いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

生きられるだけ生きて、ああ愉しかったと野垂れ死ぬぜ。

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波照間島の海岸にいる。明日から黒島と与那国島久米島に行く。非常にありがたいことに「片道交通費だけ出すので来てくれ」と言っていただけたのだ。与那国島は日本最西端の島で隣は台湾だが、S様から「台湾に住むゴダ(私の友達)に愛を叫んで来てください」という極めて独特なミッションを受け、行くことになった。

 

おおまかなスケジュール

3月25日(木)波照間島石垣島〜黒島
3月26日
(金)石垣島与那国島
3月28日(日)石垣島那覇久米島

以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

 

日本最南端の塩を求めて。

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波照間に来た目的は二つ。一つはパブリックな場所には書けないのだが、もう一つは「日本最南端の塩を舐める」ことだ。波照間在住M様と断崖絶壁に足を運び、自然が作った塩を探して徘徊した。車で迎えに来てくれたM様は「旅の疲れはないですか?」と優しく尋ねた。私は、笑顔で「考えないようにしています」と答えた。M様は女性だが東京から北海道まで自転車で旅をしたこともある猛者で、道中、サンゴ礁でできた死ぬほどギザギザな崖を素手でよじ登ったりした。リゾートよりアドベンチャー。リゾートみたいな旅行よりはアドベンチャーな方が好きだとは思っていたが「これは落ちたら死ぬ奴だな」と死を感じたため心身共に引き締まった。

 

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私はどうも人間が苦手で集団の中に入ると速攻で落第する。M様に「人間を苦手だって思うことはないですか?」と尋ねたらあるに決まってるじゃないですかと満面の笑顔が返ってきた。昨夜、同じ民宿にいた女性四人組の声が死ぬほど下劣で頭痛が収まらずコロナより政府よりお前らが絶滅しろと呪詛をかけながら宿の毛布を持ち出して道端で寝た。俺は何をやっているのだろうと思うことが1日に15回くらいあるが、深夜、おそらく私が不貞腐れているであろうことを察したM様が「月でも見に行きましょう」と私を楽園に連れ出してくれた。9割はクズで1割本物。医者や弁護士は全員凄くて、無職やホームレスは全員クズと言うことはない。あらゆる業界は9割のクズと1割の本物で構成されている。ダメな奴は医者でもダメだし、ダメな奴はホームレスでもダメだ。当然、この9対1の法則は自分自身にも当てはまる。私の9割はクズだが私の1割は素敵だ。問題はこの1割をどこまで守り抜けるかだ。

 

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生きていると色々あるが塩を舐めると回復する。塩はすごい。実は相当疲れていた私も塩を舐めた途端超回復を遂げて「走って帰りましょう!」と踊り叫び転んで泣いた。膝小僧から流れ出す血液を眺めながら「生きてる」と思った。荒波を眺めるたびに思うが、あいつらの凄さは生きる力を叩きつけている所だ。自然の猛威は見るものを緊張させる。なんだかちょっと説教されている気持ちにさえなる。生ぬるい生き方をしてんじゃねえよ。中途半端なことをやってんじゃねえよ。もっと激しく生きてみろよ。自分の本気も知らねえまま生きるだなんてお前は本気なのか。と。別に自然はそんなことを言っているつもりはないと思うが、私は勝手にそう解釈する。あいつらは「生きろ」と言っている。そしてそれを実際に体現している。

 

 
 
 
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生きられるだけ生きて、ああ愉しかったと野垂れ死ぬぜ。

私には自殺をした知り合いがいるのだが、彼は最後に繋がりを感じない的なことを言っていた。私は彼の気持ちがとてもよくわかるものだから「そうだよな」的なことを感じたが、世界との繋がりが断たれて自分はひとりぼっちなのだと思うと人間は簡単に死ぬ方向に向かう。生きる意義を見出すことがとても難しくなるのだ。離島にいると一期一会という言葉をよく目にする。そりゃそうだよなと思う。少数の人間が生きている中で勝手なことをしていたら共同体から弾き出される。だが、都会では別に自分なんかいなくても社会はまわるように感じるから一期一会という言葉も空疎に響く。自分は必要な存在だと思えない時期が続くと精神は闇落ちする。

 

私は現在35歳で特定の仕事もしていなければ結婚もしていない。その状態を自由だと感じる時もあれば、俺はこれまでの人生で何一つ繋がりを築けていないのではないかと闇落ちすることもある。自分以外の人間がうまいこと社会と折り合いをつけて家庭を築いたり職歴を築いたり世界との関係を築いている中、自分だけからっぽなまま生きてきてしまったような心許なさを覚えることがある。そのあてつけとして死のうかななどと思うこともあるが、小中学校時代に野球部に所属していた私にはあの頃に学んだ教訓が二つある。一つは「空振り三振をすることは、見逃し三振をするよりずっといい」ということ。そして、もう一つは「繋いでいくこと」だ。

 

9回裏。自分のチームは大差で負けている。最初のバッターが進塁した。次のバッターがヒットを打つ。長打だ。一塁ランナーがホームに帰ってくる。一点。まずは一点を返した。点差は開いたままだが、ここで解説者は「大事なことは繋いでいくことですね」と叫ぶだろう。そうだ。大事なことは繋いでいくことだ。どれだけ大差をつけられていても、繋いでいくこと。諦めないこと。そうやって奇跡の大逆転劇を起こした野球チームは決して少なくない。どうしても自分を『負けている側』として考える癖が抜けないが、 それは逆転サヨナラホームランという言葉に途方もないロマンを感じているからだと思う。だから、負けるなと思う。自分みたいな人間全員に負けるなと思う。そして同時に待っていてくれと思う。いつか、お前に生きてて良かったと思わせてやるからその時まで待っていてくれと思ったりする。すると、不思議に力を得る。繋がりがない自分でも、繋いでいこうとすることで力を得る。断崖絶壁に打ち付ける荒波(新潟市立青山小学校時代のチーム名は青山あらなみでした。優勝経験あり〼!)のように生きる意思を繋いでいくこと。辛い時はこの曲を聞いてくださいと言いたい。波照間島で歌いました。Everything is Fine。

 

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「Everything is Fine」 詞曲 Keigo Sakatsume

 

顔も見せないで 親不孝ものと呼ばれなにしてんだっけ ねえ

隠せないぜ 変わらないためには もう変わってくっきゃねえ

 

こんな土曜日は とんとごぶサタデー

あほづらさげて もう やるしかねえ

 

Everything is Fine, gonna be all right

またゼロになるだけだ 行け 

キリがないぜ 感情 乱高下 やっちゃなんねえことこそやれ

行き当たりバッチリだ 飛べ 下見ちゃダメ!!

 

もう世知辛いぜ 空飛ぶギターに乗って 旅に出ようぜ

恥ずかしいセリフ 恥ずかしげもなく言ったもの勝ちだ

 

顔洗ったら 行け あほんだら

最短距離で また 這い上がれ

 

Everything is Fine, gonna be all right

身のほどを知れだと? うるせえ

生きられるだけ生きて ああ愉しかったと野垂れ死ぬぜ

腑抜けども 俺を見やがれ でも 真似しちゃダメ!!

 

Everything is Fine, gonna be all right

またゼロになるだけだ 行け 

キリがないぜ 来世も 乱世 竹槍でマンモスを狩れ

血に塗れた笑顔浮かべ さあ 悪あがけ

 

Everything is Fine, gonna be all right

冥土の土産なら いらねえ

生きられるだけ生きて ああ愉しかったと野垂れ死ぬぜ

この命 燃え滾らせて “GO!! Everything is Fine!!”

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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