いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

どんな成功者の言葉より、君の方が正しい。

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夢を見た。私には姉と兄がいるが、兄弟三人で仲良く遊んでいる夢だった。互いに思いやり合っている訳ではなく、ふざけ合ったり、罵り合ったりしているのだが、空間全体の雰囲気が泣きそうになるほどあたたかかった。目が覚めた時、ああ、本当にいい夢を見たなあと思った。当たり前のことだが、家族が仲良く過ごしているということは、それだけでとんでもなく幸せなことなのだなと思った。仲良くしようね。それ以上に大事なことなんてないよ。夢が、そう言っているように思えた。

 

おおまかなスケジュール

1月17日(月)東京

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

山を登る。

男性K様から「一緒に高尾山に登ってください」と連絡をいただき、みっつを引き連れて登山をした。人生はよく登山に例えられる。山道が険しいほど、頂上に到着した時の喜びも大きい。ケーブルカーに乗れば時間も体力も大幅に短縮されるが、途中の風景や血や汗や涙も省略される。私たちは苦しみを避けたいと思うが、苦しみの中にも喜びはある。みっつは義務教育を受ける代わりに虐待を受けて育った。父親の教育方針で毎日登山をさせられていた時期があった。私は「毎日登山なんてイカれているね」と言った。だが、そう言った直後に「毎日学校に言っている方がイカれているのかもしれない」と思い直した。学校よりも、登山の方が、自然だ。

 

一緒に登山をしたK様は、年齢的には我々の父親世代と同じになる。登山を愛するK様は毎年のようにアルプスの山々を登っていたが、数年前に左足を怪我して以来山から遠ざかっていた。同時期にプライベートでも大変な出来事が立て続きに起こり、人生的にも落胆する日々が続いた。去年の正月に書いたやりたいことリストを何ひとつ達成することができず、2022年を迎えた今「今年こそは言い訳をしないでやりたいことをやろうと思い、坂爪さんに連絡をしました」と話した。自分一人の登山はまだ少し怖いが、同伴者がいれば出来るかもしれない。そう話すM様は、途中立ち寄った休憩ポイントで「これなんです」と照れ笑いを浮かべながら紙切れを差し出した。そこには、手書きの文字でやりたいことが書かれてあった。携帯やパソコンではなく手書きで書かれた文字を見て、本当の願いのようなものを感じた。

 

登山中は足元に集中しているため、特段会話などは起こらない。静けさの中をただただ歩く。私が前を歩いたり、私が後ろを歩いたり、歩く順番を途中途中入れ替えたりしながら、二時間程度の山道をゆっくりと歩いた。一番後方を歩いている時は、必然、二人の背中が目に入る。K様の背中と、みっつの背中だ。K様はまさに山男と言った感じの大柄な男性で、みっつは細身で体重も40キロ程度の小柄な男性だ。だが、二人の背中を見たときに「自分を含めた人間全員、ちっぽけな存在なんだな」と感動的に感じた。ちっぽけという言葉は、決して悪い意味ではない。ちっぽけな存在だけれども、それでもどうにかこうにか悪戦苦闘しながら、これまでの人生を生きてきたのだなと思った。誰もが、自分の人生を背負いながら歩いている。良い時もあれば悪い時もあっただろう。だが、良いことも悪いことも含めたそのトータルで、人生は美しいものだと思った。二人の背中が、それを語っていた。

 

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どんな成功者の言葉より、君の方が正しい。

数年前、みっつと行動を共にしていた時に少し大変な出来事が起きた。身体的というよりは精神的にやられるような出来事で、私は落胆していた。その時、みっつが「坂爪さん」と言いながら私の左腕をさすってくれた。特段何を言うでもなく、言葉の代わりに体温を差し出してくれた。その時、私は、自分がいかに薄汚れた人間になっていたのかを自覚した。これまで、ボディタッチとかスキンシップというものは色恋の関係にある男女だけがやることだと思っていた。性的な要素を含むものだと思っていたのだが、みっつにはそういう垣根がなかった。忘れていた何かを、久し振りに思い出す感覚を抱いた。私たちが誰かに差し出すことができるものは、アドバイスなどの言葉だけではない。体温が、一番のサポートになることがある。

 

それ以来、誰かと話している時に「余計な言葉を言うよりも、手を握りたいな」と思うことが増えた。だが、そんなことをしたら変態だと思われるかもしれないと思う自制心や恐怖心や社会的規範が邪魔をして、踏み切れずに終わることも増えた。私もみっつもこれと言った仕事を持っていない。定期的な収入がないために、時折与えられる施し物によって生きている。そういう我々を見て「乞食と同じじゃないか」とか「ホームレスと同じじゃないか」と言われることがある。その通りだ。私たちは乞食と同じだ。私たちはホームレスと同じだ。同じ命だ。多くの人たちが持っていて、私たちにはないものは多い。金であったり、社会的な肩書きであったり、誰かに誇れるような何かであったり、そういったものが私たちにはない。だが、私たちには、体温がある。多くの人たちが持っていて、私たちにもあるもの、それが体温だ。何もかも失ったとしても、最後の最後まで体温は残る。命は残る。

 

夢を見た。兄弟三人で仲良く遊んでいる夢だった。互いに思いやり合っている訳ではなく、ふざけ合ったり、罵り合ったりしているのだが、空間全体の雰囲気が泣きそうになるほどあたたかかった。姉も兄も私もこどもで、こどもであること以外の肩書を一切持っていなかった。それだけで楽しかったし、それだけで嬉しかった。世界はキラキラと輝いていて、遊ぶためだけに遊び、笑うためだけに笑っていた。目が覚めた時、ああ、本当にいい夢を見たなあと思った。家族が仲良く過ごしているということは、それだけでとんでもなく幸せなことなのだと思った。仲良くしようね。それ以上に大事なことなんてないよ。夢が、そう言っているように思えた。

 

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「ハレルヤ」

 

ハレルヤ 天空(そら)から光の梯子が降りて来て

私はそこを昇っている そこに行けばみんながいる

 

ハレルヤ 助けてくれ なんでこんなに一人なんだ

深い闇に 手を伸ばす ここにいると 私もいると

 

この悲しみに何の意味があるのだ

しがみつく限り 苦しくなるなら それなら

 

ハレルヤ 痛みの奥から 夢が 囁いている

そんなことは気にするな そんなことに縛られるな

 

ハレルヤ 膨らみ始めた 胸が 蕾のように

闇を切り裂き咲くだろう 天空を目指し開くのだろう 

 

生きている間は 思い出にしないでくれ

幸せとは 手をつなぐことだ それでも

 

冬が希望を語り出した 春だ

 

この悲しみに生きる意味があるのだ

追いかけるほどに 一人になっても それでも

 

長く苦しい 迷いの季節(とき)は 今

終わりを告げる 暗い土の下 そこから

 

冬が希望を語り出した 春だ

冬が希望を語り出した 春だ

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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