いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

退屈なのは、野生が足りないから。

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お金とはなんだろう。いまの私に定職はない。このブログも広告を張っていない。だから、一円にもならない。出会う方々から「どうやって生きているのですか」と頻繁に問われる。私も、なぜ、自分が生きているのかがわからない。もらっているもので生かされている、というのが正直なところだ。昨日、熱海から横浜まで原付で移動をした。この原付(スーパーカブ)も、読者の方から譲り受けたものになる。熱海の朝日が綺麗だった。私は、なぜ、こんな生き方をしているのだろうか。

 

 

私は本が好きだ。だから、読む本がなくなると本屋さんにいく。しかし、多くの場合、自分が買った本よりももっと面白い本を、本を購買した直後に出会う方々がくれたりする。あまりにもそういう出来事が続くものだから、最近、いよいよ「もらい物だけで生きてみろ」的なことを自分に思う。本屋さんに行けば、自分が読みたいと思う本を、自分が読みたいと思うタイミングで買える。逆に、誰かからのもらいもので生きる場合、その辺のコントロールがまったく効かない。大事なことは、多分、どれだけ『わからないこと』を信じられるか・そこに飛び込めるかなのかなと思う。

 

ibaya.hatenablog.com

 

お金とはコミュニケーションコストを0にしたもの。

前に家も金も仕事もない状態で、二年間放浪の日々を過ごした。あの頃、わたしは何を学んだかってそれは『謙虚さ』だと思う。ある人が、私の生き方を見て「お金って、コミュニケーションコストを0にしたものなんですね」と言った。これ、非常に興味深い指摘だと思う。お金があれば、ホテルに泊まることも食事をとることもすぐにできる。誰に会うか、誰を避けるか、それを選ぶことができる。逆に、お金がない場合、誰かに「食べ物をください」とか「家に泊めてください」などとお願いをする必要がある。誰に会うか、誰を避けるか、などを選んでいる場合ではなくなる。結果、あらゆるひとを受け入れる度量を持つ必要が生まれる。結果、私は、前よりも少しだけ謙虚になれた。

 

note.mu

 

お金がある限り、誰一人必要とすることはない。お金がないとき、私は『他者を必要とせざるを得ない』状態に置かれた。結果、これが功を奏したのだと思う。私は、全国各地に様々な人々とのつながりが生まれた。お金がなくても、コミュニケーションさえとれたなら、ひとは死なない(もっと言えば想像を超えて面白い展開を生むこともある)ことを肌感覚で学んだ。しかし、常にコミュニケーションをとらなければならない状態というのは、それなりのストレスもかかってくる。だから、私は、稀にもらったお金でホテルに泊まったりもした。誰の顔色を伺う必要もない。誰に気を使う必要もない。そういう『閉ざされた空間』が、自分の心身の状態によっては、最高に居心地のよい空間にもなった。

 

note.mu

 

だが、いま、私は「ホテルに泊まることは退屈だ」と感じている。ホテルは、結果がわかりきっている。わかりきっていることは退屈で、わからないことのなかに楽しさを覚える。結果、野営を連発する日々を過ごしている。野営をしていると自然とのコネクト感がすごい。わたしは、この日々を気に入っている。多くの人々は、いま、生活のため(要するにお金のため)に働いていると思う。では、そのお金でなにをやりたいと思っているのかというと、ずばり、それは『コミュニケーション』なんじゃないだろうか。今時、豪華な家や高級車をゲットするために汗水流して働いているひとは少ないと思う。充実したコミュニケーションさえとれていれば、ひとは、多くのものを求めなくとも安定する。一旦、冷静になってみませんかと周囲に問いたい。コミュニケーションコストを0にしたもの【金】をかき集めて、それを使ってコミュニケーションをとりたいと思っているこの現状には、小生、結構な歪みがあるような気がするのだ。もっと俗っぽい言い方をすれば「お金なんてなくても簡単に幸せになれるよ」的なことを言いたいのだと思う。

 

坂爪圭吾 - 【貨幣経済を考えよう!】...

 

退屈なのは、野生が足りないから。 

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朝日は無料。夕日も無料。気前がよろしい。


私の大好きなエピソードがある。余命半年だったら何をする??という問いに対して、ある日、26歳の女性は「私、死ぬ前に一発ヤりたい」と強く思った。そして、驚いたことにその旨をインターネット上に公開して『SHALL WE SEX???』とセックスの相手の募集をはじめた。自分の連絡先情報も添えて。すると、開始早々30名を超える男性から連絡が届いた。事の顛末は彼女のブログ記事を見ていただきたい(くりちゃん勝手にごめんね!)のだけれど、私は、こういう生き方をしている人間が好きだ。ここには『正しい』とか『正しくない』とかはない。あるのは、ただ、強烈にそうだったのだという実体験だけだ。私は、彼女の生き様を美しいと思う。この強度を、この実体験を、生きている実感と呼びたいと思う。

 

kurikuu.hatenablog.com


大好きなエピソードはもうひとつある。T君は、自分の彼女が別の男と風呂にはいっている場面を目撃した。T君はその男をぶん殴り、彼女は「やめてー!」と絶叫する。これだけ聞いたらかなりの修羅場だと思われるが、すごいことに、すったもんだの挙句、彼らは最終的に『三人で仲良くお風呂にはいる』という衝撃の展開を迎えた。いったい、彼らの間でどのようなコミュニケーションが交わされたのだろうか。この辺の謎は、今夜ごちゃまぜの家で開催されるイベントで紐解かれる予定です。私は思う。自分の体を張った人間の実体験は、どんな教科書より、どんな哲学書より、生々しいから面白い。『生きている人間』の話に触れると、ああ、自分ももっと生きようみたいな原始的な力がむくむくっと湧き上がってくる。

 

toruquqlia.hatenablog.com

 

私は経済を考えるのが苦手だ。「資本主義の次は何がくると思いますか??」などと問われても、まるでピンとこない。贈与交換とか、評価経済とか、AIとか、サステナブルとか、パーマカルチャーとか、ベーシックインカムとか、正直どうでもいいと思っている。そんなことよりも「いま、この瞬間、本当の意味で生きているか」の方が、五億倍重要だと思っている。私の愛する人々、彼らのぶっ飛ばした生き様に触れたとき、私の生命は露骨に反応する。「ああ、いいなあ、すげえいいなあ」って恍惚となる。私は、最近、謎に焚き火にはまっていて「この、小枝をポキっとやる瞬間がたまらないんだよなあ」とか思ったりしている。火を眺めながら酒を飲んだりメシを食ったりしていると、街中の飲食店が退屈に思える。もし、いま、人生につらさを覚えているひとがいたとしたら、僭越ながら言いたい。それは、つらいんじゃなくて『つまらないだけ』だと思う。自分の生き方に飽きたとき、それは、野性が足りていない合図なのだと思う。獣になりましょう。がおー。

 

 

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あたひ。。 #熱海 #朝日 #lifeisgood

 

人生は続く。 

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
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