いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

俺は生きているぞ。君は生きているか。

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瞑想をはじめて一週間が経った。最初は30分を永遠のように長くも感じたが、徐々に「あれ?」と思うほど短く感じることも増え、瞑想が楽しみになった。大袈裟だが、瞑想がいいと聞いた時は「人生のヒントどころか、答えを貰った」と思った。多分、私たちは無知ではなくて無為なのだと思う。答えはそこら中に転がっているのに、見なかったことにしたり、なかったことにしたり、素通りをしておきながら「何か面白いことはないかな」などと、遠くをぼんやり眺めてしまうのだと思う。

 

おおまかなスケジュール

1月5日(水)東京

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

瞑想をして思ったこと。

地球上で一番ビッグな方から「瞑想はいいですよ」と教えていただいた時は、やるっきゃないと思った。ノーチョイスだった。選択の余地はなかった。答えを無視する訳にはいかなかった。過去に一日一曲オリジナル曲を作るということをやっていた時期があるが、あれは地獄だった。それに比べれば「瞑想なら、とにもかくにも朝晩30分耐えれば絶対にできる。創作に比べれば圧倒的に楽だ」と思った。できるできないじゃない。やるかやらないかだ。やろう。毎日朝晩30分苦しもう。24時間苦しむのは嫌だけど1時間ならイージーだ。やれ。俺、やれ。そんな感じで一週間が経過したが、瞑想をはじめて本当によかった。最高の習慣の一つになると思う。

 

坂爪さん こんばんは。先日のブログを読んで瞑想を始めました。元旦、今日と2日連続で京都御所一周 4km走ったのですが膝を5年前に怪我をしてからあまり走れなくなってたにもかかわらずビックリするペースで走れました。怪我の痛みは微妙に残ってるのでペースを抑えながらなのですが手元のGPSウォッチには驚くペースが刻まれていました。瞑想には元々持ってる力を解放していくような感じがあります。もしまた楽しく日々走れたら最高だなと感じた二日間でした。瞑想続けようと思います!

 

読者の方から連絡をいただいた。仲間がいるみたいで嬉しい。瞑想を続けて思ったが、瞑想だけじゃダメだ。ダメなこともないが、瞑想した分だけリアル世界をしっかり生きる必要がある。プレイヤーである必要を感じた。必要と言うと硬いが、自分がプレイヤーになることで瞑想パワーは格段に跳ね上がると感じた。どことなく占いと似ている。受け身でいると瞑想依存症になる。運勢ばっかり毎日気にして、占いサイトばかり見ている間に一日が終わる人間と同じだ。運勢よりも大事なことは、日々の真実味だ。毎日掃除をすることや運動をすること、料理を作ることや日光を浴びること、広い意味での自分の仕事をすることが、日々の充足度を高める。攻めの瞑想が大事だ。そうじゃないと腐ったスピリチュアルカウンセラーになる。

 

俺は生きているぞ。君は生きているか。

東京は恐ろしいところだ。明確な意志を持っていないと簡単に虚無る。恵まれた環境に長期間いると、何かをやろうとか何処かに行こうとする気迫が奪われる。ここでいいじゃないか、このままでいいじゃないかとなって、表面的には満ち足りるものの生命が死ぬ。人生全般が趣味的になり、野生が死ぬ。極論、別に生きてなくてもいいとなる。今年は虎だ。ウル虎な一年にしましょうなどと言っていたが違う。ウル虎よりも飢えた虎だ。飢えた虎の目を思い出せ。システムに牙を抜かれた家畜になるくらいなら、野晒しになれ。要するに「飼い慣らされるな」ということだ。

 

瞑想をはじめてから運気が爆上がりしつつある私は、地球上で一番ビッグな女性と再びご一緒することができた。しゃぶしゃぶをご馳走になりながら「瞑想は集団でやると効果が倍増するみたいですよ」と聞いた。円座になって集団瞑想をすると光の柱が立ち上がるらしい。凄い。都会の瞑想もいいが、自然の中で瞑想をしたい。大都会と大自然の反復横跳びみたいな日々が、自分には合っているのだと思う。誰か、そんな人はいないと思いますが「それなら一緒にジャングルに行こうよ」とか「私の代わりに○○に行ってきて」と言う方がいたらご連絡ください。そろそろ東京を飛び出さないと行けない。飛び出さないと、飛び出すことができない体になる。

 

冒頭で「瞑想はやるかやらないかだから楽だ」と書いたが、瞑想をやりながら思った。結局、全部、やるかやらないかだ。だからこそ、なんでもいいからやっちゃうことだ。何かをやっちゃうことで「次はこれだ」とアイデアが出る。頑張るとも違う。努力とも違う。なんでもいいから自分がやりたいと思ったことを実際にやる。いつもなら素通りしてしまうような自分の思いをなかったことにしないで「やるだけやってみよう」と後先考えないで飛び込む。実際にやる。すると、結構意外な風が吹く。迷惑かなとか嫌われるかなとかそういう遠慮を飛び出して、とにもかくにもこれをやりたいと思ったことを実際にやる。実際にやり続ける。すると、人生は想像を超えた展開を見せてくれる。自分の頭が考えられる範囲なんてたかが知れている。やりたいを封じ込めるとやりたいという声が聞こえなくなる。それは精神の死を意味する。自分の望みを殺さないためにもやりたいことをやらせてやる。俺は歌う。都会でも自然でも歌う。「俺は生きているぞ。君は生きているか」と歌う。

 

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「she said」

 

どこに行くのさ そんな顔して

遠くを見つめる ここじゃないところ

 

持て余しちゃうの ここは寒すぎて

どこも かしこも 本当じゃなくて

 

she said run run run run run

she said run run run run run

 

楽しくないなら 正しくないの

 

二度と戻らない はじめての朝を

二人で見上げて 笑って 見せた

 

これまでもそうで これからもそうで

続いて 行くのさ いつもの 顔して

 

she said run run run run run

she said run run run run run

 

悲しくないなら 愛などないの

 

she said run run run run run

she said run run run run run

 

楽しくないなら 正しくないの

 

she said run run run run run

she said run run run run run

 

悲しくないなら 愛などないの

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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