いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

冒険、歓喜、福音に満ちた人生を。

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横浜にいる。私はO型だからなのかなんなのか、すぐにどちらでもいいということを思う。でも、本当はそんなことはない。どっちでもいいだなんてないんだ。自分を見つめ直す。それは選び直すってことだ。本当は強いこだわりというか強い憧れがあるはずだろう。もう一度、しっかりとした足取りでその道を歩き始めるんだ。

 

おおまかなスケジュール

4月21日(水)横浜


以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

 

大きな変化は起せなくとも、生き方を残すことはできる。

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家の中は息が詰まる。どれだけ豪華な家具に囲まれたり便利な道具に囲まれても、息が詰まる。それは大地との繋がりが断たれるからだ。横浜の家に戻ってきたが、沖縄での野営生活の日々で得た教訓を生かしたい。大地との繋がりを感じながら生きたい。ちょうど先日、ロックハウスの住人である春花が「テントで暮らしたい」という記事を投稿していた。実は、明日、巨大なテントが家に届く。春花はそこで暮らし始める。非常にありがたいことに横浜の家にはある程度広い敷地があるため、私はブッシュクラフト的な感じで裏庭を開墾したい。家はあるが、外で寝る。家は横浜の住宅街のど真ん中にあるが、それでもなお、大地との繋がりを感じながら生きたい。日本人は分断されつつある。分断ではなく、統合の道を模索したい。

 

note.com

 

私は自然を愛している。だが、自然は増えるどころが減少の一途を辿っている。空き家は大量にあるのにどんどん自然が壊されてマンションや家が建つ。自分がどれだけ自然を愛したところで、時代的なパワーがどんどん自然をぶち壊す方向に進むと「俺一人にできることなんてたかが知れているじゃないか」と虚脱感に襲われることもある。そして、よし、死のうとか思ってしまうこともあるがそれではいけない。最後まで戦う戦士になりたい。私たちの最大の武器である愛と情熱で戦うのだ。ロックハウスは来週以降空室が一部屋できる。もしもちょうどいま横浜で家を探していた的な方がいたらご連絡ください。最後まで戦う戦士になるか、汲々と生きる村人になるか。こんな言い方はアホだが、一緒に戦っていける人と生きたい。

 

私はこの、「偶然の一致」「目に見えないエネルギーの存在」を、信じていながらも、自分はその外側にいるような、内側にいくのが怖いような、結局は臆病スイッチがはたらいて身を委ねるのはやめる、という生き方をしてきました。 

現在もしています。  

でも、その生き方が、
ものすごく苦しいのです。  

地球に、人に、目に見えない何かに、身を委ねたいと憧れながらも、臆病になって、最後の最後で、ブレーキをかけています。  

そうすると、ひとりきりで生きているようで、
とても苦しいのです。   

そのブレーキは、徐々に、かなり、かなーり緩んできて、本当ーーーに生きやすくなってきたのですが。そこへ飛び込んできたこの本。  

君、まだまだ生き辛いのに、
『『『飛び込む覚悟』』』
を先延ばしにしてるんじゃないの??!
してるよね???
  

と、ハンマーでかち割られたのでした。(都会のテント暮らしより引用)

 

ハイブリッドな生活を目指したい。自然が好きだと言うと「だったら田舎に住めよ」と言われそうだが、違う。横浜の住宅街のど真ん中でそれを実現することに意味がある。都会ほど自然を必要としているし、都会ほど静けさを必要としている。光熱費を限りなく0円に近づけた暮らしの実現を目指したいが、具体的なスキルは皆無なので詳しい方々の協力を仰ぎながら手探りで進めたい。風呂も水道も家にある。毎日使うとありがたみは薄れ当たり前になるが、一週間風呂に入っていない生活をした後に家に戻ると「うおー!」となる。都会か田舎か屋内か屋外かの二元論ではない。どちらも大事だ。日本人は分断されつつある。分断した方が、恐れを助長した方が商品は売れる。だが、私たちが求めるものは恐れのない世界ではなく歓びのある世界だ。大事なマインドはJust do what you desire nont what you fearだ。

 

冒険、歓喜、福音に満ちた人生を。

野営をした際、帰り際に周辺のゴミを拾うようにしている。俺がいたことで少しでも綺麗になればという願いを込めてゴミを拾う姿は健気だ。健気だが精神衛生上非常に良い。自分がいたことで少しでも綺麗になってくれたらという思い。これは祈りだ。ホテルでも海岸でも森林でもカラオケでも人の家でも何処でも、お世話になった空間には帰り際に両手を合わせて「ありがとうございました」と黙礼を捧げる。精神衛生上これが非常によい。明日はとにかく家と家の周りを掃除する。掃除をしながら考える。都会にいながら原野に戻る。都会の中で原初の光を取り戻す。

 

一応、横浜の家には駐車場の空きが一台分ある。もしも「使っていない車があるから誰でも使える車として使ってもいいよ」という方がいたらご連絡ください。レッツ共有。軽トラの荷台を改造してキャンピングカーみたいにすることにも強い関心がある。旅に出たい。私は作ってしまったらある程度満足してしまうので、それ以降は誰でも使えるように開放したい。熱海の家も開放している。使いたい人がいたらご連絡ください。私が開放できるものには限りがあるが、基本的にはなにもかもを開放していきたい。所有に対する興味は薄い。本当に良いと思うものは周囲の人々と分かち合っていきたい。海は誰のものでもない。だからこそ「みんなのもの」になることができる。海は誰のものでもないが、それを見ている間だけは俺のものだとも言える。多分、人間も同じだ。人間を所有することはできない。だが、同じ時間を共有することならばできる。同じ空間を共有することだったらできる。

 

全部コミュニケーションなのだと思う。会話をしている時、自分だけが話をするのも違うし、相手がひたすら話しているのをただ聞くだけと言うのも違う。自分だけでもダメで、相手だけでもダメで、大事なものは両者の間に立ち現れるものだ。人間。時間。空間。大事な言葉には『間』が入っている。 間にあるものが大事なのだ。だから、あんまり自分にとらわれてはいけないのだと思う。小さな自分にとらわれると、大きな自分を見失う。家の中にいながら「うおー、俺はいま、生きている!」と感じる瞬間は私の場合は結構少ない。だが、夏の夜に星空を眺めながら横になり、広大な自然の美しさに包まれていたりすると「うおー、俺はいま、生きている!」と強烈に感じたりすることは多い。その時、小さな自分は立ち消えて、自分以上の大いなる何かと合致する感覚を得る。逆説的だが、真の充足感は自己を超えたところにある。空っぽで行き止まりの世俗的な社会ではなく、冒険と歓喜と福音に満ちた時の重なりの中を、私たちひとりひとりが歩めることを祈る。そのためにも、私たちを幸福にしない考え方にはまっこうから反抗をしていきたいと思う。

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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