理由で何かを諦める場合があるとしたら、それは『そもそもでやる気がない』のか『単純に発想力に欠けている』かのどちらかで、絶対に実現してやると思えば大半のことは実現する。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 6月 9
7・自由でありたいと思うならば、自分を批判してくるひとの「批判する自由」も認めないといけない。
自由でありたいと思うならば、自分を批判してくるひとの「批判する自由」も認めないといけない。批判に屈するでもなく、認めた上で、言うことを聞かない。ごめん、やっぱり俺はこうだわという感じで、自分の道を歩けばいいのだと思いました。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 6月 12
8・ただ僕と一緒に歩いて、友達でいてほしい。
僕の後ろを歩かないでくれ。僕は導かないかもしれない。僕の前を歩かないでくれ。僕はついていかないかもしれない。ただ僕と一緒に歩いて、友達でいてほしい。ー カミュ pic.twitter.com/IOmPtCblwe
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 6月 7
9・「他には何もいらない」と思える瞬間について。
部屋の明かりをすべて消して、この音楽だけを流してみてください。移動を続ける生活の心細さを支えてくれたのは、心に響く美しい音楽の数々だった。多分、良い時間になると思う。http://t.co/Pb7U67eGAU
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 6月 8
10・終わりのない苦痛に耐えることが人生ではない。
何のために生きているのかということを頻繁に考えたりするけれど、結局『自分が楽しめるものを見つけて、その楽しさを周囲の人間と共有する』ということに着地する。終わりのない苦痛に耐えるためではなく、幸せを感じるために生きているということだけは、忘れたくないなあと思いました。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 6月 11
自分が大切だと思うひとには、不完全でも何でも構わないから、楽しそうに生きていて欲しいと思う。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) 2015, 6月 12
自然の中には、私の愛に値しないものはひとつもない。一人の人間も、一本の木も。