いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

自分が思う誠実さのど真ん中を生きていれば、世界は素晴らしい展開を見せてくれる。

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効率ばかりが人生じゃない。という訳で、福岡から成田空港を経由して横浜に着いた翌日に、新横浜から広島に行くという「福岡から広島にいけばいいじゃねえか!」的な遠回りをして現在は福山駅にいる。いろいろ説明したいことが多すぎて、逆になにも説明できない。おはなを届けるためにこれから神戸に向かおうとしているいま、風邪をひいていて頭が朦朧としている。界隈でおはなを希望される方はお気軽にご連絡ください。

 

連絡先・坂爪圭吾

LINE ID ibaya

keigosakatsume@gmail.com【データ制限中で返信できない場合があります!】

 

新種の自殺行為ということで、行く先々でおはなを配っている。福岡では8本配り、広島では2本配った。12月は時期的に落ちる。油断をしていると孤独感とか虚無感に襲われる。稀に「あれ、呼吸をすることさえ苦しいぞ」とかなることもある。こんな時は結構やばい。みんなは、孤独感や虚無感のようなものに襲われて呼吸をすることさえ苦しくなるなんてことはあるのだろうか。わたしにはある。これはある種の通過儀礼だと思うことにしている。深い孤独に陥るとき、普段だったら「これをやれば元気になれる!」的なことをやってもまったく元気にならない。が、多分、孤独なときというのは『これまでの自分をより深い部分から引き上げてくれる言葉なり行動なりを見つけ出すべき時がおとずれたサイン』なのだと思うことにして、闇の深淵に飲み込まれてしまわないように四苦八苦をしている。

 

ibaya.hatenablog.com

 

言葉を獲得するために動く。

基本、会いたいと連絡をくれた方には(時間の都合がつく限り)会うようにしている。クリスマスは福岡で開催された食事会に呼ばれ、諸々のハプニングを突き抜けた先に「行ってよかった」的な悦楽を得た。広島に来るまでの流れは、広島在住の方から「一緒にお酒を飲みたいという理由だけで坂爪さんを呼んでもいいのですか??」という連絡を25日の夜にいただき、もちろん!と答えて26日の夜には広島県の山間部にいた。なんの説明にもなっていないと思うけど、わたしはそういう生き方をしている。

 

こういう生き方をしていると「さかつめさんはひとが好きなのですね」と言われるけれどちょっと違う。多分、わたしは言葉を獲得するために動いているのだと思う。自分ひとりで考えているだけでは出てくることのなかった言葉が、ひとと話しているなかで出てくることがある。自分で話をしながら「ああ、おれはこんなことを思っていたのだな」と話しながら思い知ることは多い。多分、誰にでもそういう体験はあるのだと思う。自分から出てくる言葉を通じて、自分を知ることができる。目の前にいる誰かと深い部分で会話ができていると思うとき、あなたとわたしの間にある境界線は溶ける。あなたを知ることが自分を知ることになり、自分を知ることがあなたを知ることになる。

 

諸々の予定が終わり次第横浜のごちゃまぜの家に戻る。現在は稲村彰人さんが管理人をしてくれている。稲村彰人さんの素晴らしいところは108個くらいあるのだけれど、そのうちのひとつに「このひととなら会話をできている感を覚えることができる」というものがある。人間の三大欲求は、食欲と睡眠欲と性欲と言われているけれど、最後の性欲は(セックス欲求というよりも)コミュニケーション欲求だと思う。性欲を満たすものはセックスだけではない。誰かと深い部分で会話をすることができている、同じ時間を共有することができていると感じる瞬間の中には、多分、性欲は消えている。逆に言えば、自分は誰ともつながれていないという感覚が性欲となって外側に出てくるのだと思う。私も、特に誰からも呼ばれることがなければ年末は横浜に戻り、そこで年越しをする予定だ。誰かと話をしたいとか、誰かと話をすることで自分をもうちょっと知りたい的な感覚を覚えることがあるかたは、いつでも気軽にごちゃまぜの家まで遊びにきてください。人間はたくさんいるけれど、人間と話しているときに「ああ、自分は人間と話せている」とは思えないことは多い。話をするというのは、簡単なようで非常に難しいことだ。が、決して無理なことではないし、その中には最高のよろこびがある。この家はまだ住所を公開していないので、気になるかたはわたしか稲村彰人さんまでご連絡ください(長い文章だな!読んでいただきほんとうにありがとうございます)。

 

管理人・稲村彰人

[メール]akito.inamura@gmail.com

[LINE ID0reaki10

(その他、Facebookで「稲村彰人」と検索して友達申請していただいた後、Messengerでやり取りするという形でもOKです)

 

