いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

全部やろう。人間の全部。

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石垣島の民宿にいる。今回の旅路のメインは明日からの波照間島で、3月25日以降は人生的に予定がない。基本的に呼ばれた場所に移動をする生活をしている。そこで誰かに会うこともあれば「私の代わりに行ってきてくれ」と身代わり旅行をすることもある。財布も予定もガラ空きなので、必要な方がいたらお声掛けください。

 

おおまかなスケジュール

3月25日(木)以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

SCHEDULE on http://urx2.nu/xkMu

 

野生動物みたいですね。

今日お会いしたN様に野生動物みたいですねと言われた。なぜそう思うのか尋ねたら「ものすごいいまにいるように見える」と言われた。シャーマンみたいだとも言われた。お会いした方から「体がピリピリする」とか「温泉に入っているみたい」とか「理由がわからないのだけど涙が出る」とか「次の日筋肉痛になった」などの報告をもらう。女性に多い。昨日、自分を教会にして日曜電話礼拝なるものを行った。今日はちょっと気分が晴れないなと思う人がいたら電話をください、みたいなことをやった。すると、複数名の方から実際に連絡が届いたため、電話で話した。

 

ある女性は電話越しに泣きながら懺悔をしてくれた。自分には好きな人がいるのだがもしかしたらその人は犯罪をおかしているかもしれない。だが、そんなことは周囲の誰にも話せないから坂爪さんに聞いてもらえたらと思って電話をした、と。私は黙って話を聞くことしかできないが、聞き続けている間に話し手は自分で答えを見つけて「話していたらなんとなく見えてきました」となってくれることは多い。こう言う時、ミヒャエルエンデのモモを読んでいてよかったなと思う。また別の人は「気分が晴れないから電話をしました」と連絡をくれた。何をしても、何もしなくても、一日は終わる。そう思うと何かをしなくちゃと焦ってしまうこともあるけれど、それでも「焦らないぞ!」と自分を戒めつつ、毎日自分と心理戦をしている。そういう感じの電話だったが、その人は笑っていた。気分が晴れない時も「気分が晴れない」と実際に口にできたら、気分は晴れる。不思議だ。話す相手がいれば、分かち合える相手さえいれば、ネガティブな出来事さえも笑いのタネになる。

 

今日お会いしたN様は、過去にアメリカのシャスタという山のガイドをしていた。シャスタに惚れ込んだN様は毎月ガイドをやるために日本とアメリカの往復航空券を取る日々を過ごした。金銭的に余裕がある訳でもないし、行ったら行ったで宿や食事はどうするのかなどの不安は無限にあったが、それでも毎回「えいや!」と思いながら航空券を取っていた。毎回ビビりながら生きていて、それでも、毎回どうにかなっていた現実があった。現在は事情があって沖縄の離島にいるが、あの頃の自分を懐かしく思い出すことが多いらしい。あの頃の自分は生きていた。それに比べて今の自分は生活に不自由はないが心が大きく動くこともない。我を忘れて、全部を投げ捨てて、真っ直ぐに自分の好きなことに向かっていたあの頃の自分が愛しくてたまらない。そう話しながらN様は涙を流した。私はただ、涙を流すN様をニコニコしながら眺めていた。ら、N様から「野生動物みたいですね」と言われたのだ。普通の男だったら、もっと焦ると思うのに坂爪さんは焦らないのですね、と。

 

全部やろう。人間の全部。

N様は言う。島の人たちは本当にいい人たちなんだけど自分の全部を話せる訳じゃない。本音を出しても伝わらなかったり変わり者扱いされることが多いから徐々に萎縮をしてしまって、ただ、坂爪さんになら話を聞いてもらえると思って連絡をした。島で生きられる人と、自分との明確な違いを感じて毎日ものすごい寂しい。島の人は自分の本当の想いに触れるのが怖いから避けているように見える。テレビの話とか、介護の話とか、病気の話とか。私はシャスタが本当に好きでこれがあれば他には何もいらないと心の底から思っていた。あの時の気持ちでこれからも生きていきたいと思いながらも、もう一人の自分が「そんなことはいっても年齢が」などと言って諦めさせようとする。自分の心がどんどん閉じて行くのを感じて、このままじゃダメになると思っていたタイミングで坂爪さんと会えていることが嬉しい。

