いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

一生懸命に生きた記憶が思い出になる。

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循環型図書館が、素晴らしい展開を迎えた。先日、平塚から遊びに来てくれた女性が「図書館みたいな、あの、巻末にカードをつけるのはどうでしょう??」と、幾つかのデザイン案を送ってくれた。「図書館の名前はまだ決まっていないということだったので、取り急ぎ『わたり文庫』という名前でつくりました」とのこと、これがあまりにも素晴らしかったもので、私のテンションは如実に向上した。

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デザインをしてくれたCちゃんに無断で写真を転載する(Cちゃん、勝手にごめん!)と、このような形になる。現在も、全国津々浦々から「無理やりにでも誰かに読ませたい本」が続々と届いている。ほんとうにありがとうございます!)。循環型図書館の基本コンセプトは、無理やりにでも誰かに読ませたい本を結集して、それを、次の人に回し続ける。返却の必要は皆無で、本を通じて何かしら新しい形でのコミュニケーションを実現していきたい。

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本に挟むと、このような形になる。

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テープなどで本に貼り付けてしまうのもいたたまれないからと、取り外しが可能な(カバーに挟める)ように設計してくれた。素晴らしい心遣いである。『わたり文庫』という名前も素晴らしいので、そのまま採用してしまった。今日から、熱海のこの家は『わたり文庫』の第1号になります。

私にはデザインの能力もなければ事務も経理も管理も何もできない人間なので、このようなスタイルで手助けをしてくれるひとの存在は本当に貴重で、大切だ。平塚のCちゃんに大感謝である。実際に、この家にまで本を持参してくれたひとには、このカードに記入していただくのも良いだろう(任意)。遠方にお住いの方々には、無料で郵送する『センスのある損(通称・ソンス)』も取り入れていきたい。


収益を無視する。

最近、多くの人々から「図書館や諸々の収益はどうするのですか?」と尋ねられる。答えはシンプルで「収益化は何も考えていない」というものになる。そんな馬鹿な!という顔をされてしまうが、ほんとうに何も考えていない。ただ、私達には、ひとつの仮説がある。それは『自分たちの活動が未来に必要なものであれば、それを見たひとが「こいつらを餓死させてはいけない!」ということになり、必ず助けてくれるだろう。しかし、未来に何ら必要ないことをやっていれば、私達は餓死するだろう』というものになる。

また、わたり文庫と同時に『わたり食堂(仮)』なるものをやってみたい。わたり食堂(仮)とは、あらゆる料理やデザートや飲料が無料で提供される、フリーミールの食堂になる。基本的な考え方は「交換感から循環感!」であり、取り急ぎ、今週10日(日)か11日(月・祝日)に、この家で実験的に第一回を試してみたいと思っています。誰かに料理やお菓子や紅茶などを振る舞うことがお好きな方は、救いの手を差し伸べていただけると幸いです。

【追記】1月10日(日)12~19時に、第一回『わたり食堂』を開催します。イベント招待の有無に関わらず、興味のある方は、どなたでも気軽に遊びにいらしてください。


参考にしている考え方は「サービスを受ける側が金を払うから循環が起こらない(交換になってしまう)のだ。だからこそ、サービスを受ける側は永遠に無料で、サービスを与える側が『自腹を切ってでも何かを与えるシステム(金を払ってでもやりたい仕事)』があってもいいじゃないか」というものになります。


一生懸命に生きた記憶が思い出になる。


何か新しいことをやろうとする時、自分の気持ちを誰かに伝えようと思う時、必ず、何かしらの「恐怖」と対峙する。このままでは通用しないのではないだろうか、失敗するのではないだろうか、誰かに笑われるのではないだろうか、嫌われてしまうのではないだろうか、など、様々な不安が頭をよぎる。

しかし、失敗とは何だろうか。いつまで傍観者でいるつもりなのだろうか。いつまで周囲の顔色を伺い続けて、いつまで、傷つくことを恐れているつもりなのだろうか。喜びは、多分、成功のなかにだけあるものではない。失敗のなかにも喜びはあり、悲しみのなかにも、苦しみのなかにも喜びはある。振り返って見た時に、輝きを帯びた思い出になるのは「不器用でも、無様でも、一生懸命に生きた記憶」だ。

自分を殺して人に好かれるよりも、自分を出して人に嫌われる方がずっといい。不器用でも、無様でも、一生懸命に生きた記憶が思い出になるのだ。死んだら、死んだで、関係はない。その時は、ただ、その時なのだ。適切な環境や勝算や才能があるからやるのではなく、適切な環境も勝算も才能もなくてもやる、やりたいと思ったからやる、きっと、それだけで人間は清々しく生きることができる。


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人生は続く。

静岡県熱海市伊豆山302
坂爪圭吾 KeigoSakatsume
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