いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

第一希望を口にしろ。

 

イベント出演の依頼が来た。だが、主催者からのメールがコピペばかりだったので「コピペを送る人は嫌いです。他の人に送ってください」と返信した。すると、主催者から慌てて電話が来た。違うんです。坂爪さん。まずは趣旨を伝えた方がいいかなと思って連絡をしたのです。そういうことを弁解がましく主催者は言ったが、嘘だなと思った。その人は、自分の都合ばかりを延々と語った。だが、私は「なぜ俺に出て欲しいと思うのか」を聞きたかった。ギャラが問題なんじゃない。本気の熱量があれば、無料奉仕だろうがこちらの持ち出しになろうが、いくらでも出る。だが、そちらの都合で俺を道具にしたいだけなら、100万円貰っても俺は出ない。

 

おおまかなスケジュール

5月31
(火)東京

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

第一希望を口にしろ。

結局、主催者は最後まで自分の正当性を訴えて終わった。私は「ダサい人間だな」と思った。そういう人の企画には出たいと思いませんと告げ、喧嘩別れのような形になった。そして、反省をした。嫌なものを嫌だと言うことは大事だ。だから、その点において「よく言ったな、俺」とは思った。だが、嫌なものを嫌だと言うだけではなく、どうすれば自分は出たいと思うかを相手に伝えればよかった。自分の第一希望を相手に伝える必要があった。そこで私は考えた。一体、どのような条件が整えば自分はご機嫌な形でそのイベントに出演することができたのだろうか。数秒後に出た答えは「100万円貰えたら出るな」だった。おいおいおい、お前はさっき100万貰っても出ないとか言ってた癖になんだそれはと思われるかもしれないが、これが正直な気持ちだ。心のないやつからは、金を取る。それが私の流儀である。

 

相手は悪気なく言った言葉かもしれないが、時折イラッと来ることがある。これまで、私はそう言う言葉を聞き流すようにしていた。まあまあ、相手も悪気がないことだしと大目に見るようにしていたのだ。しかし、実際の私は心がおちょこの裏くらい狭いので、心はしっかり苛立っていた。腹の底で「このひととは二度と会わない」とか思ったりしていた。だから、先日、イラッとした時に「その言葉にめちゃめちゃイラッとしました」と真っ直ぐに伝えた。すると、相手はローソンの千円券でお詫びを示そうとした。だが、私は「そんなものでは俺の機嫌はなおらない」と言った。すると、相手は焼肉をご馳走すると言った。だが、私は「そんなものでは俺の機嫌はなおらない」と言った。じゃあ、どうすればなおるのかと聞かれたので「バイクを買えるくらいの金を貰えないとご機嫌になれない」と言った。すると、その人は本当にバイクを買ってくれた。私は驚き、その人に対する敵意は翻り、君は最高だねと尊敬をした。このエピソードの重要なポイントは、自分の第一希望を伝えることだ。第一希望を伝えなければ、絶対にこういう展開にはならなかった。

 

言うことが大事だ。伝えることが大事だ。自分の気持ちを投げ出さないことが大事だ。実現する実現しないはその後の話だ。自分はこれだけ怒っている、自分はこれだけ悲しいのだと、自分の心情を真っ直ぐに伝えること。察してもらえないことを嘆くのではなく、自ら提示していくこと。心を示すこと。裸の心を差し出すこと。誰かに対して苛立ちを覚える時、必ず、言いたいことを言えない自分への苛立ちを重ねている。誰かの責任にするのではなく、言いたいことを言ってこなかった自分のケツを叩き、勇気を出して伝えること。心を込めて伝えること。裏でこっそり憎むのではなく、正々堂々ぶちまけること。そうじゃないと粘着質な人間になる。なめくじみたいな人間になる。潔く、清々しく、晴れ晴れとした日々を過ごしたいなら、自分の思いを口にすることだ。自分の第一希望を口にすることだ。第二希望でもない。第三希望でもない。安易な妥協案ではない、自分の心が本当に求める第一希望を口にしてこそ本当の人生が開ける。本当のコミュニケーションがはじまる。

 

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調子に乗らず、心を込めて。

千葉県の田舎に古民家を買った女性がいる。最高だと思う家を見つけたが、予算を大幅にオーバーしている。だが、彼女は夢を諦めなかった。絶対にここがいいと思った彼女は、大家さんに長い手紙を書いた。自分がいかにこの家を素晴らしいと思っているか。この家でなにをしたいと思っているか。地域にどのような貢献をしたいと思っているか。そうした思いを丁寧に書き綴り、大家さんに手紙を書いた。すると、それを読んだ大家さんから「あなたの気持ちはわかりました。ご希望の金額で家をお譲りします」と連絡が届いた。彼女は歓喜に咽び泣いた。自分の思いが通じた歓びだ。こういうことが人生にはある。こういうことが人生には絶対にある。金だけでは動かせないものを、心は動かす。心があれば、金がなくてもどうにかなる。だが、心を失くしてしまったら、どれだけ金を集めても空虚なままだ。掃除でも料理でも手紙でも何でもいい、心を込めるという行為が自分を救うことがある。

 

昨日、東京を自転車で走った。赤坂御所や皇居周辺はサイクリングに最高で、スマホを見れば詳細な地図も表示されるから道に迷うこともない。便利な時代だ、最高な時代だ、自由に動ける体があるって幸せなことだぜと思いながら延々と走った。10年前の人類が我々を見たら「え、なにその機械!やばい!未来!」と驚くだろう。だが、10年後の人類が我々を見たら「え、まだスマホなんて使ってるの!?」と驚くだろう。便利と幸福はイコールではない。不便と不幸はイコールではない。自転車を走らせながら「便利も楽しいし、不便も楽しい。要するに、いまが最高ということだ」と思った。いま、この瞬間だけを生きれば、絶対に幸せになれる。ないものではなく、あるものが際立つ。足があり、腕があり、空気があり、目があり、耳があり、好きな人がいて、好きな人に気持ちを伝える方法がある。わたしたちの精神はプレイランドのフリーパスみたいなもので、閉園時間まで好きな乗り物に乗ることができる。愉しさにも、哀しさにも、閉園時間まで乗ることができる。

 

弱気な時は聞かなくてもいい人の言葉まで聞いてしまう。迷った時は、顔で判断しよう。言うことを聞いた人と同じ顔になるから、顔的に嫌いな人の言うことは聞かない。口にしている言葉以上に、声の響き、表情や仕草の優しさを大切にしよう。正しさではなく涙で判断しよう。涙が出るほど感動した人の中に、自分にとっての答えがある。他の人が見たらなにそれと思うようなことでも、自分にとって本当ならば、それは本当だ。その言葉があれば、俺たちは生きていけるはずだ。したり顔で正論を語る人間より、血だらけで愛を叫ぶ人間が好きだ。涙が出るのは、正しいからではない。それが温かいからだ。優しくて、温かくて、激しいからだ。誰からも何も言ってもらえなくなったら、その人は人間として終わる。余計なことを言ってもらえなくなったら、その人は人間として終わる。人間として終わらせないために、私は言い続けたいと思う。怒りはエネルギーを使う。真剣にならざるを得ないし、逆恨みをされるリスクも伴う。しかし、だからこそ、それが愛なのだと思う。

 

 

 

人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
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