いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

やりたいことをやって死んだなら、それは生きたんだ。

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やりたいことをやって死んだなら、それは生きたんだ。やりたくないことをやって生きるなら、それは死んでいるんだ。やりたいことがあるなら、やればいい。仕事になるからやるとか、お金になりそうだからやるとか、そんな狭い範囲で自分の好きを考えたらダメだよ。それをやっている時間がたまらなく楽しいから、やるんだよ。やっている時間は変なことを考えないから。やりたくないことをやっている時に、言い訳が増えるんだよ。生活のためとか、家族のためとか、時間がないとか、もっともらしいことを言いながらどんどん顔が腐って行く。喜びのために生きるんだよ。金にならなかろうが、仕事にならなかろうが、ああ、楽しかったという記憶は残るんだよ。自分の好きを諦めたらダメだよ。自分の喜びを諦めたらダメだよ。

 

おおまかなスケジュール

12月6日(月)愛知

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

暗いと不平を言う前に。

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絶対に誰も立ち入らない素敵スポットがあるから一緒に行きましょうとお誘いを受け、T様と河原で焚き火をした。寒いのは嫌いだが温めるのは好きだ。枯れ葉や木の枝を集めている時間は、どうしてあんなにも楽しいのだろう。人間の基本を思い出した。移動中の車内で色々な話をした。T様が「五年位前に、圭吾さんが『世界を変えるより、世界を増やす』と書いていたのを読みました。僕は、その言葉を僕なりに考えて生きてきたのですが、いまではインスタグラマーとかYOUTUBERとか、あの頃にはなかった仕事もたくさんあって、普段何しているのかよくわからないけれど生きている人が段違いに増えたと思います。その点において『世界を増やす』は達成できた気がするのですが、なんとなく日常的につまらないというか、世界を増やすと言うゴールを達成したら、そこにあったのは虚無でした」と言った。

 

この感覚はとてもよくわかる。何かを達成するよりも「そんなことは無茶に決まっている」と周囲からストップをかけられるようなことに挑んでいる時の方が、生きている実感は強い。日本では格差や分断が問題視されることも多いが、全体的に中途半端な印象を受ける。格差や分断があるから生きづらさが発生するのではなく、格差や分断が中途半端だから生き方も中途半端になるのだと思う。もっと大胆な格差や、もっと大胆な分断が生まれた方が革命のエネルギーになる。全員で微妙になっているのがいまだ。別に本気を出さないでも生きていけるし、好きでもない仕事も続けていれば生活に困ることはない。定職を持つことは点滴をつけているようなもので、それがあるから生命を繋ぐことができる。ただ、時折、点滴に自分の命を吸われているような感覚にもなる。これがなければ生きていけないと思っていたものが、いつの間にか「これがあるせいで自由がない」に変わる。極端だが、点滴の管をぶった切ることが自由だと思う。セルフ非常事態宣言を発動して、自分レボリューションを起こす。分断を是正するよりは、分断を助長した方が人間性は蘇る。

 

T様にやってみたいと思うことはあるかと尋ねたら「圭吾さんがセックスをしている時、その横のステージで一曲歌いたい」と言った。なんだそれはと思ったが、いや、これは最高かもしれないと思い直した。普通だったら、誰だってセックスをする側に参加したいと思う気がする。だが、もしかしたらその横で二人を応援するように歌を歌うT様が、一番気持ちいいんじゃないだろうかと思った。セックスをしている我々も、高らかに歌い上げるT様を横目に潜在的なボルテージが引き上げられ、普通だったら辿り着けない境地まで行けるかもしれない(行けないかもしれない)。セックスは物質に置き換えることができる。普通だったら物質的な幸せを求めて奔走するものだが、本当の幸せは「その横で高らかに歌い上げること」にあるのかもしれない。誰も発想しなかったことを発想し、実際に行動に移した時、常識は揺らぐ。かつてない快楽を得ることもあるし、一切が無駄に終わることもある。

 

やりたいことをやって死んだなら、それは生きたんだ。

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T様と別れ、愛知県一宮市でW様と合流した。W様は男性だが、男性に花をあげるのも悪くないと思って、一輪の花を購買した。W様は語った。こうあるべきとされているものから自由に生きているように見える坂爪さんと実際に会って話してみたかった。自分はこれまで長い時間サラリーマンとして働いてきたが、物質的な豊かさの先に幸せがあると思ってせっせとお金を貯めてきたものの、そこにあったものは虚無だった。ずっと欲しかった車を買ったのだが、全然面白くなくて先月売りに出した。ただ、カメラだけは残った。写真を撮っている時間だけは雑念が消えて没頭することができる。自分がいいと思うもの、自分が美しいと思うものを表現して生きていけたらと思うのだが、仕事になるのだろうか、お金は大丈夫なのだろうかと考えるとどうしても不安になる。そんな時、ちょうど坂爪さんが名古屋方面に向かっているとtwitterで知り、連絡をしなければいけないと思って連絡をした。と。

 

やりたいことをやって死んだなら、それは生きたんだ。やりたくないことをやって生きるなら、それは死んでいるんだ。やりたいことがあるなら、やればいい。仕事になるからやるとか、お金になりそうだからやるとか、そんな狭い範囲で自分の好きを考えたらダメだよ。それをやっている時間がたまらなく楽しいから、やるんだよ。やっている時間は変なことを考えないから。やりたくないことをやっている時に、言い訳が増えるんだよ。生活のためとか、家族のためとか、時間がないとか、もっともらしいことを言いながらどんどん顔が腐って行く。喜びのために生きるんだよ。金にならなかろうが、仕事にならなかろうが、ああ、楽しかったという記憶は残るんだよ。自分の好きを諦めたらダメだよ。自分の喜びを諦めたらダメだよ。

 

お金のためだけに生きることが嫌になったんでしょ?だったらさ、喜びを刻まないと、また同じことをやっちゃうよ。そういうことを私が言うと、W様は「物凄い衝撃を受けています。何も言葉が出てきません。自分がいかに狭い範囲で物事を考えていたのかを痛感し、心配や不安に時間を奪われることを勿体ないと思いました。ここ一二年で、今、一番充実しています」と言った。ここ一二年で一番ですか!と、私は笑った。その瞬間、一通のラインが届いた。そこには「以前娘が世話になったものです。坂爪さんが愛知にいると知り、雨風の下で寝させるわけにはいかないのでこれからホテルを取りに行きます。後ほど合流できますか?」と書かれてあった。私は、ガッツポーズをしながらW様に告げた。あなたに会えたことで私の運気が爆上がりしました。おかげさまで今夜の宿を獲得しました。非常に申し上げにくいのですが、さきほどあなたにあげたお花をですね、返していただくことはできますか。花は女性にあげてこそだと思うのです。W様は、代わりに自分で花を買って、それを次に会う女性にあげてください。男は自分に囚われたら負けです。どれだけ潔く散れるかだと思います。などなど。もっともらしいことを口にしながら、W様から剥奪した一輪の花を携えて、私はホテルに向かうためその場を後にした。

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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