いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

そのまま、よくなっていこう。

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決めつけは良くない。自分は結婚に向いていないとか、自分は起業に向いていないとか、自分は歌うことや踊ることは向いていないとか。そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないじゃないか。一回くらいやってみようよ。軽いノリだと無責任に見えるかもしれないけど、軽やかなノリならきっと楽しめるよ。できないことまで無理してできるようにならないでいいから、そのまま、よくなっていこう。

 

おおまかなスケジュール

4月23日(金)京都に行く可能性があります。


以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

 

諦めないで、よかったな。

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横浜における森暮らしがはじまった。生きていると色々思い悩むが「孫悟空だったらやるな」と思うと背中を押される。若かりし頃、福島県の公園でテント泊をした夜を思い出した。キャンプ場ではなかったから「警備員に見つかったら殺されるのではないか」と過剰に恐れて気が気ではなかったが、一夜明けたら少しだけ自分が逞しくなったことを感じた。最悪の場合は怒られるだけ。その時は土下座でもなんでもして謝ろう。そう思ったら開き直れて熟睡できた。なんでも経験だ。経験によって幅は広がる。最初はなんだって怖いのだ。鳥の声と共に目覚めた朝は最高で、ああ、これが生きるということなのかとかぼんやり思っていたことを思い出した。

 

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よっしゃーこれから森で俺のニューライフがはじまるぜと意気込んでいた矢先、京都在住のT君から「交通費を出すので京都まで来れませんか。いま、圭吾さんと話すことが自分にとってパチンコより映画より一番のエンタメになると思ったのです」と連絡が届いた。そんなことを言われてしまうと弱いので行きますと答えたら、T君は「やったー!それでは、アコ○でお金を借りてきますね!」と言うから笑ってしまった。消費者金融で借りたお金を使ってまで移動をすることはどうなのかなとか思ったが、一秒後に「面白いからあり」と思った。面白い人といると自由な気持ちになれる。心に、人生ってなんでもありなんだよなあという春風が吹く。

 

 
 
 
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最終的に「諦めないで、よかったな」と思えたら万々歳だ。T君と出会えたのも、私が家なし生活とか合同会社いばや(昔、私は会社を経営していたのだ!どや!)などをやっていたからだ。人生は経験だ。月並みな言葉だがこれは真実だ。経験することで必ず何かを学ぶ。そして出会う。誰かとの出会いは人生に膨らみを与える。自分が想像している何倍も世界は広いということ、優しい人間はいるということ、素晴らしい景色は見つけられることを待っていることを学ぶ。油断をしていると不安や恐怖に支配をされて深刻になってしまうが、大前提として私たちは地球に遊びに来ているのだ。正しさよりも楽しさだ。楽しいなら、それはきっと正しい。

 

そのまま、よくなっていこう。

先日、ある方のお話を伺う機会があった。その方は言った。自分がおにぎりを持っていたとするでしょう。それを、誰かが「ちょーだい」と言ってきた時、自分がお腹いっぱいだったらどうぞって差し出すことができるけど、自分もお腹がペコペコだったら差し出すことは難しくなるでしょう。だから、何よりも最初に自分を満たすってことが大事なのです。自分を満たすことができなければ、誰かに与えることもできません。と。これを聞いた時、ものすごい正直に言えば「うわー、これはめちゃめちゃその通りなのだろうなとは思うけれども、あんまり美しいとは思えないなあ。俺は、そうじゃない美しい人たちにたくさん救われてきたなあ」と思った。 

 

豊かさとはなんだろう。たくさん持っていることが豊かなのではなく、分け与えることができる人が豊かなのだと思う。どれだけ多くのものを持っていても、その人自身が「まだ足りない、まだ足りない」と思っていたら、その人は貧しい。自分が持っていなければ誰かに与えることもできないというのはその通りだと思うが、私たちは既にたくさんのものを持っている。しかし、世間的なムードとしてはまだまだ足りない、誰かに施している時間もお金も余裕もない、人のことよりまず自分!自分さえよければそれでいい!みたいになっている気がする。うまい言い方が見つからないが、それでは一体いつになったら自分は持っていると言えるのだろう。豊かさとは、独占することではなく分かち合うことで生まれるのではないだろうか。

 

ストックがある間は安心していられるかもしれない。だが、同時に「これを失ったらどうしよう」という不安心理も働く。だから、減らないようにホールドしようとする。しかし、自然の摂理はストックではなくフローだと思う。おおいなる流れの中に自分はいるのだと思えば、金は天下の回りものと言った感じで、必要なものは与えられる。自分一人だけの力で生きようと思うと必ず無理が出る。まずは最初に身体が叫ぶ。内臓が「私を一人で生きさせないで」と悲鳴を上げるのだ。現代社会はとにかく他者に迷惑をかけないことを第一優先事項としがちで、自分だけの力で生きていけるようになることが一人前であり、誰かの力を借りることは半人前のやることだと評価する。だが、こういった教育は傲慢な人間を生む。自分の力だけで生きている人間なんて一人だっていない。自分の命を精一杯に生きながら、足りない部分は他者を必要とする勇気を。それが『つながる』ということなのだと思う。

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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