いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

大事なことは、出発することだ。

f:id:ibaya:20210916081701j:plain


重要な地位にある人の運転手役を務めるため沖縄県沖縄市にいる。明日から二日間北部を巡るのだが、野営をしながら下見をしていたら熱中症になって死んだ。九月と言えども沖縄は暑い。飢えたら飢えただけ次の飯が美味くなる。疲れたら疲れただけ次の布団が嬉しくなる。そう思って耐えていたが、昼間、あまりにも眠たくて公園で爆睡をしていたらいつの間にか日陰が日陰ではなくなっていて干上がった。

 

おおまかなスケジュール

9月18日(土)沖縄

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

彼は、私だ。

心ある方が「大変な時はご連絡をください」とご連絡をくれた。「いまです」と思って連絡をしたら沖縄市のホテルを取ってくださり九死に一生を得た。節約のし過ぎは考えものだ。体を壊したらもともこもない。もともこもないのだがこうしてホテルにいることができている自分はもともこもあるのかもしれない。わからない。わからないけれど熱中症は嫌だ。熱中症は嫌だけれど熱中症になったというエピソードは好きだ。わからない。俺は結局何をやりたいのかがわからない。「自分のことが一番よくわからない」とはかねてからの口癖だが、一向にわかる気配がない。ただひとつ、近くにあるものを知るために遠くに来ているのだという感覚はある。

 

日常を生きると奇跡が当たり前になる。実際に飢えると食事のありがたみが身に染みるが都会に生きているとそうそう飢えない。飢えるために旅に出る。数日ぶりに大浴場に入ったが「この大浴場で一番気持ち良さを味わえているのは間違いなく俺だ」と思った。なぜならば俺はろくすっぽ風呂になんて入れていなかったからだ。差。結局差だと思う。冬、温泉に入る前に滝壺に飛び込んだ経験がある。温泉に最高に気持ちよく入るためにはどうすればいいかを友人と話し合った結果死ぬほど体を冷やせばいいんじゃないかということになって滝壺った。最悪だったが、最高だった。数年前宮古島に呼ばれて宮古島に行ったのだが宮古島に着いた瞬間所持金がゼロになり待ち合わせ場所まで二時間炎天下を歩いたことがある。あの時も熱中症になったが、なぜ、あんなに辛かった出来事も思い出す時は笑っているのだろう。

 

当たり前は当たり前ではなかったと思い知るために旅に出るのか。車を借りた業者が比較的悪徳で「とちったな」と後悔したが、不穏な感情を抱いたまま時を過ごしたくなかったので思考を整理した。なぜ私は不穏な感情を抱いているのか。不正に対する義憤だろうか。違う。彼は私だ。彼のやり口が気に食わない自分自身を浮き彫りにしたのだ。彼は私だ。罪人は私だ。ここにいる全員悪人だ。そう思ったら冷静になった。悪徳業者の存在を許したという訳ではない。許すとは違う。自分にも同じように罪があると認めたのだ。聖書に「罪のないものが石を投げよ」という箇所がある。彼と私は別人だ。彼のようなことを自分は絶対にすることがない。そう思っている間は分離感が続く。だが、彼は私だと思った瞬間、分離感は消滅した。

 

大事なことは、出発することだ。

一ヶ月以上東京にいたため久しぶりの移動になった。移動は良い。航空券を手配した途端に日常が動き出す。荷造りを始めた段階から旅は始まっている。必要最低限の道具を選びながら、自分にこびりついていた垢を自覚する。重くなっていた自分。持ち過ぎていた自分。怠惰で臆病で偏った認識の世界だけで生きていた自分。それらを全部引き剥がし、再び生まれ直す。未知に対する期待と不安。足を運ぶ先で数々の記憶が蘇る。普段は忘れ去られていた、しかし「自分は確かに生きていた」ことを知らせる風景と出会い直す。私は愚かな人間だから、具体的に移動しないと停滞する。具体的に飛行機に乗り、具体的に「曇り空のさらに上には青い空が広がっている」と自分の目で感じないことには、言葉が身体に入ってこない。だが、一度身体に入ってきた言葉は音楽となって永遠に自分の遺伝子を流れ続ける。

 

世界には数限りない国や島や観光名所がある。小説も絵画も映像も同じだ。その全部を巡るなんて無理だしほどほどがいいんだよなと思う。だが人間は別だ。一人の人間の中には無数の回路が流れていて、誰かの記憶はまた別の誰かの記憶と結びついている。一人の人間の深奥に辿り着けた歓びは自分の深奥に辿り着けた歓びと同じだ。沖縄の任務を終え次第人生的に暇になる。会いたい方がいたらご連絡ください。心の旅。自分は人間を巡る旅をしているのだと思う。生まれてきてよかったと思える瞬間は大量にあるが、現時点における私の最高の喜びは「曲を作り出した瞬間」にある。素晴らしい人物との出会いや素晴らしい風景との出会い、言葉を綴ることの面白さや物語を編み出すことの面白さ、セックス、栄光を勝ち取った時や体を動かした後の爽快感も相当なものだが、曲が生まれた瞬間の喜びには敵わない。

 

居場所と聖域(サンクチュアリ)は似て非なるものだ。居場所という言葉には仮の宿を感じるが、サンクチュアリには絶対に奪われることのない不増不減の『何か』を感じる。居場所をなくすほど、サンクチュアリは浮き彫りになる。増えることもなければ減ることもない。永遠にあり続けるものが自分の中にもある。曲を作っていると、しっかりと作り込みたいと思うがためになかなか外に出すことが難しくなる。だが、外に出さなければ次が生まれることもない。私の場合はどんどん出すことが合っているのだと思う。そこで出し切れなかったものたちは次の作品に託す。それぞれは別個に存在する音楽でも、一枚の大きな『何か』を描いている。歩き続けることで見える。出会い続けることで見える。大事なことは、出発することだ。

 

www.youtube.com

 

「Night walkers, don't be afraid」

 

闇に抱かれて 月に誘われて

 

連れて行かないで 置いて行かないで

大事なものを 取りこぼさないように 夜に紛れて

 

さみしいんだろ さみしいんだよ

音楽のように 星のように流れる

 

歩き続けていた 手を伸ばし続けた

Night walkers, don't be afraid

探し続けていた 願いを越えていた

Night walkers, don't be afraid

 

連れて行かないぜ 置いて行かないぜ

光などなくていいさ 君が光だ

 

泣いてるんだろ 泣いてるんだよ

伝説のように 夢のように流れる

 

踊り続けていた 大地を鳴らし続けた

Night walkers, don't be afraid

歌い続けていた 祈りを越えていた

Night walkers, don't be afraid

 

歩き続けていた 手を伸ばし続けた

Night walkers, don't be afraid

溶け出して流れた 記憶が結ばれた

Night walkers, don't be afraid

 

踊り続けていた 大地を鳴らし続けた

Night walkers, don't be afraid

照らし続けていた 命が 灯された

Night walkers, don't be afraid

 

f:id:ibaya:20210916081702j:plain

 

人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

f:id:ibaya:20210725073540j:plain

LINE ID ibaya