いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

崇高な道を選べば、必要なものは与えられる。

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心がなくしたものを嘆いている時、魂は手に入れたものを喜んでいる。心も体もボロボロになることは苦しいが、ボロボロにならなければ掴めなかった『何か』がある。その何かは、傍目から見れば地味なものであったり、誰にも気づかれないものだったりする。だが、その何かは確実に地下茎を伸ばし、確固たる己を形成する。

 

おおまかなスケジュール

7月1日(水)京都

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます) 

 

 

約束してくれ、逆転するまでは死なないって。

物質にはそれぞれバイブレーションがあり、意識レベルみたいなものがあると聞いた。普通の人間は200から300(諸説あり)。アインシュタインシェイクスピアは500。ガンジーマザーテレサは700。ブッダやキリストやクリシュナは1000。先日、意識レベルを見ることができるという方から「坂爪さんは910です」と言われた。本当はどうかはわからないが、前向きな勘違いはどんどん取り入れたい。意識レベルをあげる方法は数多くある。肉食を控える。添加物を控える。よく噛む。部屋の掃除をする。笑う。太陽を浴びる。裸足で歩く。塩を活用する。直感に従う。美しい音楽に触れる。言葉に気をつける。瞑想をする。波動の高い人と交流する。

 

先日、琵琶湖で泳いだ。湖水浴と呼ぶ。私は新潟の海沿いで育った。海水浴は好きだが、湖水浴は初体験だ。海でもない。塩水でもない。湖水は新鮮だった。海は還る場所だが、湖は聖水に近い。地(血)が海ならば、天(空)が湖だ。裸足で歩いたり海水浴をすることをアーシングと呼ぶ。体に滞留した電気を外側に放出する。最近、調子が悪い時は「全部悪霊のせいだ」と思うようにしている。そうすると気持ちが楽になるし、自分を責めないでいられる。悪霊とは、要するに電気だ。電気が滞ると血液も感情も滞る。幸せとは何かを手に入れることだと思っていた。だが、違う。幸せとは「からっぽになること」だと思う。宇宙が空ならば、からっぽになることで一体感が生じる。魂は言葉を求めている。言語化されることで、感情が浄化する。自分が消える。自分が消えると、逆説的だが、万物の根源と繋がる。

 

生きることに苦しさを覚える時がある。自分は無価値だ。無力だ。無能だ。邪魔者だ。役立たずだ。この世に不要な人間だ。自分を罵倒する言葉が延々と湧き出してくる時期は誰にでもある。だけど約束をしてくれ。逆転ホームランを打つまでは死なないって。勝者には絶対に打てないホームランがある。それは逆転ホームランだ。逆転ホームランは敗者だけに許された特権だ。戦う限り負けない。別に勝つ必要はない。ただ、負けたらダメだと思う。諦めたらダメだと思う。自分の偏った了見で勝っただの負けただのジャッジをするにはまだ早い。我々は神の所有物だ。だから、約束をしてくれ。逆転ホームランを打つまでは死なないって。もうダメだと思った体験が舞台で生きる日が必ず来る。あらゆる体験が力になる日が必ず来る。

 

崇高な道を選べば、必要なものは与えられる。

自分と他者の間に境界がないのだとしたら、道端のゴミを拾うことが自分のためになる。誰かのためになした善が自分にとっての最善になる。私は花を配る。過去にある方から花をいただき、それが無性に嬉しかったからだ。花を配る時、小さなメッセージカードに手書きの言葉を添える。このカードが、想像を超えて喜んでもらえることを知った。ミニカードは値段にすればほんの数百円程度だ。だが、この数百円の手間が、パソコンではなく手で書くと言う手間が換金できない価値を生む。心を込めるということは、目の前にいる人間をしっかりと人間として扱うということだ。目の前の人間をしっかり人間として扱うことが、結果的に自分を人間にする。誰かのために心を込めるというささやかな行為が、結果的に自分を救済する。

 

