いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

水の記憶。

f:id:ibaya:20210822173632j:plain


今日、カメラマンの女性と会った。その方は「写真を撮る時は、毎回その人に恋をしながら撮影をしている」と言った。最近はお見合い写真を撮ることが多いのだが、恋に落ちている状態で撮影をしているからなのか、自分が撮影した人にはたくさんのお見舞い依頼が来ると言った。恋に落ちている時間は撮影をしている間だけで、撮影が終われば恋も終わる。不思議ですよね。彼女は笑いながらそう話した。

 

教養と野生。

私は、社交辞令や愛想笑いができない。だから、作り笑いをされても「その笑顔には反応したくない」と頭より先に体が身構えてしまい、何をしている時が楽しいですかなどと聞かれても「その次元では答えたくない」と思ってしまい、沈黙する。表面的な会話に合わせると表面的な時間が続いてしまうため、無視をしたあとに大体次の選択肢の内のどれかを選ぶ。笑わせるか。泣かせるか。怒らせるか。相手の感情が露わになる道を探すのだが、そのためには表面を一旦かち割る必要がある。誤解されると困るが、目的は相手を傷つけることではない。目的は「恋に落ちるため」だ。表面的なものを全部取っ払った後に残るその人を好きになりたいと思うから、まず壊す。そのため、初対面の人と会う時は結構な割合で雰囲気が緊迫する。

 

金をたくさん持っている豊かさもあれば、花の名前をたくさん知っている豊かさもある。教養は、別に金にはならないが生活を豊かにするものだと思う。だからといって「私は教養を身につけるために美術館に行っています」と言う人とは、仲良くなれる気がしない。以前、教養を感じる人が好きだと書いたが、このニュアンスを正確に伝えることが難しい。私は、野生を感じる教養が好きだ。自分の感覚を研ぎ澄ませると、嘘に敏感になる。騙されなくなる。逆に、多くの人々が見過ごすようなことにも「ここには大事なことが詰まっているから、絶対に見ておいた方がいい」みたいなセンサーが働く。系統的な知識を持っている人を凄いとは思うが、そこにはあまり惹かれない。知識しかない人は「そんなことも知らないの?」的な眼差しを周囲に向けるが、これは最低だ。勉強し過ぎると馬鹿になる典型だと思う。

 

歴史上の人物はさっぱり覚えられないこどもたちも、ワンピースの登場人物は事細かく覚えている。自分には学がないと嘆く主婦も、大好きな韓流ドラマの展開を明確に記憶している。頭が良いとは何だろうか。誰もが強大な記憶力を持っているが、発揮している先が違う。私は、何気ない会話の中に「柳宗悦もこんなことを言っていました」みたいな感じで過去の偉人が登場すると、なんと言えばいいのかわからないが痺れる。会話の中に岩波文庫が登場すると「おおー!すげー!」と思う。そこに勝手に教養を感じるのだが、話している本人からしてみたら自分の好きを突き進んだ結果勝手にぶち当たったのが柳宗悦だっただけで、別に「教養をつけるため」とかはなかったのだと思う。要するに、生き方のセンスなのだろうか。自分の趣味が、相手のセンスと合致した時に「教養」などと勝手に思うのだろうか。

 

水の記憶。

水にも記憶があると思う。正確には「水には情報を転写できる」と思う。昨日、熱海の温泉に入った。温泉の水は、家で入る風呂の水とは違う。泉質なども当然あるが、経てきたルートが違う。温泉や海水には太古の香りを感じる。水道管を経た水に、太古を感じることはない。肉体の70%は水でできていて、地球の70%は海でできている。水は情報を転写するが、簡単に入る代わりに簡単に抜けると聞いた。記憶というワードに昔から関心がある。私は私を人間だと思っているが、実はただの記憶だと思う。スマホクラウドの関係と似ている。私と言う肉体は端末で、クラウドと接続している。肉体は消えても、クラウドに保存された記憶は永遠に残る。

 

自分は、なぜ、これほどまでに外部環境の影響を受けるのか。天気一つで気分も変わる。誰といるか、何処にいるか、それだけで引き出される自分が全然変わる。そんな自分を一貫性がないと否定的に捉えていた時期もあったが、最近は「自分は水で、転写をしているだけに過ぎない」と思うようになった。インスタントコーヒーの粉にお湯を入れると珈琲になる。それを濾過すれば水が抽出される。自分という存在は常に無色透明で、ただ、経てきたものによって多種多様な姿を見せるだけ。自分というものはあるようでなく、ないようであり、この瞬間も流れ続けている。

 

あまりにも笑顔が多い人を見ると、笑いたい時にだけ笑って欲しいと思う。本当は泣きたい時も笑って生きてきた背景を感じる。明るく在ることでキープをしたい自分、ガードをしたい自分がいるのだと思う。真っ直ぐにそのことを告げると、時折、涙を流す人と出会う。笑える場所はたくさんあるが、泣ける場所は少ない。涙を「水に戻る」と書いた日本人の感性は凄い。泣きたいだけ泣いた後、その人は必ず笑顔になる。その笑顔には、なんだかスッキリしたような清々しさや、朝露のような瑞々しさを感じる。何かに似ているなと思ったが、花だ。自分でもなんで泣いているのかわからなくなって、最後の最後に笑顔が咲く。この花に、恋に落ちる。

 

f:id:ibaya:20210904205437j:plain

 

人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

f:id:ibaya:20210725073540j:plain

LINE ID ibaya