いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

人間をなめるな。

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天神駅前のタリーズにいる。開く。開くという行為が大事だと思う。疲れたとき、嫌なことがあったとき、心は簡単に閉じようとする。でも、開くことを、開いていこうとすることを、開いていける自分を忘れないことが、大事だと思う。自分が笑えば、世界も一緒に笑う。自分が泣く時、自分はひとりぼっちで泣くことになる。自分を閉じれば、世界も閉じる。開く。開いていける自分を、忘れないことだ。

 

 

おおまかなスケジュール

10月11日(金)20時 KEIGO&RYU&SP LIVE@福岡県久留米市ひなぎく
10月12日(土)以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます!)
10月25日(金)18時 坂爪圭吾&RYU LIVE@大阪市鶴見区「Cafe de Lien」
11月4日(月・祝日)14時 坂爪圭吾×壇珠「ファンタジーの魔法の使い方」
11月22日(金)19時 Agape単独ライブ@大阪市心斎橋「
5th-Street

SCHEDULE on http://urx2.nu/xkMu 

 

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嫌われないように生きると、嫌われる。

福岡到着前夜、成田空港で演奏をした「SARAH」。男は真理を求めて生きている。女は真理そのものを生きている。水に戻ると書いて『涙』になることが、昔から不思議だった。人間も、地球も、70%以上は水でできている(らしい)。同じように、なぜ、闇の中に『音』があるのかも、不思議に感じていた。昔の人々の感性には敬服する。日本語を美しいと思う。言葉は、私が生まれる以前から存在していた。私は、言葉を使って、音楽を使って、自分を使って『なにか』を継承する。なにかとは、なにか。それがなにかはわからない。ただ、大事なものであると思う。

 

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「SARAH」 作詞・作曲 Keigo Sakatsume

IN SARAH 思い出したら 夢になんて 戻れないぜ
DEAR LOVERS 踊り出したら 水になって あふれ出して
THIS FLOWER ここにないさ いまにないさ

I’m always seeking for truth

硬くなる思考と 柔らかな君
呑気な笑顔に 救われるのさ

You always live in that truth

星が 瞬く間に 許されていく
愛しくて たまらなく ゆれる

IN SARAH はしゃぎ出したら 涙なんて 乾かないぜ
DEAR LOVERS 歌い出したら あわになって 流れ出して
THIS FLOWER ここにないさ いまにないさ

I’m always praying for leave

憎しみにも似た 怒り抱いて
それも含め 恋 だったこと

You give off an enchanting light

星が 瞬くように 輝く君
その光に 満たされていた

IN SARAH はしゃぎ出したら 涙なんて わけもないぜ
DEAR LOVERS 描き出したら うたになって 暴れ出して
THIS FLOWER ここにないさ いまにないさ

IN SARAH 思い出すから 夢になんて 還らないで
DEAR LOVERS 踊り出すから 水になって あふれ出して
THIS FLOWER 花 開いて 種子を蒔いた 光の中

LOVERS,  LAST FLOWER,  SARAH

 

好きなひとに「愛してる」ということは容易だが、好きでもなんでもない人に「愛してる」ということは、滅多にない。滅多にないけれど愛してると実際に口にすることで、あとから「あ、意外と愛してるのかも」みたいな感じで、言葉に感情が引き出されることがある。だから、私は、出会い頭に「愛してるよ」と言っちゃうことを(言わずとも、頭の中で思い浮かべること)を推奨したい。そんな曲『すべての言葉は I LOVE YOU』を作った。似たような感じで「私は地球に愛されている」と口癖のようにつぶやくことを推奨したい。言葉が現実を作る。それならば、前向きな言葉を、明るく、楽しく、ポップな、生きることが楽しくなるような言葉を使っていたい。言葉が先か。感情が先か。きっと、世界は『意識』でできている。

 

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「すべての言葉は I LOVE YOU」 作詞・作曲 Keigo Sakatsume

あいらぶゆーと言ってみよう ガラじゃないだなんて言わないで
あいらぶゆーと言ってみよう すれちがっただけの!あのひとに!

あいらぶゆーと言ってみよう 愛されることをまたないで
あいらぶゆーと言ってみよう 最初から!自分から!先手!必勝!

