いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

小鳥が肩に止まる国。

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三宮のドトールで震えている。寒暖差が凄い。一人だけ、真夏の男がここにいる。今夜から急遽北海道に行くことになった。天気予報を見たら最低気温4℃だ。奄美群島は最高気温30℃だった。寒暖差アレルギーに怯えているが、温泉も熱風呂と水風呂を交互に入ると体によいと言う。天国と地獄の反復横跳びを繰り返すことで、水風呂という地獄の中でも「気持ちいい〜!!」とか言えるようになるのだろう。

 

おおまかなスケジュール

10月19日(火)札幌

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

交換感より循環感。

最近、会う方々に「もしも自分が国の王様になったら、どんな国を作りたいと思いますか?」と聞いている。私は2014年のバレンタインデーに同棲していた彼女から振られてホームをレスし、それ以降家も仕事もない日々を生きている。正確には譲り受けた家があるが、呼ばれた場所に移動を続けている。普通だったら家や金や仕事がなければ生きていけないと考えそうなものだが(私も当然そう思っていた)、不思議なことに家も金も仕事も失ってからの方が人生がダイナミックになった。詳細はリンク先の「ホームをレスした話(全18話)」に譲るが、こういった日々を過ごす中で一つの仮説を抱くようになった。それは「人間界は等価交換の原理で成り立っているが、自然界の摂理は循環で成り立っている。ならば、国というものも交換ではなく循環の原理を適応させた方がうまくいくのではないか」という仮説だ。

 

普通、何かを手にするためには金なり時間なり物質を差し出す必要がある。それが等価交換の原理だ。等価交換の原理が世の中を支配していたら、何も持たない私は野垂れ死にをしているはずだ。だが、私は生きている。なぜだろう。自分でもよくわからないが、この世の中には交換とは別の原理が働いているからだと思う。それを無理矢理自然の摂理と名付けるならば、自然の摂理は循環で成り立っている。何も持たない私は目の前の人間と交換できるものを何も持たないが、交換できるものはなくとも、自分の後方から「お前みたいな人間は貴重だから、もっと生きろ」と言われているかのように、交換とは別種のエネルギーによって今日も生かされている。交換がインタラクティブなものならば、循環はサークルだ。りんごの木は、りんごの対価を要求しない。太陽や土や空気から命を貰っている。そういう感じだ。

 

最近、国作りに興味がある。普通は「いまある国の中でどう生きるか?」を前提に物事を考えるが、国そのものを作ってもいいとなると、一気に話が大きくなる。前提そのものを作っていいとなった時、学校はどうするのか、結婚などの制度はどうするのか、など、考えることはてんこ盛りだ。てんこ盛りの自由の中で、自分の理想を描き出す。循環を生み出すためには自分がからっぽになる必要があると思う。自分に意図や打算や損得勘定があると、なかなか循環は生まれない。これはただの妄想だが、もしも自分が王様になったとしたら「自分はからっぽなまま、周囲がどんどん豊かになっていく」という世界を作りたい。そのための発想を集めている。

 

note.com

 

小鳥が肩に止まる国。

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昨日、鹿児島でお会いした女性Y様が日置市内を案内してくれた。車内で「もしも自分が国の王様になったら、どんな国を作りたいと思いますか?」とインタビューをした。Y様は、開口一番「高い建物は建てたくない。権力の象徴みたいで、あまりにも男性的だから」と言った。他にも「地方分権。一人一人の内側から感じる幸せに沿って生きる社会」とか「お父さんを地域に戻す。働き過ぎないこと」などと言ったことも話してくれた。そして、最後に「坂爪さんは、どういう国にしたいと思いますか?」と質問を受けた。私は、やべ、と思った。政治のことなんて全然詳しくない私は、地方分権という言葉は知っていても意味する内容や含んでいる昨今の課題など、実感としては何もわからない。だから、正直に自分の感覚を話した。

 

選挙に行けと言われても、いまいちピンと来ない自分がいた。真面目そうな若者たちは自分たちの未来のために選挙に行こうと言うが、まったく言うことを聞かない自分を「ダメだな」と思っていた。政治に関心があってこそ大人で、関心がない人間は無関心なクソ野郎だという劣等感があった。だが、実はそんなことはないんじゃないのかと最近は思う。極論、政治は健康と同じだ。健康な時に健康を意識することはない。健康を意識する時は、自分が病気になった時だ。政治に関心を持てと叫ぶことは、大袈裟だが「病気になれ」と言われているような印象を受ける。街頭演説をする政治家たちは、大概が他党の批判で終わっている。あいつらはスパイだ。あいつらは間違っている。あいつらはみんなを騙そうとしている。だから俺を選べ。と。これは正直微妙だと思う。だから興味が湧かないのだと思う。病気にならずに政治に強烈な関心を持つには、実は、国作りを考えることが一番なんじゃないのかと最近思う。国作りは、最高に自由で、最高にエキサイティングだと思う。

 

とか言いながら、実は、私には実現したいという国のイメージが強烈にある。それは「小鳥が肩に止まる国」だ。どうだ。ファンタジックだろう。わっはっは。ハワイにはじめて足を運んだ時、手のひらにパン屑を乗せていたら大量のスズメが手のひらにやってきてチュンチュン言いながらパンを食べた。あの光景を、あの瞬間に感じた幸福を忘れることができない。小鳥が自分の体に止まると最高に幸福になるのだ。小鳥が人間に止まるためには人間と動物の間に信頼がなければ無理だ。だから、国の政策ひとつとっても、判断基準は「それをやったら、小鳥は肩に止まるようになるか?」になる。私は、自分の死ぬ場面もイメージできている。国を作り、小鳥の実現に向けて命を燃やすのだが、精一杯やったのだけれど結局あと少しのところで自分の寿命が訪れてしまう。私は「あとは任せた」みたいな表情を浮かべながら最後の瞬間を迎えるのだが、昇天するまさにその瞬間、小鳥がやってきて私の肩にピヨ!っと止まる。それを見た私は「うおおおおおおおおおお」と言葉にならない歓喜に震え、その震えによって死ぬ。どうだ。ファンタジックだろう。わっはっは。という訳で、小鳥が肩に止まる国の実現に向けて一歩を踏み出したいと思います。是非、私に「あなたはどんな国を作りたいと思うか」を聞かせてください。

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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