わたり文庫『はてしない物語

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今回のわたり文庫無料郵送の一冊は、ミヒャエル・エンデ著作『はてしない物語』です。これはもうこの年末年始に時間のある方は全員読め!といいたくなるくらい、素晴らしい作品でした。この本を読んだ時間は決してあなたを裏切らないだろう(そして願わくばこの本に書かれている内容などを、あなたと語り合いたい)なんて思ってしまいました。物語は「虚無が世界を侵食する」ところからはじまる。なんとも現代的な話ではないだろうか、などと思ってしまうわたしは虚無に飲み込まれすぎているのだろうか。エンデの「モモ」もごちゃまぜの家にあるので、年末暇なひとは読書をするためだけでもごちゃまぜの家にお越しください。長くなりましたごめんなさい。こちらの本をご希望される方は何かしらの方法で坂爪圭吾までご連絡ください。御当選(?)された方には70万時間以内に折り返しご連絡をいたします。

 

※※※ こちらの本は、神奈川県にわたりました ※※※

 

「わからない。」アトレーユは口ごもった。

 

「連中はな、人間の頭の中の妄想になるんだ。ほんとは怖れる必要なんかなんにもないのに、不安がっていろんな思いを持つようにさせたり、自分自身をだめにしちまうものなのに、まさにそれを欲しがる欲望を持たせたり、実のところ絶望する理由なんてないのに絶望だと思いこませたりするんだ。」

 

「われわれはみんな、そうなるのだろうか?」アトレーユはぞっとしてたずねた。

 

ミヒャエル・エンデはてしない物語』【岩波少年文庫】 

 

自分が思う誠実さのど真ん中を生きていれば、世界は素晴らしい展開を見せてくれる。

新幹線の中で赤ちゃんが泣き喚いていた。お母さんはどうにか赤ちゃんを泣き止ませるために必死で、周囲の乗客は迷惑そうな顔を浮かべるひともおおく、実際に「うるせえな!」と舌打ちをしているひともいた(自分の隣に座っていた男性がそれだった)。こういう場面に遭遇するといたたまれない気持ちになる。お母さんの大変さはどうすれば軽減するのだろうとか、そういうことを考える。そして「こんな感じのいたたまれなさがあるからこそ、ごちゃまぜの家をはじめたのだった!」なんてことを思い出した。

 

 

生きるために必要なもの、それは安心感だと思っている。だが、安心感にも二種類あるなあと思った。ひとつは「死なないための安心感」。自分がなんらかの事情で住居や仕事や健康を失ったとしても、周囲の誰か【それが行政の場合もある】がきっとなにかをしてくれるはずだ(自分の生活はどうにかなるのだ)と思える安心感。安心して働ける(逆に言えば、安心してカラダを壊すことができる)世の中であること。要するに『どのような状態に置かれても、自分は人間的な生活を営み続けることができる』のだと思える安心感【そのための土壌作り】。それに対して、もうひとつの安心感は「生きたいと思うための安心感」。言い換えるならば「自分が自分であることに対する安心感」だと思う。多分、人間には二種類の欲求がある。ひとつは「自分もあなたと同じ人間である」のだと、周囲の人々と対等に自分も扱われたいのだと願う欲求。もうひとつは「自分が『同じ人間だから』というそれだけの理由で大切に扱われるのではなく、自分が自分である【この世の中に唯一無二の代わりがきかない存在である】というまさに点において、良い部分も悪い部分も全部ひっくるめて対等に扱われたい(ありのままで生きていることを許されたい)」と願う欲求。人間、生きているだけ【死なないでいるだけ】では足りないのだと思う。死なないことではなく、その先にある『生きたいと思うこと』が重要なのだと思う。それも、ひとと同じことができることで「存在することを許される」的な許可ではない、なにかができるとかなにかができないとか、そういうことを飛び越えて「あなたがあなたであることが素晴らしい」のだと思わせてくれる他者からのまさざし、それが重要なのだと思う。

 

 

頭が朦朧としていることを言い訳に、長い、非常にまとまりのない文章になってしまった。私は「二種類のまなざしが必要」だと感じている。ひとつは「あなたがどのような状態に置かれても、あなたの生活は大丈夫だ」と思わせてくれる周囲からのまなざし。もうひとつは「他の誰でもない、あなたはあなたであるからこそ素晴らしいのだ」と思わせてくれる周囲からのまなざし。いまはまだ、この『二種類のまなざし』が希薄だと思う。自分自身、揺らぐことのない自分自身の価値を胸に抱き続けることはまだできていない。平気で揺らぐし、平気で闇に飲まれるし、平気で浮き沈みを繰り返している。ただ、不思議なことに「この二種類のまなざしを世の中に増やすことが多分大事で、自分がその一端を担うことができるのならばうれしい」と思うだけでも、不思議と力が出る。多分、これを「意志の力【言葉の力】」と呼ぶのだと思う。現状を突破するものは意志であり、孤独感や、得体の知れない虚無感に飲まれないために必要なものも『意志』なのだと思う。自分がこれからやろうとしていること、そこに自分なりの「美しさ」を感じることができたのであれば、恐れることはなにもないのだと思う。自分が思う誠実さのど真ん中を生きていれば、きっと、世界は素晴らしい展開を見せてくれるのだと思う。

 

 

 

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自分が思う誠実さのど真ん中を生きていれば、世界は素晴らしい展開を見せてくれる。

 

人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
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