世界は どうやら 映し鏡みたいなもので
僕らの中にあるものが滲み出てるらしい

俺が笑えば 世界も一緒に笑うのだろう?
俺が泣けば 俺はひとりで泣くのだろう? 

悲しみよ BYE-BYE BA BYE-BYE!

あいらぶゆーと言ってみよう ガラじゃないだなんて言わないで
あいらぶゆーと言ってみよう 遠く離れているあのひとに

あいらぶゆーと言ってみよう 気分が乗らないときにこそ
あいらぶゆーと言ってみると あら不思議!少しだけ!体温あがる!

僕らは どうやら 魔法使いみたいなもので
世界に振り撒く言葉が 現実(せいかい)を作る

張り倒したくなるやつも うじゃうじゃいるけど
まるごとひっくるめて愛せたら 俺の勝ちだろう 

憎しみよ BYE-BYE BA BYE-BYE!

あいらぶゆーと言ってみよう ガラじゃないだなんて言わないで
あいらぶゆーと言ってみよう 絶対に!許せない!あのひとに!

あいらぶゆーと言ってみよう 愛されることをまたないで
あいらぶゆーと言ってみれば あら!不思議!気分まで!ほら!

天にも昇っちゃう!そら!

あいらぶゆーと言ってみよう ガラじゃないだなんて言わないで
あいらぶゆーと言ってみよう すれちがっただけの!あのひとに!

あいらぶゆーと言ってみよう 気分が乗らないときにこそ
あいらぶゆーと言ってみよう 遠く離れている!あのひとに!

あいらぶゆーと言っているよ 生きとしいけるもの 全部
あいらぶゆーと言っているよ きっと そう

すべての言葉は 「I LOVE YOU」

 

昨日、コミュニケーションとは何かという話をした。一般的には「誰とでも仲良くなる力」がコミュ力と言われている。でも、これは、違うと思う。誰とでも仲良くなることより、大事なことがある。それは「自分が、これは大事だと思ったことを伝える力」だと思う。油断をしていると、人生の最優先事項が嫌われないこととか傷つかないこととか一般的であることになる。でも、それじゃ、人生の半分も楽しめない。薄っぺらい絆しか結べない。真の絆は、苦楽を共にすることから生まれる。だからこそ、嫌われないためではなく「嫌われたとしてもいいから、自分が大事だと思うことを伝えていくこと」だ。無難な道を選ぶと、無難な関係が残る。無難は関係は、当たり障りはないものの、全体的に冷たい。心の一部はさみしいままだ。憎しみは身体を冷やすが、怒りは体温をあげる。怒りを悲しみに置き換える前に、美しく、怒る。美しく、叫ぶ。美しく、暴れる。それが、大事だと思った。

 

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「かかって恋」 作詞・作曲 Keigo Sakatsume

なんにもしてないひとたちが なにかしているひとを馬鹿にするなよ
決めつけることも 押し付けられるのも 嫌だな

まだ見たこともない宝物(じぶん)が 見つけられることをまっているのだ
馬鹿にするよりも 馬鹿になれる方が 好きだな

君となら 不幸になってもいいよ
ぶつかって恋 全部 捨てて恋

なんにもできない自分には 生きる意味などないなんて言うなよ
君に会えたこと おれは たまらなくうれしいぞ

誰かのために灯をともせば おれの目の前も明るくなるだろう?
昨日よりちょっとよくして 明日の君にシュート決めたい

骨身なら 砕け散ってもいいから
ぶつかって恋 いいぞ かかって恋

まだ見たこともない世界(じぶん)が 見つけられることをまっているのだ
馬鹿にするよりも 馬鹿になれる 恋をしよう

 

「スミカ」作詞・作曲 Keigo Sakatsume

愛想ばっか 振りまいてないで コアを見せてくれ
そんなもんじゃ ないことは みんなバレてるんだ

ひとりじゃないふり してるけど
本当は いまも ひとりのままなんだろう?

Love is always with you もう一度 君の祈りを
俺にだけ聞かせてよ 夢を聞かせてよ

愛を こけにしてみたり すがりついたり
袖振り合わせたさみしさが ぬくもりに変わるまで

愛想ないぜ 真の君は バカに正直で
わがままで 生意気で それが魅力なんだ

何者かになれないことよりも
何者かになろうとすることが 苦しいんだろう?

