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いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

「やりたい」が「やらなきゃ」になったらゲームオーバー !

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若き日の黒柳徹子さんが、過労でぶっ倒れて入院をした時、ああ、もう病気にはなりたくないなあと思った。そこで、医者に「死ぬまで病気をしたくないんですけど、どうやるんですか」と尋ねた。医者は「ひとつだけあるけど、できないね」と言った。徹子さんは「わたし、やります」と食い下がった。医者は「できないと思うけど、やるかい」と言ったあとに、次のようなことを話した。

進んでやる仕事だけ、やっていきなさい

医者から「自分で進んでやる仕事をすれば、寝る前に残っているのは肉体の疲れだけだ」ということを教わった徹子さんは、それ以来、自分がやりたいと思うことだけをやってきた。嫌だなあと思っていると、それが積み重なって、ヤダなヤダなが残ってしまう。当時は『ストレス』という言葉はなかった時代だ。だからなのか、徹子さんは「わたしはなにをしていても、面白くないときがないの」と話している。

「やりたい」が「やらなきゃ」になったらゲームオーバー!

昨夜、横浜中華街の飲食店から動画配信を行った。その中で「恋愛観」的なものが話題にあがった。現在の私に特定の恋人はいないが、多分、私は『固定』されることが苦手だ。たとえば、男女が付き合うと「次はいつ会える?」的な会話になる。私は、この瞬間に「固定されてしまう!」というある種の恐怖感を抱く。会いたい時に(割と即座に)会うのがベストであり、事前に約束をすると、会いたいが「会わなければいけない」になってしまう。


同じような理由で、恋人の誕生日プレゼントを買うことも苦手だ。誤解されると困るが、贈り物を贈るという行為は大好物である。何でもない日に花や小物を贈ることが、私は大好きだ。しかし、一年に一度きりの誕生日に宿る「絶対に何かを贈らなければいけない感」にやられてしまう私は、恋人の誕生日が近づくほどに心臓は軋み、気持ちは塞ぎ、自責の念に駆られ、やがて「だから恋愛は面倒だ!」という極論に着地する。

乱暴にまとめると、恋愛でも仕事でも「やりたいがやらなきゃになったらゲームオーバー」なのだと思う。その瞬間、私は死ぬ。だからなのだろうか、恋愛も仕事も長続きしない。そんな自分を「俺はダメな人間だ」と責めていた時期もあったが、仕方がないものは仕方がない【長続きするような人間だったら『いばや』とかいうよくわからないことはやっていない】、それでも『文章を書く』ということは昔から飽きることなく現在も続けているために、いまは、それによって死なずにいることができている。

「やりたい」が「やらなきゃ」を解決する。

先日、帝国ホテルのイベントに出演(?)した。この日、自分でドレスを手作りした女性のエピソードを思い出した。彼女は、過去に服をつくる仕事をしていた。現在は別の仕事をしている。服をつくることは好きなのだが、仕事が忙しいために最近は服をつくる時間がなかった。しかし、服をつくりたいという気持ちは強くある。そのため、帝国ホテルのイベントに合わせて再び服をつくりはじめた。


服をつくるためには、ある程度のスペースが必要になる。彼女の家には、数年前から物置と化してしまった部屋がある。「掃除しなきゃな」とは思っていたが、そのまま、ずっと放置されていた部屋だ。しかし、服をつくりたいという新たな欲求が生まれた彼女は、そのままの勢いで、長年放置されていた部屋をババッと片付けて服の制作にはいった。彼女は『振り返ってみると、やりたいがやらなきゃを解決してくれたのだと思いました』と話してくれた。

素晴らしいエピソードだ。私は、根本的に「問題解決型」的なサムシングが息苦しくて苦手だ。お金がないから嫌な仕事でも我慢をしてやらなければいけないということよりも、お金がないから家賃を浮かすために「家のない生活」を実験的にはじめてみたら、死なないばかりか想像を超えた面白い目にも遭えて【結果的に家ももらえて】ラッキー!といった感じの、気がついたら「問題が問題ではなくなっている」ような状態を理想としている。

『タマネギのひみつ』

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今回の「わたり文庫無料郵送の一冊」は、黒柳徹子さん(聞き手・糸井重里さん)著作『タマネギのひみつ』です。こちらの本は、茨城の実家を飛び出して熱海まで遊びに来た絶賛家出中の20代前半の女性が、持参してくれた一冊です。冒頭のエピソードも収録されているのですが、徹子さんの天真爛漫っぷりには元気をもらいます。ご希望される方は、何かしらの方法で坂爪圭吾までご連絡ください。御当選(?)された方には、24時間以内に折り返しご連絡をいたします。

※※※ こちらの本は、神奈川県にわたりました ※※※


嫌だなあと思うことを嫌々やって生きるのではなく、好きなことをブワアとやって死にたい。

極論、やりたいことをやる勇気と同じくらい、やりたくないことはやらない勇気も大事になるのだろう。「俺はもう、自分のやりたいことしかやらないことに決めた!」的な、非常に威勢のいい言葉を発してしまった瞬間から、自分の人生に言い訳ができなくなる。あらゆる行為の動機は「やりたいからやる(やりたくないからやらない)」になるために、すべては自分の責任となり、もう、自分の日々を誰の責任にもできなくなる。

生活のためだけに生きるのはむなしい。他人の期待に応えるだけの日々では、やりたいがやらなきゃになってしまうのは時間の問題である。期待は自分自身に寄せるものであって、他人に寄せた瞬間に甘えになる。自殺者が3万人いて鬱病患者が100万人いる日本社会で病気にならない生き方とは、進んでやりたい仕事だけ、やっていくことだ。やりたいがやらなきゃになったらゲームオーバーであり、やりたいはやらなきゃを解決する。

嫌だなあと思うことを嫌々やりながら生きていくことの最大のリスクは、多分、魂が腐ってしまうことだと思う。自分の好きがわからなくなり、自分の感情がわからなくなり、自分が生まれてきたことの意味や価値やよろこびを無意識の内に喪失してしまう。私は、嫌なことを嫌々やって生きるよりも、好きなことをブワアとやってから死にたい。ああ、この瞬間を味わえた自分には生まれてきた甲斐があったのだと、これはもう死んでも悔いはないと思える瞬間のど真ん中に、私は揺蕩っていたいと思っている。


人生は続く。

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