いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

愛は捨て身。

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心斎橋のドトールにいる。乱暴に分けると人間の行動は保身と捨て身に分けられると思った。保身の優しさは脆い。腹黒さもモロバレで、結局自分のためだからやればやるほど卑怯者になって腐る。だが、捨て身の優しさは岩をも砕く。保身に触れると体温は下がる。だが、捨て身に触れると体温は上がる。心の炎が燃え上がる。

 

おおまかなスケジュール

4月10(日)奄美大島

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

怖いなら、やろうよ。

多くの人にとって怖いことイコールやらないことなのだなと感じた。傷つくのが怖い、失敗するのが怖い、拒絶されるのが怖いなどと言った理由から、自分が本当にやりたいことをやらない(本当に言いたいことを言わない)で、無難な道を選択する。だが、怖いことは『本当はやりたいこと』の合図だと思う。無難な道を選択するほど体温は下がる。本当の思いを押し殺し、愛想笑いを浮かべたり社交辞令を振りまくことで、心は諦めの氷に閉ざされる。本当の思いを伝える瞬間は怖い。嫌われるのではないか、自分がダメになるのではないか、殴られるのではないだろうかと言う不安から全身が震える。だが、この震えがいいのだ。この振動による摩擦が熱を生み、体を燃やす。命を燃やす。魂を燃やす。捨て身によって体温が上がる。

 

怖いことイコールやらないことではない。怖いイコールやりたいこと。怖いからやらないのではなく、怖いからこそやるのだ。そう言うことを言うと「それは坂爪さんだからこそできることであって自分にはできない」とか「勇気がない」とか「自信がない」と言われる。だが、違う。勇気とか自信とか、堅苦しく考える必要はない。怖いことをやるということは、端的に楽しいことだ。端的にエキサイティングで、端的に生の実感に溢れている。保身を続ける人生より、言いたいことを言い、やりたいことをやる人生は清々しい。捨て身などと書くと大袈裟だが、捨て身の爽快感はクセになる。失うものなんて何一つないのだと全裸で突撃する時、謎の無敵感を得る。自分自身が火の玉になって突撃をする。その瞬間に絶大な歓びがある。

 

怖いは楽しい。だから遊園地があるのだ。地球はでっかい遊園地だ。怖い怖いとばかり言っている人を見ると「お前は遊園地まで来て何をやっているのだ」と思う。何にも乗らない。何にも触れない。ただ、黙って見ているだけの人生なんて。だから私は声を大にして言いたい。怖いなら、やろうよ。自信がないとか勇気がないとか、そんな堅苦しく考えないで。怖いは、楽しいんだよ。怖いは、面白いんだよ。この楽しさや、この面白さを避けたままの人生なんて、退屈にならない方がおかしい。誰もが燃えるように生きたいのだ。恐怖を避ける生き方ではなく、恐怖のど真ん中にダイブをしたいのだ。恐怖を感じるのは、それが大好きだからだ。本当に好きな女(男)がいる時、どれだけ他の女(男)と寝ても、頭の中にあるのは本当に好きな女(男)のことだけだ。本当に好きな女(男)に、代わりはいないんだよ。

 

愛は捨て身。

現代人の魂の皮下脂肪は厚いから、ある程度強く押さないとツボに届かない。先日、私は誕生日を迎えた。大勢の人々から祝われている私を見て、外野の人間から坂爪さんは愛されてますねえと言われた。それを聞いた瞬間「お前誰だよ」と思った。愛されているからなんだと言うのだ。大事なことは、愛されているかよりも自分がどれだけ愛せているかだろう。お前みたいな謎の褒め言葉を使う奴が増殖したから、祖国日本は承認欲求を埋めてくれる相手を求めて彷徨うゾンビが増えたんだよと思った。そんな言葉で俺が喜ぶと思うだなんてなめられたもんだぜと思った。

 

多くの人々と触れ合う中で、結構多くの人が「食っていかなくちゃいけない」と思っていることが判明した。食っていかなくちゃいけないから、やりたくないこともやらなくちゃいけない。と。極論だが、私は「食っていかなくちゃいけない」とはまったく思っていない。岡本太郎草間彌生を見ても、彼らが食っていかなくちゃいけないと思って芸術をやっているようには見えない。逆だ。これをやらなければ生きているとは言えないと思うことをやっている。食えなくなったら、それが彼ら(我々)の寿命なのだ。生活のために描かれた絵に感動できるとも思えない。彼らは本気だ。真剣だ。命を懸けている。だからこそ響く。捨て身の愛がそこにある。

 

人生は、殴るか殴られるかだ。勝ち負けじゃない。殴られた方も気持ちがいいし、殴った方も気持ちがいい。本当はみんな殴られたい。殴られたいから小説を読み、殴られたいから映画を見る。殴られたいから韓流ドラマにはまり、殴られたいから国立美術館に足を運ぶ。殴り殴られることを通じて生きていることを実感する。生きている間にやるべきことなんて燃やすこと以外には何もない。愛とか光とか許しとか自信とか勇気とか、能書きを垂れている暇があったら燃やすこと。愛はバーニング。命を燃やし、心を燃やし、目の前の対象に本気でぶつかって弾けた刹那、その刹那に永遠がある。美しさもあれば醜さもある。燃やした瞬間に愛も光も許しも自信も勇気も自己肯定感も承認も、その全部がある。そのトータルが美しいのだ。

 

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
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