いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

やっちゃいけないことこそ、やれ。

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弱さを武器に脅迫をするな。あなたがいなければ生きていけないと泣きつく行為は、弱者の振りをした脅迫行為だ。自分の弱さを武器に相手を脅迫している。弱さは凶器になる。甘えは凶器になる。叶恭子を思い出せ。恭子さんは、グッドルッキングガイから「君を失ったら僕は生きていけない」と泣きつかれた経験がある。その時、恭子さんは「では、お死になさい」と言った。これだ。この精神が大事だ。

 

おおまかなスケジュール

5月7(金)
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます) 

SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

 

愛は、神の所有物であることを知ることだ。

今日はゆ〜ほが家に来て誕生日プレゼントにハーモニカを2個くれた。これで私も晴れてスピリチュアルハーモニストだ。ゆ〜ほが「最近、愛ってなんだろうってよく考えます」と言った。素晴らしいテーマだ。誰かを好きだと思うことはあるが、それじゃあその人を愛しているかどうかってなるとよくわからない。そういうことをゆ〜ほは言った。わかる。わかるぜゆ〜ほ。すきの最上級が愛ではない。愛はこう、何かこう、もっと別のものだ。だが、あの人のことは好きだがあの人のことを愛しているかどうかはわからないと思う人との間にも、愛はあると思う。自分が愛していると言うよりは、私とあなたの間に「愛はある」と言う方がしっくりくる。

 

ロックスターがステージから「愛してるぜ」と叫ぶ。これは愛だ。私はよく、あなたは愛されているみたいな言葉をもらう。だが、これを言われてもあまり嬉しくない。愛されているなんて当たり前じゃないか。それは人生のゴールではなくてスタートだろう。愛された上で何かをやるのかが大事だと思うのだが、愛されることがゴールみたいになっているのは変だ。前回の記事で「愛と甘えは違う。愛とは、一人でも生きていけるようになることだ」と書いた。誤解を恐れずに言うと、現代社会は愛と甘えがごちゃ混ぜになっていると思う。あなたは愛されていると言われると、どうしても「それ、あなたが言われたいことを言っているだけですよね」と思ってしまう。そう言うと「もっと素直になれ」と言われる。逆だろ。素直になるべきはお前だろ、と言い返すとぶん殴られる。結果、私は愛のない男認定をされる。

 

私は二十歳の頃に「あなたは人を愛せない人間だ」と言われて当時の彼女(名前はゆかちゃん)に振られた体験がある。これは結構なトラウマになり「俺は欠陥人間だ」とシリアスに思い悩み大学を辞めて歌舞伎町でホスト活動をやっていた闇歴史がある。だが、月日は流れ現在は36歳、俺は俺なりに世界を愛しているなと思えるようになった。愛を考える時、所有というワードが思い浮かぶ。愛と所有は違う。愛は所有ではない。逆だ。愛は、自分が神の所有物であることを知ることだ。愛と所有がイコールになると、所有物で人間をジャッジするようなつまらない人間になる。生命とは、そんなにケチ臭いものではない。自分は神の所有物であることを知った時、金がなくても家がなくても仕事がなくても友達も恋人も親族もいなくても、屁でもないぜと(これは決して強がりなどではなく透明な気持ちで)思える。

 

やっちゃいけないことこそ、やれ。

音楽は非常に分かりやすい。私は音楽が好きだ。一人でやっていても楽しい。自分は死ぬまで音楽を続けるだろう。だが、一人でも楽しい音楽はみんなとやると超楽しい。一人でやっても楽しいのだが、みんなとやると死ぬほど楽しいのだ。音楽は遊びだ。遊びは神聖な行為だ。遊ぶと言う漢字の語源を調べると「神が遊ぶ時、はじめて人間も一緒になって遊ぶことができる」という意味があることを知る。神が自由に行動する。それが『遊』の語源だ。他者と繋がるためには、一人でも楽しめることを見つけること。生きる意味などと難しいことを考えないで、楽しむとか、遊ぶとか、そういう軽やかな言葉の中にヒントはある。遊ぶことを通じて、はじめて人は世界と繋がる。遊ぶことができないと、いつまでも置いてけぼりのままだ。

 

誰かのためになんて生きなくていい。社会の役になんて立たなくていい。様々な人々と話す中で「この人は、やりたいこととやらなくちゃいけないことがごっちゃになっているな」と感じることがある。やりたいこととやらなくちゃいけないことは違う。やりたいことは、多くの場合やらなくちゃいけないことの外側にある。こんなことをやったら嫌われてしまうかも知れないと思うようなことの中に、自分の本当の思いは眠っている。だが、怖い。これをしたら生きていけなくなるかもしれない。自分はダメになるかもしれない。周りの人々全員に見捨てられるかもしれない。そういう安心安全をはみ出す行為の中にこそ、自分の真の欲求は眠っている。やる前は怖いが、やってみると分かる。こんなことをしたら嫌われると思っていたことをやってさえなお、それでも引き続き一緒にいてくれる人々の存在を知る。そして「ああ、これが愛だ」と思い知る。愛に限りはない。自分が期待されている役割をはみ出してさえなお、愛され続けるものだけが本物だ。愛とははみ出す力だ。

 

自分を純化させるために一番手っ取り早い行為が、やっちゃいけないことをやることだ。誰も言わないから俺だけは言いたい。誰かのためになんて生きなくていい。社会の役になんて立たなくていい。誤解を恐れずに言えば、私は「みんなのため」とか言っている人間が嫌いだ。みんなの中に自分も含まれることが嫌で、ささっと逃げ出したくなる。誰かのためとか言っていないで、自分のために生きている人間が好きだ。押し付けがましい正義感(期待されている役割)がないからこそ、自由に遊ぶことができる。大事だと思うから繰り返す。人間は、遊ぶことを通じてはじめて世界と繋がることができる。貢献とも違う。忍耐とも違う。遊ぶことを通じてはじめて世界と繋がることができる。遊ぼう。遊びの中に、愛も許しも全部ある。

 

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「Everything is Fine」 詞曲 Keigo Sakatsume

 

顔も見せないで 親不孝ものと呼ばれなにしてんだっけ ねえ

隠せないぜ 変わらないためには もう変わってくっきゃねえ

 

こんな土曜日は とんとごぶサタデー

あほづらさげて もう やるしかねえ

 

Everything is Fine, gonna be all right

またゼロになるだけだ 行け 

キリがないぜ 感情 乱高下 やっちゃなんねえことこそやれ

行き当たりバッチリだ 飛べ 下見ちゃダメ!!

 

もう世知辛いぜ 空飛ぶギターに乗って 旅に出ようぜ

恥ずかしいセリフ 恥ずかしげもなく言ったもの勝ちだ

 

顔洗ったら 行け あほんだら

最短距離で また 這い上がれ

 

Everything is Fine, gonna be all right

身のほどを知れだと? うるせえ

生きられるだけ生きて ああ愉しかったと野垂れ死ぬぜ

腑抜けども 俺を見やがれ でも 真似しちゃダメ!!

 

Everything is Fine, gonna be all right

またゼロになるだけだ 行け 

キリがないぜ 来世も 乱世 竹槍でマンモスを狩れ

血に塗れた笑顔浮かべ さあ 悪あがけ

 

Everything is Fine, gonna be all right

冥土の土産なら いらねえ

生きられるだけ生きて ああ愉しかったと野垂れ死ぬぜ

この命 燃え滾らせて “GO!! Everything is Fine!!”

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
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