いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

三年寝太郎を思い出せ。

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那覇にいる。沖縄の民謡(?)に首里城を出発して船で鹿児島に向かう内容のものがあり、それを実際に体験して来いと大阪在住の方から指令を受けた。昨日は首里城から観音寺を経由して崇元寺公園まで歩いた。明日は船で与論島に行く。それ以降は沖永良部島・徳之島・奄美大島・鹿児島という順番で最低でも各島に一泊するように言われた。持ち物を最低限にしたかったので、野営道具はアルミシート一枚になる。明日の与論の天気予報は晴。島流の刑を無事に乗り越えられるだろうか。

 

おおまかなスケジュール

10月14日(木与論島
10月15日(金)沖永良部島
10月16日(土)徳之島

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

肉を食え。空を飛べ。

なんだか最近頭が痛くてふらふらするなと思ったら、栄養失調だった。心ある方から肉の塊をご馳走になり、食べた途端に元気になった。肉だ。肉が足りない。もしも私と同じように毎日の生活が健康志向的な意味ではない粗食で、日々の眠りが浅く鈍い頭痛が長期間続いている人がいたとしたら肉だ。血の滴る肉を食おう。元気になるぞ。一緒に元気になろう。飛行機もいい。飛行機から空を見ると「うわあ、空ってこんなにおっきいんだあ」と毎回こどもになる。肉か青空にかぶり付こう。

 

台風の影響で足止めを食らっている。俗に旅は人生の縮図という。移動中は災難が多い。早朝6時のフェリー乗り場に行ったら誰一人おらず電気も消えたままで周囲は真っ暗、現在の沖縄は日の出が6時半頃なので全然暗い。天気は雨。建物の入り口に大きく『欠航』とだけ張り紙がしてあった。わざわざタクシーでここまで来たというのにセルフ姥捨山みたいなことになって立ち尽くす俺。最寄りのカラオケが開店するまでベンチで横になって時間をやり過ごし、ようやくカラオケ開始時刻となって喜び勇んでカラオケに飛び込んだら「フリータイムは3名様からになります」と断られた。友達がいない人はどうすればいいのですか、友達がいない人は自由になることもできないのですか的な存在感を強烈に醸し出しながらその場で虚空を見つめたら、銀河から特例がおりて「今回だけは特別です」と入室を許された。

 

その後も様々な悲喜劇に見舞われたが、喜劇王チャップリンは「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」と言った。私はJ-POP恐怖症でJ-POPを聞くだけで細胞が壊死するのだが細胞が壊死をするくせに頻繁にカラオケに行く。都会で個室で横になれる場所はカラオケくらいしかないのだ。結果的にJ-POPを耳にして半狂乱の事態に陥るのだが、元気を出してという歌詞を聞いて実際に元気になる人などこの世にいるのだろうか。死にたいとは言っていないのに聞いていると死にたくなる曲は多い。逆に「死にたい死にたい今日死にたい」みたいなことを笑顔で叫ぶ人を見ると元気になる。元気になれと言われても元気になれないが、元気になれなんて一言も言っていない人を見て元気になることがある。

 

三年寝太郎を思い出せ。

躁鬱病統合失調症椎間板ヘルニアのトリプルパンチで寝たきりの生活を送っていた時、私を支えてくれたのは三年寝太郎の物語だった。簡単なあらすじを説明すると「三年間寝転がって何もしていなかった表面的にはただの怠け者が、起き出した途端に異様に活発になって灌漑などと言った大事業を成功させて村に富をもたらした」というものになる。私は頻繁に三年寝太郎を思い出すことで滅び行く精神に歯止めをかけた。この世の中には(たとえ寓話だとしても)三年間寝続けた男がいる。そう思うことが支えになったのだ。うだつのあがらない日々を過ごした経験のある方ならわかっていただけると思うが、何もしていない自分を責めてしまう時期が誰にでもある。そういう時に「ああ、あいつは三年寝ても大丈夫だったんだよな」と思えることがどれだけ心の慰めになったことか。その恩恵は計り知れない。

 

それ以降、私は三年寝太郎の物語を常備薬として服用するようになった。何かあるたびに「三年寝太郎を思い出せ」と自らに言い聞かせるのだ。一日や二日の不調がなんだ。それが人生の全部だと思って嘆く必要はない。この世には三年寝続けても大丈夫だった男がいるのだ。だから、大丈夫だ。論理的にはまったく一貫していないが、この物語はパキシルよりも断然効いた。結果的に私は元気ビンビン丸となって復活を遂げ、明日からは奄美群島にinto the wildする程度には回復を果たした。全然関係ないけれど野営道具が前述したようにアルミシートしかないために、奇跡的に「それなら我が家に泊まりなよ」的な方がいたらご連絡いただけたら幸いです。

 

5億年という曲を作ったが誰にも評価されないためゴッホの気持ちが凄いわかる。正確にはたった一人だけこの曲を評価してくれる人物と出会えたので、欲を言えば「あともう一人くらいいてほしい」と願っている。この曲は結構凄いと思うのだがなかなか理解されることはない。だが、それがいいゴッホが死ぬのが37歳だから現在36歳の私は余命一年になる。取り急ぎ一日一万歩だけは確実に歩くようにしている。これは健康のためではなくレジスタンスのためである。一日や二日の不調がなんだ。それが人生の全部だと思って嘆く必要はない。しんどい時は三年でも三十年でも寝たらいいのだ。そして、元気になったらまた生き直せばいいのだと思う。焦ることはない。私たちには死ぬという最後の偉業が残されている。だからこそ、肉を食え。空を飛べ。三年寝太郎の話を思い出しながら、五億年生き太郎を聞け。

 

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「5億年」

 

どこにも行かない僕がいて どこまでも行ける君がいる

なりたいものはひとつもない 帰りたい場所があるだけ

 

君と一緒になれるなら ぼくは永遠に待っている

たとえばそうだね5億年 5億年でも待っている

 

誰にも会わない僕がいて 誰にでも会える君がいる

足りないものはひとつもない 守りたい場所があるだけ

 

君が笑ってくれるなら ぼくは永遠に生きている

たとえばそうだね5億年 5億年でも生きている だから 

 

今日死ぬ 今日死ぬ 今日死んで 明日リボーン

 

君と一緒になれるなら ぼくは永遠に待っている

たとえばそうだね5億年 5億年でも待っている

 

君が笑ってくれるなら ぼくは永遠に生きている

たとえばそうだね5億年 5億年でも生きている だから

 

今日死ぬ 今日死ぬ 今日死んで 明日リボーン

今日死ぬ 今日死ぬ 今日死んで 明日リボーン

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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