いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

魂は、危険に生きる喜びを求めている。

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先日、物凄い出会いをした。魂の気高さを目撃した。素晴らしい人物の波動にグイッと自分も引き上げられ、一気に次元が上昇をした。興奮と喜びと緊張で全身硬直するのだが、その更に奥で命が喝采をあげた。けいご、よかったなあ。生きているとこういう目にも遭えるんだよ。世界にはまだまだお前の知らないすげえ奴らがたくさん暮らしていて、その人たちはお前に見つけてもらうのを待っているんだよ。

 

おおまかなスケジュール

6月3日(木)東京都内全域
6月4日(金)茨城県ひたちなか市

以降、FREE!
(呼ばれた場所に行きます) 

 

 

人間を輝かせるもの。

横浜の家を春花に託し、都心における家なき子になった。誰か「それなら我が家に泊まりにおいで」と言う方がいたらご連絡ください。次に暮らす家を見つけたい。私の関心は麻布と赤坂と青山に向かっている。20歳の頃にとある事業家の女性にお会いした。その方は家賃100万円以上するホテルのレジデンスに暮らしている大富豪だった。複数の土地を所有しているが「私は絶対3Aしか買わないの」と言っていた。新潟から出てきたばかりの私は3Aが何を意味するのかさっぱりわからなかった。あとから、麻布・赤坂・青山の頭文字をとって3Aと呼ぶことがわかった。

 

事業家の女性は印象的なことを話してくれた。私が東京の港区に引っ越してくる前は横浜にいたんだけど、横浜は田舎だと思った。高級住宅地に住んでいたとしても周囲の顔色をすごい伺わなくちゃいけない。それに比べて3Aは楽チン。芸能人もヤクザも経営者も外国人も本当に様々な人間がいる。だから、誰も他人のことなんて気にしていない。それが私にはとても心地よかったの、と。20歳の頃の私は「ああ、そんなものなのか」程度にしか感じられなかったが、その方の話し方があまりにもチャーミングだったために、いまでも時折彼女の言葉を思い出す。言葉というよりも、その人が放っていた波動を思い出す。本当に凄い人は、出している波動も半端ない。彼女は明らかに輝いていた。一緒にいるこちら側まで照らす光だった。

 

何が人間を輝かせるのだろう。金か。金の有無は大きい。だが、それが全部じゃない。金は二番にしかなれない。これまでたくさん金持ちを見た。だが、全員が全員輝いていた訳じゃない。退屈な金持ちも結構いた。豊かな人は常にリラックスをしている。自分はこう見られたいという作為がなく、それよりも無邪気な時の重なりを楽しんでいる。お金持ちの人がよく言われる言葉のひとつに「そんなにお金があるのなら働かないでもいいじゃない」というものがある。だが、仕事を続ける彼(彼女)たちは思う。仕事をすることは自分にとって最高の楽しみでもあるのに、楽しむことをやめるだなんて意味がわからない。働かなくてもいいとかいう人は、働くことの喜びや楽しさ、挑戦をすることの面白さを知らない人なのかしら、と。

 

魂は、危険に生きる喜びを求めている。

魂の気高さ、魂の強靭さ、クリエイターとしての覚悟。その一つ一つが圧倒的で、私は強烈な自己反省を促されると共に心地よい痛みを得た。私がプロのテニス選手だとしたら、素人の方々と一緒にボール遊びをする時間も楽しいとは思うが、やはり「めちゃめちゃ強い相手と、本気を出し合ってぶつかり合う」瞬間にたまらない至福感を得るだろう。勝っても嬉しいし、負けても嬉しい。何が嬉しいかって、自分の本気を出せることが嬉しいのだ。楽をして稼げたらいいよね、などと思う部分が私たちの中にはあるが、そのさらに奥には命を燃やしたいという切実な願いがある。楽をしたいだなんて魂は求めていない。魂は思い切り生きたいと思っている。

 

命を燃やすことと損得勘定は両立しない。三日前、宮城県在住の男性から「話したい」と誘われ宮城に行った。その方はクリスチャンで、不登校のこどもたちのためにフリースクールもやっている。なぜ私に興味を持ったのか尋ねたら「坂爪さんは常識の逆をやっているからだ」と言われた。普通だったら安心安全な道を選ぶが、坂爪さんは危険な方向に行く。損をする方向に行く。過激な方向に行く。その姿を見るとなぜだかホッとする自分がいる。と。私はキリスト教とロックンロールに影響を受けた話をした。普通だったら死なないように死なないように生きるものだと思うが、三浦綾子塩狩峠を読めばわかるが「どう死ぬか」が問われているキリスト教の考え方に衝撃を受けた。私が弱い時にこそ、私は強い。逆説的だが、自分を守るほど自分は小さいものになり、自分を差し出すほど自分は大きいものになる。

 

魂は、危険に生きる喜びを求めている。楽をしたいだなんて魂は求めていない。魂は思い切り生きたいと思っている。命を燃やすことと損得勘定は両立しない。自分の毎日になんとなく煮え切らないものを感じるのならば、それは退屈をしている場合が多い。生温い日々に、守られた日々に、約束をされた日々に、自分が自分に退屈をしているのだ。損得勘定を超えることだ。危険な方向に、損をする方向に、過激な方向に舵を取る。損得勘定のつまらなさに飽き飽きしていたはずなのに、この後に及んでまだ計算をするのか。世界は臆病者でいっぱいだ。だから、チャンスはそこら中に転がっている。人生の面白さは計算を超えたところにある。臆病者のままで生きるのか、魂の気高さ、魂の強靭さ、クリエイターとしての覚悟を守り抜くのか。泣くか。笑うか。逃げるか。立ち向かうか。決めるのはいつだって自分だ。

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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