いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

せっかく生まれてきたのだから、思い切り傷つこうよ。

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素晴らしい連絡が届いた。今年の三月に初期の乳ガンと診断され、全摘の予定だったT様が「手術は嫌だけど、二ヶ月先だからその間にやれるだけのことをやろう」と思って過ごしたら、今週のPET検査でガンが減ったことがわかった。食生活を変え、あれだけ好きだったチーズも断ち、毎日毎日生姜紅茶を飲み、仕事もしないでのんびりとしていたら、医者からも別人のようだと言われるほどの変貌を遂げた。

 

おおまかなスケジュール

5月23
(日)熱海界隈

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます) 

 

 

どうやら俺はハンマーになりたいみたいだ。

体を壊すと健康がどれだけ大事かわかる。健康だけが重要であとは全部おまけみたいな気持ちになる。体温が一度上がると免疫力は30%上がる。最近、乳清のプロテインサプリメント全般を疑問視するようになった。表面的には健康食品だが、あれは薬だと思う。臓器の負担が凄い。乳製品や加工肉全般は(美味いけど)ダメなのだと思う。筋肉系の人々は卵や鶏肉を激しく推すが、いつの日かツケを払う日が来る気がして危険だと思う。プラスチック容器に入った調味料は全部アウトだ。アルコールが入っている醤油や、醸造アルコールが入っている日本酒もアウトだ。

 

今日「人間の腹黒さに嫌気がさしたので圭吾牧師と話したい」とR様から連絡をもらった。お前も金か、お前も金か、そう思う出会いが連発して人間に嫌気がさしたらしい。R様は出会い頭「私は今日は虹を見に来た気分です。圭吾牧師と話すことで人間の美しさを思い出したいのです。数年前にヨセミテ公園に行ったことがあるのですが圭吾牧師はヨセミテ公演の小鹿です。ヨセミテ公園で小鹿を見るとその人は幸せになることができると言われています」と言った。R様から聞かれた。ブログが大勢の人から読まれるようになって多くの出版社から本を出さないかと依頼がたくさん来たと思うが、圭吾さんは彼らのそういった商業主義的な態度に嫌気がさしたことはないのか、と。私は「ない」と答えた。正確には、9割の人間は金のために生きていると幼少期から思っていた。私が出会いたいのは残りの1割だ。だから、9割の人間にいちいち腹を立てたりそれによって残り1割との出会いを投げ出すのは非常にもったいないと思っていた。めげずに出会いを重ねていけば、必ず出会う。素晴らしい出会いは「あなたとならうまくやれそうだ」という前向きな予感というよりは「あなたとだったら不幸になっても構わない」とか「お前にだったら騙されてもいい」と思えるような、その人のすべてを全部肯定できる気持ちになる。

 

午後からはS様の紹介で東京の世田谷にある某コミュニティにお邪魔をした。誤解を恐れずに言うと私はコミュニティとかクリエイティブとかサステナブルとか言う人々が苦手だ。コミュニティには二種類ある。ひとつは「そのコミュニティに属する以上、同じ色に染まらなければならない」という同調圧力を基調としたコミュニティ。もうひとつは「そのコミュニティに関わることで、より一層無色透明になる」的なコミュニティだ。大概は前者で後者はレアだ。前者のコミュニティに入ると、私はぶっ壊したいと思ってしまう。なんだか色々なことが表面的で嘘臭くて何かを誤魔化しているように見えて、今日もぶっ壊したいと思ってしまった。ぶっ壊したいと思うことで「俺は染まらねえぞ」とか「その手には乗らねえぞ」という抵抗を身体が示しているのだろう。ぶっ壊したいと思いながら「ああ、俺はハンマーになりたいのだな」と思った。S様は家を失いかけてホームレスになりかけている私に何かしらのヒントになるかと思って案内をしてくれたのだが、私はコミュニティを作りたいのではなくコミュニティを壊したいのだ。ほとんどの事業は継続性や収益性を重要視する。だが、私はそういったことに心の底から関心がない。作る。壊す。作る。壊す。毎日生まれ変わる。再会なんてない。再会ではなく、再生だ。

 

せっかく生まれてきたのだから、思い切り傷つこうよ。

結構窮地に立っているのだが元気だ。今朝、R様から「東京にも空き家はいっぱいあるから、家の掃除をする代わりに無料で住むなどもできるのではないでしょうか」とアイデアをもらった。あり得そうな話だ。なので、もしも使っていない家をお持ちの方がいたらご連絡いただけると幸いです。横浜の家に関しては、新規入居者があと二人登場してくれたら家は存続する。だから、今月以内に新規入居者と出会うかそれ以外の素敵な出会いに恵まれるかをすれば、どうにかなる。逆に言えば、あと一週間で何も進展がなければ私は路上生活者になる。どうなるのだろう。まじでわからない。とりあえず家は存在する限り開放しています。見学を希望される方などは坂爪圭吾まで直接ご連絡ください。熱海の家も見学&宿泊も可能です。

 

断捨離がブームだ。最高の断捨離は家だ。家はコアだ。家を手放すなんてハードコアだ。家ってなんだろう。そんな話をR様とした。35年ローンとかアイデアがクレイジーだ。実はR様も現在持ち家を売却しようとしている。一等地にあるから様々な不動産が様々なごまのすり方をしてくる。その姿がキモくて「どうせお前は私じゃなくて私の土地に興味があるだけだろ」と軽く人間不信に陥っている。わかる。そういう人って本当に多いよねって思う。モモに出てくる灰色のスーツの男たちは実在をする。家を売ればお金になる。だから喜びを感じてもいいはずなのに、日常的に感じているのはストレスなのだ。いつ売れば高く売れるか、誰に売れば高く売れるか、など、そういったことに目を光らせながら生きる日常は(よほど数字が好きな人間でない限り)ストレスで禿げる。家は財産扱いされる。だが、手放せる時に手放した方がよい場合もある。私は、いま、非常に複雑な心の状態にある。家がなくなることの不安と、家がなくなる安堵感。正直、そのどちらもを感じている。

 

人間の生死と似ている。愛する人との別れは辛い。だが、病で苦しみ続けた人の姿を見ると、終わりを迎えた時に「これでもう苦しまなくても済むね」という安堵にも似た気持ちを抱く。別れは辛いが、別れによって何かが癒される。言うまでもないことだが、遅かれ早かれ私たちは死ぬ。死ぬ時は家も服も金も全部置いて行く。私たちは失うことを恐れるが、最後の最後には肉体さえ失う。五感の全部、見ることも聞くことも触ることさえもできなくなる日が必ず来る。今日お会いしたS様は本音を話すと涙が出ると言った。嫌われることや傷つくことが怖くて言いたいことも言えない日々を過ごしてきたと話してくれたが、言いたいことを言って嫌われるより言いたくもないことを言って好かれる日々の方がよっぽど怖いと思った。そんなものは、全部、嘘っぱちだ。愛は爆発だ。きっと多くの人が「金じゃない」と思う部分と「やっぱり金だ」と思う部分、まったく正反対の価値観に身や心を引き裂かれながら生きているのだと思う。私は思う。傷つかないように生きるのではなく、せっかく生まれてきたのだから、思い切り傷つこうよ。しがみつく限り苦しくなる。愛は爆発だ。心が、体が、目の前の世界が、軽くなる道を選びたいと思う。

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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