Love is always with you そのままで そのままでいい
無邪気な笑顔を見せて 同じ空を見よう

居場所は きっと場所ではない 君の心だ
君が「好き」を取り戻す時 この星が 居場所になるだろう

Love is always with you もう一度 星に祈りを
君にいま 降り注ぐ夢を もう一度

地球がひとつの家ならば ぼくたちふたり
一緒に暮らしていることと もう同じだろう?

愛さないぜ 無理になんて 俺は自然派なんだ
半端ないぜ 決めたことだ 終のスミカは君だ

 

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人間をなめるな。

昨日、男3人で語り合った。生きる上で大事にしたいこと。話題は「傷つきたくない」と思う感情について。傷つくことを恐れるあまり、嫌われないように、ひとの迷惑にならないように生きる。そういう癖は、誰にでもあると思う。ただ、昨日、強く思った。嫌われたくないと話す男性に対して、私は「人間をなめるな」と言った。嫌われないように生きて、それで相手から好かれると思うことは、人間をなめている。 生きている限り、そりゃあ、波長が合う人間もいれば合わない人間もいる。優しい人間もいれば「なんでこんな冷たい対応をするのだろう」と感じるひともいる。だから、自分が好きだと感じるひととだけ一緒にいたいと思う感情は、自然だ。ただ、それが行きすぎると「自分が、この人には話せると思ったひと以外の前では、自分を出せなくなる」危険がある。日常的に自分を抑圧している(他人に合わせて生きている)と、自分を見失う。

 

人間は、人生は、お前が思うよりもよっぽど広い。偏った認識で、人間をみくびるような真似をするな。世界を低く見積もるな。そう思った。人間とは、自分のことであり、他人のことであり、人類全体のことだ。もしも「嫌われないこと」が最優先の世の中なら、俺は、お前に、なにかをおかしいと思っても「人間をなめるな」とは言わないし「それじゃさみしいままじゃないか」とも言わない。ただ、お前の話を聞いたあとに、それでいいんじゃないとか適当な言葉を使って、話を深めるようなことをしない。それが、お前の望みか。ただ、受け入れて欲しいだけなのか。違うだろう。人間と人間が語り合うということは、そういうことではないだろう。もっと、こう、命と命がぶつかりあうような、それによって生じる摩擦熱を通じて『生』を実感するような、そういう瞬間、そういう手応え、そういうコミュニケーションをお前は求めているのとは違うか。少なくとも、自分は、そうだ。適当な社交辞令を繰り返すよりも、本当のことを言い合えるひとが好きだ。だから、俺は、言う。嫌われてもいいから、言う。これが俺なりの愛である。そう思った。

 

このやりとりのあと、RYU-CHANは言った。嫌われないように生きていたら、そこに愛みたいなものが生まれない気がする。だから、俺は、嫌われてもいいのだと思う。自分は、Agapeで音楽をはじめるまでは、常に「なにか違う」と思いながら毎日を生きていた。なにをしていても「なにか違う、なにか違う、なにか違う」と感じていた。ひとといることに疲れて、ひとりで真っ暗な道を何時間も歩いたりしていた。誰とも会わない日々を過ごしたあと、自然と「ひとと関わりたい」と願う気持ちが湧き出してきた。音楽をやりながら思うことは、爆発。人間のポテンシャルはやばい。ひとりの人間ができることには無限の可能性がある。それを引き出すようなことを、それらを阻害しているものを解放したい。そういうことを自分自身に感じながら、音楽をやっている。と。自分を解放できただけ、きっと、それに触れたひとを解放できるのだと思う。行動を共にしているSPは、こう言った。自分にとって、幸せとは「自分いいな」って思えた瞬間である。と。すげーいい言葉だ。そうだ。その通りだ。こういう語り合いをできている自分を、自分たちを、すげーいいなと思った。生きている限り、浮き沈みもある。色々な感情になる。だが、そのトータルで「最高だった」と言える生涯を送りたいと思う。

 

 

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福岡に埋伏…目指せ毎日LIVE…

 

人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
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