いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

やりたいなら、やろうよ。

f:id:ibaya:20210326132653j:plain

 

与那国島の商店でカップラーメンを買おうとしたら、店内のラジオで「私は50代の女性なのだけどダメージジーンズに興味がある。だけど年齢が年齢だから履くことに抵抗があるのだけれどどう思いますか?」みたいな人生相談が流れていた。安くて量の多いカップラーメンを手に取りながら「履きたいんでしょ、履こうよ」と思った。履きたいなら履こうよ。行きたいなら行こうよ。やりたいならやろうよ。

 

おおまかなスケジュール

3月27日(土)与那国島石垣島那覇
3月28日(日)那覇久米島那覇
3月30日(火)那覇関西国際空港

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

 

知識より知恵。情報より情熱。

f:id:ibaya:20210326140917j:plain

 

与那国フェリーは死ぬほど揺れるから気を付けろと散々聞かされていたが、実際に乗ってみたら結構平気で風を浴びながら延々ギターを弾いていた。こうなると逆に「俺に武勇伝をくれ」みたいな気持ちになる。揺れないに越したことはないのだが「いやあ、あの船は死ぬほど揺れるから大変だったよわっはっは」みたいなことを自慢したい。いっそ俺を殺してくれとも思ったが、否、やっぱり無事でよかった。

 

f:id:ibaya:20210326151453j:plain

 

揺れたらどうしようと思うより「せっかくなら死ぬほど揺れてみろ」と思っている方が、自分を守るより「かかってこいや」と自分を開いている方がいいのだと思う。情報より情熱。情報に左右されると正解を求めて右往左往する。いらない情報に惑わされて知ったつもりになり、実際に体験する前に決めつけてしまうことも多い。だが、世界に対して「かかってこいや」と自分を開くことができている時、たとえ敗れても「なるほど、これが世界か」とそれなりの納得を得る。直接的な知恵を得る。船は後部座席の方が揺れないだとか、クンバハカ呼吸法が効果的だとか。

 

f:id:ibaya:20210326164529j:plain

 

与那国は(私の心象風景かもしれないが)厳しい島だと感じた。うまく言えないが憎しみを感じた。それは、戦争で侵略された韓国人が日本人によって姓名を奪われたような憎しみだ。与那国は無論日本だが、そこに対する抵抗を見た。私は本土側(新潟)の人間だから、憎まれる側の人間だ。直接的な憎しみを受けたわけではないが、ここでは自分は異端なのだなと思った。最西端の地から眺めた水平線は、自由より悲しみを感じた。地球は丸い。丸い地球に端っこなんて本当は存在しない。

 

www.youtube.com

 

やりたいなら、やろうよ。

明日以降石垣と久米島と大阪に呼んでいただけたので、数日後には沖縄を離れる。離島には娯楽がないからと、結構多くの人々が酒を飲む。都会に比べれば確かに娯楽は少ないが、食べることも飲むこともスマホを見ることも、感情をシャットダウンするには最適な方法だ。食えば、飲めば、スマホを見ていれば、自分のことを考えないでいられる。だが、私たちが本当の意味で求めているものは「本当に話したいことを話せる間柄」ではないのだろうか。誤解を恐れずに言うと、スマホを見ている姿は美しくない。自分をごまかし続けていると、浅い会話しかできなくなる。

 

前回の記事で「歌が嫌いな人間はいない」と書いたが、歌うことに抵抗を覚える人間は多い。それは、幼少期に「うるさい」と周囲(特に親)から怒られた経験があるからだと思う。声が小さい大人は多いが、声が小さい赤ちゃんは皆無だ。赤ちゃんは、誰もが死ぬほど通る声で泣き叫ぶ。あんなにも小さな体で、あんなにも大きな声を鳴り響かせる。我々は全員そうだった。だから、私はボイトレという概念に違和感を覚える。声は、覚えるものではない。取り戻すものだ。思い出すものだ。

 

海に行くと、結構多くの人々がバカヤロー!と叫ぶ。あるいは愛してるぞー!と叫ぶ。まったく正反対の言葉に聞こえるが、私は同義語だと思う。愛しているはバカヤローに支えられている。バカヤローに支えられていない愛しているだなんて表面的で嘘臭い。叫べない好きなんてたかが知れている。好きに見返りを求めるなんてナンセンスだ。愛に見返りを求めるなんてナンセンスだ。ただ、心のままにバカヤロー!あるいは愛してるぞー!と叫ぶ、その瞬間の爽快感こそが報いになる。そこには、周囲の評価が入り込む余地なんかない。生きるということは、バカヤローと愛しているの融合体だ。行きたいなら行こう。会いたいなら会おう。歌いたいなら歌おう。踊りたいなら踊ろう。やりたいならやろう。きっと、そこに未来はある。

 

www.youtube.com

 

「ジュリー」 詞曲 Keigo Sakatsume

 

恋に恋をした また 傷がひとつ増えた

でも明るい未来を信じるんだ ジュリー

 

一輪の花を見ろ とても綺麗ではないか

吹き荒れる雨風に 負けるな ジュリー

 

望んで生まれた訳じゃないけど

生きることを望んでいない訳ではないし

 

わたしの 代わりに 生きている

 

故意に恋をした コラ またいつものやつだろう

性懲りもないいい加減目を覚ますのだ ジュリー

 

みんなもがきながらも 幸せに手を伸ばすよ

完璧な人間はいない 受け入れろ ジュリー

 

遊びで生きてる訳じゃないけど

遊びで生きてはいない訳でもないし

 

ひとつの 命を 生きている

 

愛に恋をした ほら きっとまた会えるよ

奇跡は何度でも起きる さあ顔上げろ ジュリー

 

ああ 思い出していた 君と 歩いた道

夢中で走り出す君が大好きだ ジュリー

 

世界は愛でできていると思ってたけど

どうやら世界は恋でできているようだ

 

あなたは もうひとりの わたしです

あなたは もうひとりの わたしです

 

f:id:ibaya:20210326132654j:plain

 

人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

f:id:ibaya:20210321172341j:plain

LINE ID ibaya