 

話を聞きながら「自分の心を殺すことは、自分のこどもを殺すことと同じだ」と思った。私は、孤独を感じるのは光がないからだと思っていた。だが、違った。孤独を感じるのは光を見てしまったからなのだ。N様は「自分は心を閉ざしている」と言った。心を閉ざしている状態とは、誰かからもらったとても綺麗なロウソクを大事に使わないで引き出しの中に保管しているようなものだと感じた。ロウソクを大事に保管しておけば汚れることもないし消え去ることもない。ただ、ロウソクは鑑賞するためのものではない。保管するためのものでもないし、コレクションするためのものでもない。ロウソクは「燃やす」ためのものだ。そして「周囲を照らす」ためのものだ。心を閉ざしていることが苦しいのは、本当は燃えたいと思う魂の思いに反するからだ。無傷で死ぬことが我々のゴールではない。死なないために生きることが我々のゴールではない。傷だらけになっても、周囲からボロクソに言われることがあったとしても、それでも「私は生きた」と高らかに言える生涯を送るために、私たちはこの世に生まれてきた一本のロウソクみたいなものではないのか。

 

シャスタを案内していた頃はテント泊も日常茶飯事だった。昼間は何も気にならないリスの立てる物音が、夜、テントで一人きりの時に聞くと「うわっ!」と本気でビビり、私はなんでこんな生き方を選んでしまったのだろうかと激しく嘆く。それでも、朝が来て山々の稜線を昇る朝日を目にした瞬間「私は生きている」と強く思うことができる。そうN様は話した。セットなんだと思う。光も影も。絶望も希望も。どうしようもない自分がいるからこそ、たまらない瞬間はより一層輝く。最後の最後でN様はもう一回泣いた。泣きながら「どうしようもない自分より、心が動かない自分が一番苦しい。本当の話をできる人と出会いたい」と言った。ああ、わかる。わかるよと思った。そう思いながら微笑んでいたら「やっぱり野生動物ですね」と言われた。神経が図太くなければ慌てるはずだ。それなのに笑って泣かせてくれるあなたは偉大ですねみたいなことを言われて、いい気持ちになった。全部やろう。人間の全部。喜と怒と哀と楽の間にあるグラデーションの全部を生きよう。

 

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「BE THE LIGHT」 詞曲 Keigo Sakatsume

 

誰も生きたことないような そんな生き方をしたいのさ

こうあるべきの外側まで 連れ出してくれるパスポート

 

宇宙規模で見るなら全部 小さなことだろと笑って

同じ穴のムジナになった きっと全部は繋がってる

 

BE THE LIGHT 誰も生きたことないような

BE THE LIGHT そんな生き方をしたいのさ

 

人が嫌いな訳ではない 一人で生きたい訳でもない

人よりほんのちょびっとだけ 一人の時間が欲しいだけ

 

闇の中を生きる姿に 唯一無二の光が射す

葛藤と爆発を生きる 君だけは僕の味方さ

 

BE THE LIGHT 誰も生きたことないような

BE THE LIGHT そんな生き方をしたいのさ

 

火を噴く前の火山のように 溶岩に咲く野薔薇のように

あたたかな摂理に抱かれて この世の矛盾全部抱いて

 

裏切りの先のもっと先 もっと先には赦しがあり

悲しみの奥のずっと奥 愛ならずっとここにあるぜ

 

BE THE LIGHT 誰も生きたことないような

BE THE LIGHT そんな生き方をしたいのさ

 

オーロラになんてなれないし 汚れた川に響く無口な愛

全部やろう人間の全部 喜怒哀楽の全部握り締めて

 

過去も未来もここにはない 憂鬱も退屈も喪失もない

ただ強烈に今を叩きつける ご覧 これが僕らのラブソングさ

 

BE THE LIGHT 誰も生きたことないような

BE THE LIGHT そんな生き方をしたいのさ

 

手を 手を 手を 手を離すなよ

手を 手を 手を 手を離すなよ

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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