いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

生きろ。我々は美しい。

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熱海に来た。家の周囲にはロープが張られ、自衛隊の車や消防車が大量に止まっていた。隊員に家の様子を見たいのだが可能かと問うと、近くまでは行けるが場合によっては立ち入ることができない可能性があると言われた。それで構わないと告げると身分証はあるかと聞かれた。免許証を差し出すと「あ、本当だ」と彼は言った。私の住所が熱海市伊豆山であることを確認して、思わず漏れ出た言葉だと言う。最近はおかしな連中がたくさん来るから、つい、そんなことを言ってしまったと彼は詫びた。家の無事が確認され、取り急ぎ必要な荷物だけを持って家を出る。滞在は許されていない。電気も水道も止まっていて、家の周囲は泥に塗れていた。

 

おおまかなスケジュール

7月10日(土)東京

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

 

自然に対する畏怖。 

帰りはこちらから、ということで来た道とは違う道を歩く。坂道を登ると被害地が一望できる場所に出た。テレビで見るのとは違う、リアルな現実がそこにはあった。家のすぐ近くの道が削られて地肌が剥き出しになっていて、言葉を失った。不謹慎を承知で言うが、深いダメージと同時に感動にも似た感覚を覚えた。まるで、雄大な自然を前にして言葉を失う感覚と同じだと思った。これは、自然に対する畏怖の念に近い。否、畏怖の念そのものだと思った。畏れで、全身が震え上がった。

 

坂道を上り切ると報道陣が待ち構えていた。一人の男性が「すいません」と言いながら私の方に駆け寄って来た。報道関係者なのだろうが、私は「ごめんなさい」と言ってその場を離れた。どんな顔をしてインタビューに答えればいいのか、まだ、私にはわからなかった。報道陣や野次馬の視線が突き刺さるが、ひたすら下を向きながら熱海駅に向かう道を歩いた。どんな感情を持てばいいのかわからなかった。

 

人混みを抜けるといつもの熱海の風景が広がっていた。久し振りの晴天で、これ以上ないというほどの青空が広がっていた。見晴らしの良い高台から熱海の海を眺めた。そこにはいつもの風景が広がっていた。海岸沿いが土砂で濁っている以外は、何一つ変わらない熱海の風景が広がっていた。熱海駅に着き、新幹線に乗った。自然の脅威を前に、私は、ただただ立ち竦むしかできなかった。生々しい光景を目の前に言葉を失った後、私は「ちゃんと生きなければ」と思った。生き残った者の役割は、ただ、生き抜くことだと思う。すべてを失ったとしても、まだ、命がある。

 

生きろ。我々は美しい。

大勢の方々から「無事でなにより」と言われた。正直、全然無事じゃねえよと思った。俺はお前を安心させるために生きている訳じゃねえんだよと思った。強運だねとも言われたが、それは隣人を失った人間に言うセリフじゃないだろうと思った。善意で言ってくれていることはわかる。だが、善意は時に人間を傷つける。言葉は悪いが、俺の災害を利用して良い人になろうとするなと思った。俺の災害を利用して自己実現をしようとするな。俺の災害を利用して承認欲求を満たそうとするなと思った。だが、言い返す気力が今はない。悪意だけではなく、善意によっても人間は傷つく。善意のデッドボールを何度も浴びたが、同様に、善意に救われた自分もいる。言葉は、人間を殺す道具にもなるし、人間を生かす道具にもなる。非常事態時に露呈をするものは、普段、その人がどういった態度で日々を生きているかだ。

 

優しさとは想像力だと思う。常に元気でいる人が無傷であるとは限らない。いつも笑顔でいる人ほど、誰かの笑顔を必要としている。表面的な笑顔ではない、本音をごまかす笑顔ではない、偽りの笑顔ではない、本当の笑顔を必要としている。優しさとは、優しい人間に宿るものではなく、優しくあろうとする人間に宿るものだ。優しい人間ではないことを熟知しながら、それでもと差し出した手に宿るものだ。自分のキャパシティを超えた出来事は、自分の器を大きく広げる。今回経験した一連の出来事を通じて、多分、私はより一層強くなるのだと思う。優しくなるのだと思う。言い方を変えれば、強くならざるを得ないのだと思う。優しくならざるを得ないのだと思う。強さも、優しさも、自分の力だけで手に入れたものではないのだと思う。それは、天から授けられたものだ。それは、運命から授けられたものだ。

 

圧倒的な自然や芸術的な作品に触れた時、私たちの心は震えあがる。眠っていた力が再燃して「ちゃんと生きなければ」という思いに包まれる。祈りには、必ず、懺悔が含まれている。これまでの生き方を恥じ入る時、これまでの生き方を悔い改める時、大変な状況に置かれた時こそ、私たちは大きく変わる機会に恵まれている。どのような状態に置かれても、私たちには「泣く道を選ぶか、笑う道を選ぶか」を決める自由がある。被害者でいる自由もあれば、加害者になる自由もある。恨む自由もあれば、赦す自由もある。どちらかを選べ、という話ではない。私たちは、何かを憎みながらも何かを赦し、何かを嘆きながらも何かを歓ぶことができる生き物だ。好きか。嫌いか。その二者択一で選べと言われたら「嫌いだ」と答えるような物事でさえ、心の奥底、一番奥底では「愛している」のだと思う。どれだけ自分を嫌いな人も、心の一番奥底では、自分を、世界を、運命を愛しているのだと思う。

 

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「MERVELOUS」 詞曲 Keigo Sakatsume

 

心は 夜空みたいで 見つけた気持ちは 星みたいで

月明かり映した瞳に ホワイトダストのオーケストラ 鳴り響く夜

 

好きか 嫌いか 大嫌いさ

それでも愛している それでも愛しているのさ 

 

昨日まで 嘘で 今日から 本当

そんな顔で笑って 笑って泣く君は 綺麗

 

まるで 今 生まれたような顔を浮かべて

MERVELOUS!! 終わらない セレナーデ

 

穢されることなどない 自分で穢してしまうまでは

金色の灯りが好き なんだか許されている気がして たまらなくなる

 

月に 焦がれて 身を 焦がして

それでも壊れていく それでも壊れていくから

 

明日など 嘘で 今日だけ 本物

そんな顔で笑って 笑って見る夢は 綺麗

 

今に もう 消え去りそうな星を鳴らして

MERVELOUS!! 会いにいく セレナーデ

 

好きか 嫌いか 大嫌いさ

それでも愛している それでも愛しているのさ 

 

見え透いた 嘘が 暴いた 本当

そんな夜に隠れて 隠れて泣く君は 綺麗

 

二度と もう 消えることない傷を掲げて

MERVELOUS!! 空に舞う セレナーデ

 

好きで 嫌いで 大嫌いで

それでも愛している それでも愛しているから

 

昨日まで 嘘で 今日だけ 本物

そんな顔で笑って 笑って泣く君は 綺麗

 

まるで 今 生まれたような顔を浮かべて

MERVELOUS!! 終わらない セレナーデ

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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