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いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

花を愛するように、ひとを愛したい。

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5月18日から27日までの10日間、クラウドファンディングの御礼参りも兼ねて東南アジア諸国ホーチミンシンガポールバンコク&クアラルンプール&ハノイ】を周遊することになりました。航空券以外は宿も何も決まっていないので、現地でお時間のある方は、どなたでもお気軽にご連絡をいただけましたら幸いです。日本国内に限らず、海外でも「(誰でも無料で利用&宿泊をすることのできる)ごちゃまぜの家」があれば生きる自由度も高まるのかな、海外でそんな場所を見つけることってできるのかな、日本でちょっと疲れたひとにとっての避難場所にもなればいいな、無理かもしれないけれどやってみないとわからないよな、奇跡的なことが起きたらいいなあ、単純に「東南アジアのうまい飯を食べることができるだけでも行く価値はあるな!」などという思いと一緒に向かいます【真の意味でヒマです!!】。

 

 

最近は「真のコミュニケーションとは何か」ということを(暇な時に)考えています。わたしは、昔から「ひとと話をしたい」という思いを抱えて生きていました。しかし、ひとと話していても「ひとと話している」とは思えない瞬間が、とりわけ10代の頃は頻繁にありました。何かこう、世間的・一般的・表面的なやり取りを交わしているだけに過ぎず、そのひと自身に触れることができない(ひとと話をしてはいるのだけれど、ほんとうに話したいと思っていることは何も話せていない)という感覚は、わたしにさみしさ【ひととひととの分離感】を与えました。多分、その頃からなのだと思います。自分の気持ちを(話し言葉ではなく)文章として書き綴るようになり、少なくとも「自分自身だけは自分のよき話し相手でありたい」ということを思うようになりました。自分の気持ちを伝えることが得意だからではなく、自分の気持ちを伝えることが苦手だったから(ひととうまくコミュニケーションをとることができなかったから)文章を書くようになったということが、多分、わたしの正直な動機になるのだと思います。

 

【イベント詳細】ごちゃまぜの家族に乾杯!@東南アジア【ホーチミン&シンガポール&バンコク&クアラルンプール&ハノイ編】

 

真のコミュニケーションとは何か。

クラウドファンディングの御礼の電話をかけ続けている。相手の方から「こんなに電話をしていたら大変じゃないですか」という気遣いのお言葉をいただく。結論から言うと、なにひとつ大変なことはない(毎回、想像を超えて楽しくてうれしくて素晴らしいです!!)。多分、200件を超える電話を「ある種のタスク的な業務【やらなければいけないこと】」としてやっていたとしたら、わたしは即座につらくなっていたと思う。しかし、わたしは同じ電話を200回重ねているのではなく「ひとりひとりとの会話を200回重ねている」のだと思えば、ひとつひとつにオリジナルな張り合いが生まれる。決してコピー&ペーストのようなやり取りではない、話し相手によって出てくる自分自身の変化を楽しみながら、その時、その瞬間に感じた思いを丁寧に言葉にしながら伝えるための営みは、大袈裟な言葉で言えば「最高のコミュニケーションの機会【自分を知り、相手を知り、人間を知る最高の機会】」になる。

 

真のコミュニケーションとは、誤解を恐れずに言えば「セックスみたいなものだ」と思う。肉体を重ね合わせることだけをセックスと呼ぶのではなく、言葉のセックスもあれば音楽のセックスもあるし、別々のひとが同じものを見るというセックスもあれば、なにもしない【なにもしないということを共有する】というセックスもある。ここで言うセックスとは、多分「ひとつになること」の総称であり、それは「別々の人間が同じ気持ちになること」と言い換えることもできる。わたしたちはそれぞれ個別の肉体を持って生まれてきて、相手がどのようなことを感じているのかを想像することはできてもリアルを知ることはできない。それでも、この瞬間だけは「同じ気持ちになることができているのかもれない」と思える瞬間の中には、いま、自分たちは深い部分でコミュニケーションを交わすことができているのだという安らぎ【生きていることのよろこび】がある。

 

稀に、読者の方から「素晴らしいメッセージをありがとうございます!」とお褒めの言葉をいただけることがある。そう言っていただけることは非常にありがたいのだけれど、わたしの中には「メッセージを発しているつもりはない」という思いがある。わたしは、ただ、自分はこのような人間であるとか、このようなことがあってこのようなことを感じたとか、日々の感想【生きた記録】を残しているだけに過ぎない。それではなぜ、わたしはブログ【ひとの目に触れる場所】を選ぶのだろうか。自分の気持ちをまとめるだけならば、日記に書けばいいだけの話じゃないかとも思う。しかし、ブログにはあって日記にはないものがある。それが「自分以外の読み手の存在」であり、わたしは、どうしても伝えたいメッセージがあるから文章を綴る訳ではなく、ただ「ひととコミュニケーションを取りたいと願うから」こうして文章を書き続けている【毎日、呼ばれた場所に移動を続けている】のだと思う。

 

