いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

落ち着け。そして、心の火を絶やすな。 

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熱海市で発生した土石流で家の真横が流されてしまった。自宅界隈は危険区域指定され、安否確認は取れていない。警察から新潟の実家に電話が行き、私の生存確認が行われた。土砂崩れの報道を見ると慣れ親しんだ場所が崩壊する映像が流れる。大袈裟だが、自分の親が殺される場面を見せつけられているみたいで苦しい。私は無事だが、私が暮らした場所が無事ではない。私が知っている人が無事ではない。

 

おおまかなスケジュール

7月5日(月)東京

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

 

被害者には説明責任が発生する。

昨夜は、心ある方が渋谷のホテルをとってくれた。現状私に家はない。京都で暮らす流れやホームページを作成する流れもあったが、一旦全部立ち消えになった。家の生存確認をしたいが、立ち入ることが許されていない。生まれて初めて被災者になった気がする。実際になってみることでわかったことがいくつかある。一番強烈だった体験は「被害者には説明責任が発生する」ということだ。様々な人から大丈夫ですかと連絡が届く。正直、メールが届くたびに負担が増えるような重苦しさを感じる。気遣ってくれるのはありがたいのだが、返信をする余裕がないために罪悪感が募る。だが、被害者は、自分がどれだけ被害にあったのかを周囲(世間)に説明する必要がある。説明をしなければ周囲が納得しない。周囲を納得させない限り延々と「大丈夫ですか?」と連絡が届く。大丈夫な訳はないのだが、自分が置かれた状態を説明するためにはある程度冷静になる必要がある。酷な仕打ちだが、説明責任は避けられない。自分が負ったダメージはまだまだ軽い方だから良いが、ただでさえ辛いのに、世界中の被害者たちは説明責任を果たしているのだなと思った。

 

ただ、全部のメールに苦しさを感じた訳ではない。心の支えになるような言葉や、言葉に込められた気持ちを届けてくれた人々もいる。こんなことを書くのは露骨だが、とても助かった連絡は「ペイペイから送金しました」という具体的な内容のものだった。困ったことがあればなんでも言ってくれと言われても、正直、現状は困っていることしかない。その中から今何が自分にとって必要なのかを導き出して的確に伝える体力的精神的余裕がない時に、誰かに何かをお願いすることは難しい。気持ちは本当にありがたいのだが、自分はこの人に何かをお願いすることはないのだろうなという気持ちになった。誤解されると困るが、私は心遣いを示してくれた方々をディスりたい訳ではない。ただ、リアルな感覚として「これをされると助かる」といったこと、あるいは「これをされても反応に困るばかりか若干体力を消耗してしまう」といったことを、体験した側の記録として残したいだけだ。大きなショックを受けた人間に考える余裕はない。現実を受け入れるだけで精一杯になる。

 

力になりたいと思うけれど力になれない自分が悔しいという連絡も届き、正直、これは一番言っちゃいけないやつだと思った。こちとら色々あって大変なのに、あなたの悲しみまで背負わされたら二次災害になる。何もできない時はグッと堪えて祈ることだ。高校時代、身内の人間が突然死をして坂爪家一族が崩壊の危機を迎えたことがある。このままではやばい、どうすればいいかわからないと冷静さを失った私は友達の竹本さんに連絡をした。すると、竹本さんはメールで一言「気持ちをしっかり持って」と返信をくれた。同情を示すでもなく、一緒にあたふたするでもなく、ピシャリと頬を張って正気を取り戻させる言葉を放った。その言葉を支えに、俺がしっかりしなくてはと目が覚めて困難を切り抜けることができた。言葉が自分の潜在能力を引き出してくれた、そう思わせてくれる出来事だった。私と竹本さんは親友に近い間柄だった。両者の間に信頼があった。それも大きな要素だと思う。

 

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落ち着け。そして、心の火を絶やすな。 

一昨日、半年振りにバンドメンバーと集結した。THE PRESENTSという三人組のロックバンドだ。PRESENTという言葉には贈り物という意味の他に存在という意味もある。最近の音楽は複雑で装飾が多い。だが、私たちは複雑なことも装飾をすることもできない。THE PRESENTSの曲は社会の異物でありたい。コマーシャルソングが氾濫する中を逆流するようなロックンロールを響かせたい。それは、進化していく時代の流れに生き埋めにされた、原初の光を取り戻しに行く行為なのかもしれない。あらゆるものが商業化される中で、いよいよ人間も商品になりつつある。だが、人間は商品じゃない。命に高いも安いもない。人間は商品じゃない。作品だ。

 

クリエイターにとっては作品が命だ。金があろうがなかろうが、家があろうがなかろうが、健康的であろうがなかろうが、道徳的であろうがなかろうが、良い作品を作れればオッケーだし、そうでなければ他の要素なんて何の役にも立ちはしない。幸福も不幸もどちらも肥やしだ。問題は、それを肥やしにしていけるかどうかだ。肥やしにしていける限り、あらゆる要素は宝になる。すべての出来事が命になる。幸せを求めるな。言葉を求めろ。音楽を求めろ。本当を求めろ。表面的な出来事に翻弄されず、物事の本質を掴め。普遍的な出来事の中には、必ず、優しさがある。必ず、温かさがある。必ず、激しさがある。そこに命がある。そこに永遠がある。

 

嫌なことを書いてしまったが、私は誰一人嫌いになっていない。ただ、書き殴ることで命を燃やし、ともすると崩れ落ちてしまいそうになる『何か』を保っているだけだ。命は囁く。落ち着け。そして、心の火を絶やすな。お前はまだ生きている。熱海の家が健在だった時に、作り上げた楽曲がある。物質は消えても音楽は消えない。何もなくていい。優しさだけあればいい。俺たちが消えても作品は残る。愛情は残る。芸術は残る。命は叫ばない。命は囁く。落ち着け。そして、心の火を絶やすな。お前はまだ生きている。言葉は音楽のように、私たちの心臓を流れている。

 

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「Never Ending Delight」 詞曲 Keigo Sakatsume

 

何もなくていい 優しさだけあれば

君は呟く 震えながら 祈るように

 

ここに生きる 命が 一つある

細く小さく弱いけれど はっきりとここに

 

死にたいのは 生きたいから

優しくて 温かくて 激しいものが 僕にも 流れる

 

Never Ending Delight 飛び立つ 光の中を

Never Ending Delight 飛び立つ 永遠の時を

 

僕がまだ君で 君が僕だった頃

何も恐れず 空を抱いた 手を繋いで

 

知り合いより 友達になろう

どちらかが死んだら 泣けるくらい 友達になろう

 

生きたいのは 会いたいから

優しくて 温かくて 激しいものが 僕から 流れる

 

Never Ending Delight 飛び立つ 嵐の中を

Never Ending Delight 飛び立つ 永遠の夢を

 

Never Ending Delight 飛び立つ 光の中を

Never Ending Delight 飛び立つ 永遠の日を

 

Never Ending Delight 飛び立つ 嵐の中を

Never Ending Delight 飛び立つ 永遠の夢を

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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