いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

君は行けるか。俺は行けるぜ。

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熊本駅前のプロントにいる。仕事を辞めたいが生活の不安があるとか、離婚をしたいけれど生活の不安があるという悩みを頻繁に聞く。その度に、自分が大学を辞めた時のことを思い出す。大学を辞める時、周囲から散々やりたいことはあるのかと問われた。しかし、当時の自分には「やめたいをやりたい」という思いしかなかった。大学を辞めて何をやるのかは次の話だ。今は、とにかくこの重い荷物を取っ払いたい。後のことは軽くなった身体で考えたい。俺は、やめたいをやりたいんだ。

 

おおまかなスケジュール

9月25日(土)岡山

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

微妙な気持ちでいることは、すべてに対して失礼。

偏見たっぷりだが、最近女性が吸い取らずにはいられない生き物に見える。当然可愛いし素敵だし綺麗だなと思うが、同じくらい怖さを感じる。海に抱く怖さと似ている。だからこれは畏怖だ。女は花だ。花は綺麗だ。綺麗だから蝶や蜂が飛んでくる。哀しみという言葉を使うのもあれだが、女には根を張らずにはいられない哀しみが、男には根を張れない哀しみがある。蜂の世界を思い出す。女王蜂は飛べるだけ飛ぶ。それを無数の雄蜂が追いかける。羽の弱い蜂からだんだんと消えていき、最後に数匹だけが残る。競争を続け、最後の一匹が女王蜂と結ばれて子孫を残す。役割を終えた雄蜂は力尽きてボロボロになり、そのまま地面に落ちて死に絶える。

 

女に孤独は似合わない。男は生を捧げ、女は生を吸い上げる。セックスも同じだ。よく男が女を食ったなどと言うが、実際は逆だ。女が男を食べるのだ。男は生気を女に捧げ、女は生気を吸い取る。三日間不眠不休でセックスを続けると男の肉体はボロボロになって枯れ果てるが、女の肌艶や血色はどんどん良くなる。男は死に近づき(生を放出し)、女は生を蓄える。食べるのは女だ。よく、自分には行動力がないから旦那と別れて自分の力で生活をしていける自信がないという悩みを聞く。しかし、私から見ると「あなたはすでにものすごい行動力を発揮していると思いますよ」と思う。だって、旦那から立派に吸い取っているじゃありませんかと思う。

 

男には男の大変さがあり、女には女の大変さがある。だが、共通して言えることは「微妙な気持ちでそこに存在していることは、すべてに対して失礼である」ということだ。自分の命に対しても、相手の命に対しても、万物に対しても不遜であり、冒涜だ。自由と自堕落は違う。自堕落は美しさを損ねる。美しさは何処から来るのだろうか。街中で人間観察をしていると、どれだけ良い服を着ていても異様に醜く見える人もいれば、シンプルな服装なのに整って見える人もいることがわかる。美は小手先のテクニックではない。装飾でもない。姿勢だ。美は姿勢に宿る。それは文字通り歩くときの姿勢であり、座るときの姿勢であり、生きる姿勢そのものだ。

 

俺は行くぜ。

迷惑をかけたくないという言葉を頻繁に聞く。言いたいことはわかるが卑怯者だと思う。迷惑をかけないことは最優先事項ではない。傷つけないことや相手を不快にさせないことが愛ではない。愛とは一歩踏み出すことだ。優しい人は多いが、優しさがただの保身に見えることは多い。結局、それは自分のためなんだろと思う。保身がある限りお前は死ぬまでいい子ちゃんのままだよと思う。そういったことを言うと「坂爪さんは昔からそうだったのですか」と問われる。だが、私に聞くのはお門違いだ。逆だ。本当はみんな昔は純真だったはずだ。私に昔からそうだったのかと問うのではなく、自分に「いつからこうなっちまったんだい?」と問えと思う。

 

生活のためにやりたくないこともやらなくちゃならない、自分にたくさんのお金があったらそれはやらないってことをやってる人はたくさんいるように見える。自分はその点恵まれていると言うかラッキーなのだと思う。少なくとも嫌なことをしないでいられる。嫌な時間もこれは俺が選んだのだと思うことができる。そんな私を見て「坂爪さんは特別です」と言う人は多い。だが、それって選べるんじゃないかなと思う。やりたいことだけをやると決めた人だけが、やりたいことだけをやる人生を生きるのだと思う。私は弱く、過去も未来も背負えない。他人のことも背負えないから、ただ、自分が背負うことができる「いま」と「自分」だけを背負う。先のことばかりを考えるとグッタリするが、いま、いまだけが強烈に来る時は命も充実をする。いまを一生懸命に生きることならば自分にもできる。あとのことは知らない。いまを必死に生き続けて、そのままポックリ逝けたら万々歳だ。そう思って生きてきたが、年齢を重ねるたびにいましかないんだよなという思いを強くする。

 

同じ場所にいるとゆっくり固定化されていく。役割も思考も行動も硬くなる。本来はもっと柔らかであったはずのものが、硬く、冷たいものになる。硬いものは死に近い。人間は死ぬと硬く冷たくなる。生まれたばかりの赤ちゃんは、柔らかく温かい。昨日会った人と話しながら「俺は行くぜ」と口にしたとき、途端に元気になった自分がいた。やるも自由。やらないも自由。行くも自由。行かないも自由。究極、どちらでもいいのだと思う。行きたければ行けばいいし、行きたくなければ行かなければいい。どっちでもいい。好きにやればいい。ただ、俺は行くぜ。どっちでもいいなどと言っておきながら、どうせならみんなにも行ってほしいと思う。だって、そっちの方が断然面白いから。誰かが行った姿を見て「あいつ、行きやがった!」となって衝動のお裾分けをいただきたい。何度でも立ち上がる活力を得て、それを循環させていきたい。君は行けるか。俺は行けるぜ。これから岡山に行く。

 

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「Dawn」

 

赤い意図を手繰り寄せて 蠢きの薔薇が咲き

淡い光の中 呻き出すように藪を這い上がる

 

傷も孤独も 痛みも過去も 愛も もう どうでもいい

血に 涙に 鼓動に 命に 強い光を見た

怒りを秘めた懺悔のように 何も持たず 何者でもなく

 

太古のメロディーが 心臓に 地響きの鐘を打ち

破瓜の血を流して 暴れ出すように脈を駆け回る

 

胸の裡から こんなにも生きていることを訴えている 

血に 涙に 鼓動に 命に 鳴り響いている

ただ 生きていく力を注ぐように 膜を破り 息の根を辿り

 

この世の果てまでも 満月の中 黄泉返り照らすから

生きて 生きて 生きて 生き切ってみせて くれよ

 

胸の裡から こんなにも生きていることを訴えている 

血が 涙が 鼓動が 命が 鳴り響いている

ただ 生きている証を刻むように 闇を裂いて 喉を掻き切って

 

暗い過去も全部 確かに生きた記憶にしてみせるから

生きて 生きて 生きて 生き切ってみせて くれよ

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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