いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

愛をぶちまけろ。

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避難所生活最終日。明日にはここを出なければならないが、家の近隣は引き続き立入禁止区域に指定されているため行き先を失う。熱海は御多分に漏れず高齢化が進んでおり、避難所は老人で溢れ返っている。誤解を恐れずに書くと、空間全体に覇気がない。諦めのムードや愚痴が蔓延し、そこら中からため息が聞こえる。ここにいたら俺の生気まで奪われると思い、せめてもの抵抗として階段を使用している。鋼の丹田を通じてマイナスのエネルギーを弾き返すイメージで毎日過ごしている。

 

おおまかなスケジュール

7月16日(金)熱海

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

 

我々は、地球に遊びに来ているのだ。

信じられない話だが私の影武者が発生したらしく、市役所の職員から「坂爪さんですよね?」と毎回確認される。私とそっくりの姿で(おそらく不正に)ホテルを出入りしている人間がいるらしい。なんだこれは。避難所にいると気が滅入るのでできるだけ外に出るようにしている。私は、避難生活者中一番日焼けをした男ナンバーワンを目指している。明らかに海に行ってきた姿で避難所に戻ると「お前は遊びに来たのか」的な視線で睨まれる。だが、そんなことを言われても「そうです」としか言えない。ものすごい広い意味で言えば、我々は地球に遊びに来ているのだ。

 

タオルだけ持って広い海に出るとそれなりの開放感を感じる。私はアウトドアも哲学も音楽も好きだ。これらを通じて、多分、私は死ぬ練習をしているのだと思う。死ぬ練習とは失う練習だ。失っても失わないもの確認だ。言い換えるならば「よりよく生きるための準備体操」みたいなものだ。本番は人生。舞台の上だけじゃない。人間をやることが本番だ。今回の災害を通じて、自分の野良猫レベルが向上した。迂闊に俺を慰めると噛むぞ、と、謎に牙を剥いている。俺が不幸かどうかを決めるのは俺だ。多分、そういう反骨精神が牙を剥かせるのだと思う。慰める人間には二種類いる。純粋な慰めを与える人間と、自分が救われたくて誰かを救おうとする人間だ。前者の善意は心地よい。だが、後者の善意は気持ち悪いから受け取りたくない。大概、後者の人間は「受け取りたくない」と言うと烈火の如く怒り出す。

 

様々な方々から電話相談を受けながら「怒りのこじらせ方には二種類あるな」と思った。怒り自体は純粋な感情だから私は好きだ。濁りがない。だが、溜め込まれた怒りは憎しみや恨みとなって内臓を蝕む。ヨガの先生や環境保護活動家にも憎しみをガソリンに生きている人間は多い。こういう人間は怖いから距離を置く。もうひとつのこじらせかたは「幼児的な甘え」を抱き続けることだ。溜め込まれた怒りが幼児的な甘えを形成し、それを抱えた人間は「常に甘えられる対象を探す」人生を生きる。結局、どちらも他人を通じて親への復讐をしているのだと思う。だから、私は、避ける。余談だが、京都という街にも憎しみを感じた。これはとてももったいないと思った。京都には素晴らしいものがたくさんあるのだが、街全体が「何かを憎む」ことで成立している印象を覚えた。だから、京都で暮らすことをやめた。

 

愛をぶちまけろ。

こんなことを書いたら怒られてしまうそうだが、怒られてしまいそうなことほど書かなければならないことだと思うから書く。非常にありがたいことに様々な方から「困ったら我が家に来てください」と連絡をいただく。だが、私は、そこに行かないと思う。なぜならば、私が一番求めているものは安心して過ごせる居住環境ではなく、端的に「面白さ」だからだ。面白ければ行くし、面白くなければ行かない。面白くないとか書くと語弊たっぷりで怖いが、感覚的に「戻りたくない」のだ。感覚的に「どんどん新しい方向に進みたい」のだ。避難所に来た最大の理由は、避難所の生活を経験したかったからだ。避難生活中に、自分はどのようなことを感じるのかを知りたかったからだ。こんな経験は金を払ってもできないと思ったからだ。

 

