いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

愛とは、一人でも生きていけるようになること。

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高く飛ぶためには、思い切り低くかがむ必要がある。停滞に感じる時期がジャンプ前には必要で、人生のステージが変わる時期は異様に眠くなったり興味の対象が移り変わる。きっと今、多くの人々が「ジャンプ前の停滞」を感じている気がする。夜明けは近い。変化を迎えた時は、しがみつくよりも波に乗ることが重要になる。

 

おおまかなスケジュール

5月5(水)
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます) 

SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

 

面白ければ留まり、つまらなければ離れる。

ピエトロ・コリチェッリのエクストラバージンオリーブオイルを二本ゲットした。あまりにも嬉しくて大興奮していたら「こんなにオリーブオイルで興奮できる人を初めて見た」と言われた。私はオリーブオイルを直で飲む。大概のオリーブオイルは苦いが、ピエトロは飲みやすい。バージンをエクストラしているとはどういうことなのだろう。バージンよりももっとバージン。純の純ということだろうか。エクストラバージン坂爪圭吾。エクストラバージン坂爪圭吾と口にしてみたら異様なほどに楽しくなり、オリーブオイルを両手で振り回しながら新横浜界隈を徘徊した。

 

昨日お会いした方が「私は母親との関係に問題があるため、母親を受け入れることが当面の課題です」と言っていた。親との確執が人格形成に多大な影響を及ぼすとはよく聞く話だが、私は疑問視をしている。自分と向き合うことが大事だと聞くが、疑問だ。結構頻繁に「自分と向き合って、悲しかった記憶とか、本当はこうして欲しかった記憶とか、小さな自分を抱き締めてあげて過去の傷を癒してあげることが大事」みたいなことを聞く。大事なことなのだとは思うが、正直「それ、やってて楽しいのか?」と思う。自分と向き合って解放されるならば向き合った方がいい。だが、自分と向き合い過ぎて魂が抜けかけてしまっている人が多い気がする。

 

傷は癒すものではない。抱えて生きるものだ。それが魅力だ。最近、甘えについて考えていた。昨日、ある人から「私の質問にちゃんと答えてください」という怒りの連絡が届いた。あなたは普段から人間としっかり付き合うことが大事だと言っている癖に、なぜ、私を邪険に扱うのかと突然怒られた。怒られながら思った。ああ、俺が今この人と会話をしたいとまったく思えないのは、正しいとか正しくないとかじゃなくて「楽しくない」からだな。この人は正しいことを言って怒っているけど、俺は正しくなくても楽しい人と一緒にいたいんだな、と、確信した。だから「ありがとうございます。さようなら」と返信をした。面白ければ留まり、つまらなければ離れる。私が一緒にいたいと思うのは、正しい人ではなくて楽しい人だ。

 

愛とは、一人でも生きていけるようになること。

親との確執を語る人々は、頻繁に「本当はもっと甘えたかった」と言う。私は話を聞くことしかできないが、話を聞いていると「ああ、この人は恨みたいから恨んでいるんだな。許したくないんだな」と思う。親を許さないことで、自分はこどものままでいられる。表面的には「甘えることが許されなかった」ということになってはいるが、実際は、そう思い続けることで親に甘え続けているのだと思う。苦しいのは親から愛されなかったことではなく、自分が自分に抱いているイメージ(自分は甘えていないという認識)と、実際の自分(本当は甘え続けている自分)との間に、乖離があるからだと思った。苦しみの正体は愛の欠如ではなく認識のズレだ。

 

できることなら常に本音で生きたいが、本音を出すことで逆恨みされることもある。だから本音は相手を選ぶ。年齢を重ねるほど、誰も本当のことを言わなくなる。逆恨みをされるリスクを負うくらいなら「勝手に生きて、勝手に死ね」と思っている方が楽だ。私は美しい人が好きだ。分かり合おうと努力をしなければ続かない関係より、出会った瞬間に惚れ込んでしまうような、優しさの中に犯しがたい厳しさを感じる人が好きだ。人間関係に良し悪しはないと思うが、合う合わないはある。尊重は万人に。尊敬は少数に。尊重するだけでは足りない。尊敬できる人との時間を大切にしたい。嫌な言い方だが、突然怒りをぶちまけてきた人のことを、私はまったく美しいと思えなかった。そこに、幼児的な甘えを感じ取ってしまった。

 

愛は、甘え合うことではない。愛は、一人でも生きていけるようになることだと思う。傷を埋め合わせることではなく、傷を抱えたまま飛翔することだと思う。傷も苦しみもあって当たり前だ。問題は、それと向き合う人間側の態度だ。傷が人間を台無しにすることもあれば、傷が人間を高貴さに導くこともある。どっちが良いとかはない。ただ、私は美しい人が好きだ。高潔な魂が好きだ。愛と甘えは違う。油断をしていると、愛の仮面を被った甘えが足を引っ張る。馴れ合って足を引っ張り合うより、私は並走する戦友でありたい。愛とは、一人でも生きていけるようになることだ。一人で生きることではない。一人でも生きていけるようになることだ。一人でも生きていけるからこそ、誰かとの時間を心の底から楽しむことができる。

 

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「星のように」 詞曲 Keigo Sakatsume

 

星のように 星のように

夜になれば 見える恋ならば

 

何度だって 朝を越えて 瞬く

星のように 瞬くから

 

星のように 星のように

朝になれば 消える恋だから

 

何度だって 夜を越えて 生き抜く

星のように 生き抜くから

 

終わりがあるから 切ないよね

終わりがあるから 愛しいよね

 

さみしくなるのは 一人だからではなく

君のことを 知ってるから

 

星のように 星のように

時を越えて 光る恋なのに

 

悲しいのは 足りないからではなく

強い 愛が まだあるから

 

終わりがあるから 切ないよね

終わりがあるから 愛しいよね

 

会いたくなるのは さみしいからではなく

僕もここを 離れるから

 

星のように 星のように

遠く 遠く 空の上高く

 

泣いているのは 悲しいからではなく

 

出会えたことが 嬉しいから

出会えたことが 嬉しいから

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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