いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

誰かに好かれようと思うな。

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強くこの世にあり続けるには、血を流しながら笑うしかない。連泊禁止令を出し、京都の家を飛び出した。気を張って生きていないと簡単に世の中に負ける。食らいつかないと、食らいついていかないとダメになる。命を燃やしていかないと、誰かに燃やしてもらうのを待たないで、自分から燃やしていかないとダメになる。毎日もう嫌だと思う自分に「嫌じゃない!」と切り返すだけの力が、連日必要になる。

 

おおまかなスケジュール

11月24日(水)京都

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

諦めのドアをこじ開ける。

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貰ったリンゴを齧りながら歩く。食らいついていかないと、と思った時は文字通り食らいつくに限る。会う人から「痩せていますね。ちゃんと食べていますか」と聞かれまくるが、ちゃんと食べれていたらこんな人生にはなっていない。別れ際に握手をすることが多いが、女性に冷え性が多すぎると思う。冷え性は半身浴とか運動だけでは治らない。冷え性の原因は心の冷えだ。女性の場合、男性に対する諦めが冷えを生む。冷え性は筋腫を作る。最悪の場合は女性としての機能を失う。原因は何だろうか。私は「父性の欠如が、女性の冷え性を生んだ」という仮説を立てた。

 

超偏見だが、冷え性の人は視聴率が低い。周囲に丁寧な気配りができたり控えめで優しい人が多いが、他者を優先し過ぎるあまり自分が置き去りにされている。自分から周囲を見つめるまなざしはあるが、他者から「ちゃんと自分を見てもらえている」という実感は薄い。そして、そのことを諦めている。誰かに期待して傷付いたりガッカリするくらいなら、最初から期待しない方が楽だと言う諦めがある。私はそこをぶち破りたいと思う。そこをぶち破るものが高田純次的な父性だ。相手の懐に土足で入り込むことと強引に入り込むことは別物だ。品位を保ちながら、同時に土足で入り込む。諦めのドアをこじ開ける。それが父性だ。日本で父性を感じることは滅多にない。だから、おばさんみたいな男や、おじさんみたいな女が増えた。

 

自信には二種類あると思う。自分の力で獲得する自信と、外からの力で与えられる自信だ。自分を愛するとか自分を満たすなどはよく聞く言葉だが、それだけでは足りない。外側から与えられる「ちゃんと自分を見てもらえている」という実感がなければ、真の自信は築かれないと思う。別に有名になるとかそういう話ではない。ただ、自分を出すということだ。冷え性の人は優しい。だが、その優しさは戦略的で表面的で防衛的で、狡い。周囲に合わせている限り自分を出さないでいられる。優しいのだが、冷たいのだ。深く関わることを避けるために、優しさを利用しているのだ。そして、自分を出すことを諦めるようになり、生命の半分が冷却をする。

 

誰かに好かれようと思うな。

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と言うわけで毎日宿がないので誰か私を泊めてください。連泊はしません。連泊をしたら邪魔になると思いますが、一泊だけなら非日常を楽しんでいただけるのではないかと睨んでおります。昨日お会いしたM様から「奥さんのダメ出しをめちゃめちゃする男性がいるのですがどう思いますか?お前は発達障害だとか言って罵倒する癖に、別れることはしないのです」と相談(?)を受けた。これはもう完全に男の問題だ。嫌ならとっとと別れるか、自分の頭をハンマーでかち割るしかない。発達障害などと罵ることは言語道断、そこを好きになったんとちゃうんかい案件だ。

 

自分はこれだけ尽くしてきたのに報われない的な嘆きは聞き飽きた。やりたいからやっていますと言えない行為は全部欺瞞だ。行き過ぎた母性は沼になる。ありのままでいいとか生きているだけでいいとか、存在の肯定は確かに大事だ。しかし、愛と甘やかしは紙一重。どこかのタイミングで「自分でやれ」と相手をぶっ飛ばす必要がある。世界は母性に溢れている。次は父性だ。諦めのドアをこじ開ける。品位を保ちながら、相手の懐に土足で入り込む。要するにセンスだ。父性のセンスを磨くのだ。センスを磨く一番の方法は失敗することだ。最初はみんなダサい服を着ていた。失敗を重ねることで、醜態を晒すことで自分に似合う様式が見つかるのだ。

 

M様は言った。昔はお金もなくて出張の時もホテルじゃなくて漫画喫茶やカラオケで寝ていた。物凄い狭い個室に椅子を並べてどうにか横になるのだけど、目覚めた時は身体中バキバキになっていた。そんな状態で仕事をしていたのだけれど、そっちの方が苦しいけれど幸せだった、と。そっちの方が苦しいけれど幸せだった。苦しいけれど幸せなのは、やりたいことをやっていたからだと思う。その瞬間、確かに生きていたからだと思う。やってる人を見ると、よし、俺もやろうと思う。生きる力が感染して、損得勘定を超えて自分の『生きたい』に殉死することができる。M様は続けた。男の人は、女の人を楽しませようとしたり笑わせようとしたりすることが大きな力になると思います。そういった思いが男の人の魅力になり、それこそ父性になるような気がします、と。自分に捕まると力を奪われる感覚に陥るが、誰かを楽しませたり、目の前の人間を全力で笑わせようと思うと元気になる。今日は誰を楽しませようか。今日は誰を喜ばせようか。そう考えた時点でこちらが元気になっている。強くこの世にあり続けるには、血を流しながら笑うしかないのだ。

 

坂爪くん、おはよう
昨日はありがとう。

金閣寺でゆっくり温まって眠れたかな?


めいっぱいの父性に
安心して委ねて甘えて
味わわせていただいた気がします。
表し方が下手くそだし、
途中緊張したりとか、ロッキンチェアの曲で泣いたりとかいろいろありましたが、ありがとう。


声に安心する、ってあるなぁ。


京都に坂爪くんがいるのは安心する朝です🌞

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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