花は枯れる。だが、言葉は枯れない。花に込められた想いは枯れない。物質は消える。だが、精神は消えない。自分のホームページを作るにあたって「自分とは何か」ということを改めて考えさせられている。私は言葉を綴ることで生きてきた。言葉は誰もが扱う日用品だ。消耗品のような言葉もあれば、骨董品のような言葉もある。私は言葉に何を込めているのだろうか。いま、一番しっくり来る言葉は「精神」だ。私は、言葉というよりは精神によって生きていて、精神によって生かされている。精神に値段をつけることに抵抗を覚えることもあるが、多分、私はこれから経済活動に介入する。これまで私は金にすることを避けてきた。命や魂に値段をつけることに違和感を覚えていた。だが、考え方が変わる出来事があった。あるバンドのホームページを見たら、彼らのグッズが販売されていた。参考程度に眺めていたらなんだかとても欲しい商品が見つかり、私はそれを購買した。購買した時に「売ってくれてありがとう」と思った。彼らが商品を販売してくれなければ、私はそれを手にすることができなかった。私は、モノを買ったと言うよりも彼らの精神を買ったのだと思う。モノを通じて、私は常に彼らの精神と共にあることができる、その感覚が嬉しかったのだ。彼らの精神と共に生きられることが嬉しいのだ。

 

崇高な道を選べば、必要なものは与えられる。これから何度も私は迷うだろう。損得勘定や打算で道を選ぶことも、不安や恐怖をベースに道を選ぶことも、自分の愚かさや至らなさを打ちのめされることも、何度も何度もあると思う。だが、打ちのめされる度に思い出したい。崇高な道を選べば、必要なものは与えられる。大事なことは、自分が愛されているかどうかではない。大事なことは、自分が愛することができているかどうかだ。自分が生きることよりも、自分を通じて周囲が生きることの方が、よっぽど重要なことだ。自分以外のものに命を注ぐことができている時に、私の命はもっとも躍動するのだと思う。六月が終わり七月になった。2021年も後半戦だ。恐れることは何もない。崇高な道を選べば、必要なものは与えられる。

 

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「路傍の命(仮)」 詞曲 Keigo Sakatsume

 

なあ そうだよな 一度はなくした

なあ そうだよな 拾った命だよな

 

なあ そうだよな 心を閉ざした

なあ そうだよな ふざけた時代だよな

 

最悪でも死ぬだけだし 最高でも死ぬわけだし

やりたいことをやって 生きるほかに道はない

 

これさえあれば他には何も要らないと思えたんだ

「君のことを忘れたりしないぜ」

やりたいがやらなきゃになったらゲームオーバー

 

なあ そうだよな 何度も踏まれた

なあ そうだよな 転がる命だよな

 

なあ そうだよな たいしたことなどないよな

なあ そうだよな これくらいもう平気だよな

 

頭の中お花畑って言われても砂漠より全然マシだろう

君のことを笑うヤツよりもずっとずっとイカしてるよ

 

首元にナイフ突きつけられて生きろって言われてるような

「人生で、今、一番幸せです」と胸を張って言える 

だから 自分の価値を下げるような考え方は絶対するなよ

 

無人島に流されても 君となら笑っていられる

せっかくだからやろう 「これでいい」じゃない やろうよ

俺たちは世界一なんだよ 俺たちは世界一だからさ

 

そのままでいい そのままでいい

 

なあ そうだよな 一度は燃やした

なあ そうだよな 路傍の命だよな

 

最悪でも死ぬだけだし 最高でも死ぬわけだし

やりたいことをやって 生きるほかに道はない

 

俺は俺に胸を張りたいんだ

石に齧りついてでも生きるって決めたのさ

だからねえ 聞かせてくれ

 

お前だけのラブソングを お前だけのラブソングを

お前だけのラブソングを 聞かせてくれ

俺たちが世界一なんだよ 俺たちが世界一だからさ

 

そのままでいい そのままでいい

 

なあ そうだよな 一度はなくした

なあ そうだよな 拾った命だよな

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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