成功も失敗も一緒に笑いたい。

昨日、御礼の電話をさせていただいた方から「わたしも昔からごちゃまぜの家のような存在があればいいなと思っていたので、今回は、ご支援というよりも『一緒に勉強をさせていただきたい。そして、成功も失敗も一緒に笑いたい』という思いから支援をさせていただきました。だから、坂爪さんにはどんどん好きなようにやっていただけたら嬉しいですし、このような機会をつくっていただいてほんとうにありがとうございます」という言葉をいただいた。ああ、なんて素晴らしい言葉を伝えてくださる神様なのだろうかと思ったわたしは、その方に「ちょっと今から電話の録音ボタンを押すので、同じ言葉をもう一回言ってください!毎日それを聞いては元気になりますからーーー!!!」と答えた。成功も失敗も一緒に笑いたい。最高の言葉だと思う。成功しなければいけない、うまくやらなければいけないという強迫的な思いからひとを自由にする、最高の言葉だと思う。

 

自分の中で決めたルールのひとつに「誰かを救おうとしない」というものがある。正義感は、他人に押しつけた瞬間に暴力に変わる。わたしは、自分と同じであることを誰かに強制したいとは思わない。ただ、こういう生き方をしている人間がいるのだということを、一緒に笑ってもらえたらうれしいとは思う。わたしのこころを動かすものは、正しさよりも「楽しさ」だ。褒められるために生きている訳でもなければ、誰かに認められるために生きている訳でもない。成功することだけではなく、失敗することさえも一緒に笑ってくれるひとがいるということは、なんと心強いことだろうか。生きる理由、それは「楽しむため」だ。それだけで充分なのだとわたしは思う。それを「誰かのため」とか「何かのため」とか言いはじめた瞬間から、ゆっくりと濁りはじめていくのだろう。何か新しいことをはじめる時に、多分、もっともらしい理由なんていらないんだ。そんなものは「やりたいと思ったから」だけで充分であり、それだけでいいし、それだけがいいのだと思う。

 

まだ確定をしている訳ではないのだけれど、東京の文京区でもごちゃまぜの家を実現できることになるかもしれない(関係者のみなさま、本当にありがとうございます!!)。自分の期待を裏切って生きたいと思う。一年前の自分は、いまの自分の姿をまったく想像することはできなかった。自分の頭が想像できることなんてほんとうにちっぽけなことで、予測不可能な出来事が頻発すること、まさか「自分の人生がこうなるとは!」と驚かされるような出来事に遭遇できるということは、生きていることの最高の醍醐味になる。こうなればいいなと思う自分の期待を、はるかに上回る人生を生きていきたいと思う。ごちゃまぜの家に関してもまったく同じで、自分のこころが「こうなればいいな」と思う理想をはるかに上回る形で、予測不可能な「最高よりももっと最高!」な未来になれば素晴らしいなと、わたしは思う。

 

【過去記事】人生は短いから、不幸でいる暇なんてない。 - いばや通信

 

 『SUPERな写真家』

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今回の「わたり文庫無料郵送の一冊」は、シンガポール生まれの写真家・レスリーキー著作『SUPERな写真家』です。こちらの本は、わたしの愛するMAYUCHAPAWONICAさんから譲り受けた一冊になるのですが(まだ最後まで読めていません!)、読み進めるたびに「このひとは最高だな!」という思いが湧きあがります。元気になります。これは余談になりますが、元気という言葉は「元からある気持ち」と書く通り、誰にでもあらかじめ備わっているもの【外付けではなく内蔵されているもの】なのだなあということを思いました。元気になるということは、ただ、自分のこころをチューニングをするだけのことなのかもしれません。ご希望される方は何かしらの方法で坂爪圭吾までご連絡ください。御当選(?)された方には70万時間以内に折り返しご連絡いたします。

 

※※※ こちらの本は、シンガポールにわたりました ※※※

 

レスリーは神様かもしれない。

 

レスリーが「撮らせて!」と言った瞬間から、

 

そのひとはレスリーと友達になっている。

 

そして安心してレンズの前に立つ。

 

レスリーは悪魔かもしれない。

 

後で、3日間くらいは筋肉痛になるポーズを延々とさせておきながら、

 

こちらを、そうしなければ満足できなくさせてしまう。

 

〝人間〟を逃さない、炎のようなものを持っている。

 

レスリーのあまりのフットワークの軽さとマメっぷりは、

 

何人ものレスリーが同時に存在しているかの様で、まさに神出鬼没。

 

世界のあちこちから、いろんな人にコンタクトし、

 

そして、すぐに目の前にいたりもする。

 

こんなに数多くのパフォーマーが、一つに納められた写真集だったら、

 

ほんの僅かでも、どこかしらに、何らかの思惑や惰性が感じられて不思議はないのに…。ただ、ただ、それぞれの自分をひたすらパフォームしている被写体の姿が洪水のように溢れ出し、胸を打つ。

 

これを見た人はたくさんの勇気を与えられると思う。

 

レスリーに作為は全くない。人間が好きなだけ。

こんな写真集を実現させた

 

レスリーこそスーパースターかもしれない。

 

