いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

共感するな。尊敬しろ。

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ロンドンにいる。最近思う。わたしは男性で、女性であるミユさんとバンドを結成した。だからこそ、自分の役割は「男を徹底すること」だと思っていた。自分が男を徹底し、ミユさんが女を徹底する。そのことで生まれる相乗効果が、音楽に力を与えるものだと思っていた。しかし、この考え方が間違っていた。真の出会いは、性別を溶かす。男がどうとか、女がどうとか、そういうものが消えた。自分は性別にとらわれ過ぎていた。そして、そこから自由になった。男も、女も、ねえのだ。

 

 

おおまかなスケジュール


3月22日~25日 FREE!@ロンドン
3月26日 「音楽×トーク」企画@ロンドン(Bond Street)

3月27日~4月2日 FREE!@イギリス界隈
3月31日 わたり食堂【0円食堂】(帰国不可能)
4月7日 🎁🎉✨🎂💝坂爪圭吾34歳の誕生日💝🎂✨🎉🎁

4月11日 関西空港到着以降、引き続き音楽武者修行【日本】
4月14日「音楽×トーク」企画@大阪(最寄駅・阪急十三駅)

🌐🌐🌐呼ばれたら何処でも行きます🌐🌐🌐

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu 

 

性別を超える。

ミユさんはすごい人間だ。出会うたびに衝撃がある。この二ヶ月で、我々は四回あった。一回目は「出会いの衝撃」を、二回目は「バンド結成お誘いの衝撃」を、三回目は「バンド名決定の衝撃」を、四回目は「バンドの方向性の衝撃」を、わたしに残した。会うたびに、決定的な何かが定まっていく。普通の人が五年は要するようなことを、五日間程度で決めてくる。スピードが容赦ない。自分も、自分なりにスピードは早い方だと思っていた。しかし、桁違いの人間を目の前に「あたしゃあなたに完敗です」と低頭する。ジョンが、ヨーコに会ったときもこんな感じだったのだろうか。出会うべきひとに出会うとき、すべての加速度が飛躍的に向上する。

 

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女性と何かをやる。そのとき、男である自分は「男が引っ張っていかなければ」などと勝手に構える。しかし、もう、そんな必要はないのだ。ミユさんと色々話したなかで、タロットの『THE WORLD』のカードが脳裏をよぎった。タロットには、言葉と(その言葉の意味をあらわす)絵が描いてある。普通、世界と書かれたカードには、地球の絵とか、宇宙の絵とか、そういったものが描かれていそうなものだ。しかし、タロットにおける世界観は、違った。『THE WORLD』には、男と、女が、混ざり合って一体になっている絵が描かれていた。このカードは『完成』を意味するらしい。男も女も消えてなくなり、ひとつになる。ミユさんと話しながら感じた衝撃は、このカードの感覚に近い。自分は、もう、男でも、女でも、ない。

 

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ミユさんは言った。性的な部分は、ナチュラルに残るものだ。女性を意識しなくても、自分は女性なのだから「結果的に出てしまう(残ってしまう)女性の部分」はあとから勝手についてくる。これは、きっと男性も同じだと思う。だから、性別を前提に物事を決めるのではなく、そういうものを全部飛び越えて、ただ、自分がやりたいことを自分のやりたいようにやればいい(自分にやらせてあげればいい)。と。こういった会話を交わしながら、わたしは、自分のやりたいことにOKを出せていない自分の姿を見た。これは、きっと自分だけではないだろう。やりたいことをやっているように見えて、実は、その人自身が一番やりたいことに関しては、なにかしらのセーブをかけている。この『セーブされていた部分』が、ミユさんとの会話によって、明らかになった。わたしは、ロックンロールがやりたかったのだ。

 

「flow/er」「エクスプローラー」

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共感するな。尊敬しろ。

ミユさんは文章を書く。それをSNSに投稿する。すると、コメント欄に「共感しました!」などと書く人々が登場する。誤解を恐れずに言うと、共感という言葉をたやすく使ってんじゃないよって思う。お前はミユ様に共感できるレベルにはまだまだ達していないだろう。自分だったら、とてもじゃないけれど「共感しました」なんて恐れ多くて言えねえぞ。共感するな。尊敬しろ。忠誠を誓え。ばか。ということを思う。この話をすると、一定の人々は爆笑してくれるが、一定の人々は「まあ、あなたってひどいひと!」とGone with the windする。たとえば、自分は「あなたのファンです!」と言われることを嫌う。俺のファンになるよりも「お前はお前のファンになれ」と思う。が、このあたりのニュアンスが伝わることは少ない。 

 

「あなたのファンです!」と言われても微妙だが、「あなたのことが大好きです!」と言われると、最高に嬉しい。この差はなんだろう。何が違うのだろうか。好きです!と言われたら、こっちも「そんなあなたが、あたしも好きよ!」と返せる。しかし、ファンです!と言われても「あ、そうなんですか」としかならない。こちら側はなにも返せないのだ。自分もあなたのファンです、と言ったら嘘になる。なぜなら、あなたのファンではないから。わたしは、決して「自分はすごい人間だ」などと言いたい訳ではない。自分という小さな括りを飛び越えて「人間はすごい」ということを言いたいと思う。人間という言葉のなかには、自分も、あなたも、含まれている。しかし、あなたのファンです!と言われた時、なにかこう「そう言うひとは、人間という括りの外側にいる」感覚だけが残る。結果、なにかこう、一番言いたいことはなんにも伝わってないのだなあというがっかり感が残る。

 

現在、ロンドン在住のS様のご自宅にお邪魔をしている。S様から「チャリスウェルに行ったら?」と提案を受けた。ジョンレノンがイマジンを作った場所だ。S様は言う。音楽をやるなら、イマジンを越えなさいよ。と。イマジン越え。すごい言葉だ。S様は、小生をけしかける。ミユ様も、小生をけしかける。オノヨーコも、こんな感じでジョンレノンをけしかけたのかもしれない。けしかけてくれる人間がいることは幸せだ。年齢を重ねるほど、誰も、何も言ってくれなくなる。けしかけてくれる人間は絶滅し、そのままでいいよとか敗北的なことを言いはじめる。S様も、ミユ様も、生き様が本気だ。血が濃い。濃い血が流れている人間からけしかけられると、(基本的にたじたじになってしまうことばかりだが、最終的に)燃える。自分はどこまで行けるのだろうか。自分の、自分たちの未来が楽しみになる。

 

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
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