数年前にホノルルで拳銃強盗に遭った。当時、私は所持金80ドル(1万円程度)しか持っていなかったので、それを強盗に渡して事なきを得た。拳銃強盗に遭う体験はそれなりにショックでメンタル面の犠牲もあったが、心の何処かでは「素晴らしいアトラクションを1万円程度で体験することができた」とも思った。これは、ディズニーランドに行くよりも稀有な体験ができたぞと思った。多分、そういうことなのだと思う。神は「死なない程度に楽しんでこい」と言っている。地球というプレイランドに、私たちはパスポートを持って生まれてきた。このパスポートには有効期限がある。それが生きている時間だ。私たちがこの星を楽しむことができるのは、生きている時間だけだ。だから、神は「死なない程度に楽しんでこい」と言っている。そして、ついでに「まあ、最後には死ぬんだけどね」とも言っている。 

 

溜め込んだ怒りは憎しみに、あるいは幼児的な甘えになる。愛することは、許すことだ。許したければ、愛することだ。愛することとは、ぶちまけることだ。自分の全存在を爆発させて、渾然一体となって溶け合うことだ。つまらない見栄をかなぐり捨てて、玉砕覚悟でぶつかることだ。玉砕することは怖いことかもしれないが、玉砕した先にパカッ!と自分の殻が一枚割れて、新しい自分が登場する。生きている間に何回死ねるかが人生の醍醐味だ。命の新陳代謝だ。被害者面をしていても何も変わらない。泣けば泣くだけ給付金が出るのなら、俺だって号泣する準備はできている。だが、そんなものは出ない。私にあるものは有効期限つきのパスポートだけだ。だが、このパスポート一枚あれば、本当は何にでもなれるし、本当は何処にだって行けるということを私の魂は知っている。あとは、それを思い出すだけだ。

 

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「愛をぶちまけろ」

 

野良猫に触る時は気をつけて 

あたしたち 噛みつくことか懐くことしかできないの

 

そんな顔で八重歯尖らせて 俺のハートを撃ち抜いた

君の前では優しさだけじゃ もう 生きていけないぜ

 

つまらないのは俺か世界か オレンジの種吐き出して

君は笑った「どっちもだろ」って

 

汗と恥はかいた方がいいぜ 本当は分かってたんだろ

足りてないのは冒険と勇気

 

君に触れたい モラル蹴飛ばして 

裸になって 魂(ヌード)に触れたい

いい子ぶっている間に終わっちゃう 

腹にあるもの ぶちまけろ

 

愛されることばっかり 願って

愛することをすっかり 忘れて

出し惜しみしている間に終わっちゃう

いましかないぜ 愛を 愛をぶちまけろ

 

いつまでも明日があると思うなよ 心の準備をしている間に夢が老いぼれて行くぜ

お先なんて真っ暗が普通 憂鬱も 何もかも全部失くしてからが本当の俺さ

 

君とイキたい ルール蹴飛ばして

獣になって 本能(ヌード)でイキたい

うかうかしている間に終わっちゃう 

愛の嵐を ぶちまけろ

 

もうたまらない なんなのこれ!?って 

嘆いていたって なんにも変わんない

しけたツラしている間に終わっちゃう 

やるしかないぜ 愛を 愛をぶちまけろ

 

深刻になる方がきっと簡単だよね ずっと

だけど俺たちは捨て身の爽快感が 好きさ

君もいつまでもそんな所突っ立ってないで

俺の 海に 俺の海に 飛び込んでおいで

 

君に触れたい モラル蹴飛ばして 

裸になって 魂(ヌード)に触れたい

いい子ぶっている間に終わっちゃう 

腹にあるもの ぶちまけろ

 

愛想(ウソ)は要らねえ 笑顔繕って

仮面ばっかり キレーに整えて

出し惜しみしている間に終わっちゃう 

なま身の愛を ぶちまけろ

 

君とイキたい ルール蹴飛ばして 

獣になって 本能(ヌード)でイキたい

うかうかしている間に終わっちゃう 

愛の嵐を ぶちまけろ

 

もうたまらない なんなのこれ!?って 

ガードしてみてもビートは止まらない

しけたツラしている間に終わっちゃう 

やるしかないぜ 愛を 愛をぶちまけろ

 

世界一の 愛を 世界一の 愛を 

世界一の 愛を 世界一の 愛を

 

愛をぶちまけろ

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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