松任谷由実レスリー・キー写真集『SUPER STARS』序文より

 

レスリー・キー『SUPERな写真家』【朝日出版社

 

【参考HP】わたり食堂・わたり文庫

 

花を愛するように、ひとを愛したい。

御礼の電話をさせていただいた方から「この前のお休みの日に、簡単なサンドウィッチをつくって、自然のある場所で小さなピクニックをしたんです。その時に感じた気持ちがなんだかとっても良くって、そして、この感覚は何かに似ているなあって思ったんです。それで、何をしていた時の感覚だろうかって考えていたら、あ、これは坂爪さんのブログを読んでいる時に感じている気持ちと同じだって思ったんです」という言葉を与えてくれた。わたしは、ああ、なんだこれは、最高の褒め言葉じゃないか!と感動に打ち震えた。その方は言う。自分は自分のままではダメだって思うこともあるけれど、でも、自分は自分のままでもいいんだって、自然なままでも幸せになることは簡単にできるんだって、自然に言ってもらえたような気持ちになりました。




数日前にお会いした女性は「最近は、可愛い花を見かけると、話しかけてしまったり頭(?)を撫でちゃうようになってて、それから『花を愛するように、ひとを愛せたらいいな』って思うようになりました」と話してくれた。わたしは、ああ、なんて素晴らしい言葉を使うひとなのだろうかと感動した。花を愛するように、ひとを愛したい。なんて素晴らしい思いなのだろうか。花は、言葉も使わなければ表情の変化などで気持ちを伝えることもしないし、花以外の何かになろうともしない。ただ、花は花としてそこに咲いているだけだ。その姿が、その無理のない自然な姿【ただ、自分は自分であるということ】が、見るひとのこころを大きく慰めることがある。何かがある自分を誇るのではなく、何もかもを取り去った後に残る自分を誇りにするということ。真のコミュニケーション【人間と人間が付き合うということ】も、多分、そういうことなのだと思う。

 

 

先日、おはなをお届けさせていただいた方からあまりにも嬉しすぎるメールをいただいた。ひととコミュニケーションを取れたという実感、ああ、今日はこのひとと会えただけでも最高だったと思える1日は、多分、誰にでもあると思う。本質的にひとはコミュニケーションを求めている生き物で、ひととこころを通わせることができたという実感は、それだけで「今日という日を素晴らしい一日にする」力がある。日常の中に適当な機会やタイミングを見つけることができないだけ(あるいは遠慮をしてしまっているだけ)で、ひとと話をしたいと思っているのは、自分だけではなかったのだということを知る。コミュニケーションとは、何も言葉に限られた話ではない。言葉はなくても、何も話さないとしても、ただ、同じ空間を共有するだけでもいい。こころを通わせるということ、それは、言いたいことを言うというよりも、ただ、わたしはここにいる【あなたはここにいる】ということを、お互いに確認し合う行為なのだと思う。こんなにも生きているのだということを、静かに実感することができた瞬間に「生きていることのよろこび」は生まれるのだと思う。

 

 

坂爪さま


おはようございます。

先日は◯◯までいらして下さり、
お花とランチもご馳走になり
本当にありがとうございました。


とりとめもない会話になってしまいましたが
それでいいというか、それがよかったように思います。
坂爪さんを目の前にして、
何故かうるうる涙腺がゆるんでしまいました。
心地よい時間でした(*^o^*)

 

人と会話をすると
○○は××だよね!ね!みたいな、
共感する結論にもっていってお互い満足する
(したように思い込む)流れみたいのがありますが、
坂爪さんとお話していてそういった圧力がぜんぜんないのが
心地よく、許されてる感じがしました。

何かよい質問をして会話を広げなきゃとか
盛り上がらなきゃとか
アドバイスめいたものをしたりされたりしなきゃとか
そういった会話の満足達成感圧力みたいのって
なくていいんだよな~本来はな~と新たなる発見でした。


今、お仕事机の横にお花があります。
原稿描いてて、ふと見上げるとお花がある、そういう感じいいなあと。
お花の写真撮ってみたので送ってみます。
メッセージカードもありがとうございます!嬉しいです!

 

似顔絵をお渡しした後、
もうちょっとバージョンアップさせたいなとも思いましたので、
お仕事落ち着いたあたりにちょっと描き直してみます。
実際お会いして、目が優しくて澄んでらしてるので
そういう感じが欲しいな~と、個人的なこだわりですが^^;
いい感じに描けたらまた送ります。描けなかったらそのままです。。。


ごちゃまぜの家楽しみです。
何かしてもいいし
しなくてもいいみたいな心地よい場所になるといいなあ。
ただうたたねしに行くだけとか^^
庭のグリーンを眺めるだけとか。たまに手入れしてみるとか。
まずはの菊名のおうち、ぜひぜひ行きますね♪


今日は確か京都でしたね。
すてきな一日を♪

 

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人生は続く。

 

413-0002
静岡県熱海市伊豆山302
坂爪圭吾 KeigoSakatsume
TEL 07055527106 LINE ibaya
MAIL keigosakatsume@gmail.com
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