いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

たった一人の反乱。

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昨夜は川崎市多摩区登戸のご家庭に泊まらせていただき、明日から沖縄県那覇市に行く。那覇でも宿無しなのでそこはかとなく泊めてくださる方を募集しつつ、緊急事態用のアルミシートを三枚購買して無料のキャンプ場に泊まることも念頭に置いた。珈琲道具一式も持参するから呼ばれた場所で野点カンタービレもやる予定だ。

 

おおまかなスケジュール

3月16日(火)以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

SCHEDULE on http://urx2.nu/xkMu

 

人間は商品じゃない。作品だ。

行く先々であまりにも同じ質問を受けるから近日中にまとめたい。たとえば「連絡先などをオープンにしていて怖くないのですか」だ。無論最初は怖かった。知らない人に会ったら殺されるんじゃないのかと恐れた。だが、冷静に考えると「俺を殺すメリットがない」ことに気づき楽になった。この点は男性有利だ。女性は襲われる。だが、カフェを営む女性は連絡先も所在地も明らかにしている。カフェと俺の差は何か。同じだ。だが、誰もカフェオーナーに「怖くないのですか」とは問わない。ただ単に、カフェは大量にあるが家なし生活をしている人間は少ないだけの話で、前例の差だ。危険はない。世界は思うほど怖い場所でも厳しい場所でもない。 

 

将来の不安はないのですか。これもめちゃ聞かれる。答えは「ない」だ。そんなことより今夜の宿だ。そんなことより今夜のメシだ。将来よりもいまだ。いましかねえ。私の人生に将来が立ち入る隙はない。将来よりも今が不安だ。今が危機だ。瞬間瞬間が勝負だ。逆に言えば「瞬間瞬間を真剣に生きていたらいつの間にか寿命を迎えて死ぬ」だけだ。将来なんてない。あるのはいまだけだ。だから、いまを精一杯に生きていれば結果的によい人生になる。いつまでこの生活を続けるのですかとも聞かれる。この生活の定義が謎だが、それが「やりたいと思ったことをやること」を意味するなら、死ぬまで続ける。当たり前だ。人生はたった一人の反乱だ。

 

昨日お会いした女性に本を渡してそこに「人間は商品じゃない。作品だ」とサインをしたらああこれはもうダメです自分が一番言われたかった言葉ですと路上で号泣をしてしまった。私は「涙を流せるっていいよね」と思いながらニコニコしていたら通行人からこいつは女を泣かせてヘラヘラしていやがる最悪な男だ的なまなざしで睨まれた。私はよく睨まれる。睨むなら睨め。どんどん泣いてくれ。俺は悪者になりたい。ヒーラーが最近増えているが胡散臭い連中が多い。俺が本当のヒーラー(ヒール役のレスラー)だと言いたい。人間は商品じゃない。作品だ。巷には自分の商品価値を高めるなんて言葉が当たり前に使われているが最悪な言葉だ。なんだそれ。人間は商品じゃねえ。誰かの欲望を満たす道具じゃねえ。涙を溜め込ませる世の中よりも、私は涙を氾濫させる世の中を求める。人生はたった一人の氾濫だ。

 

たった一人の反乱。

F1のレースでイタリアのチームが先頭を走っていた。あと一周でゴールというところで車体に異変が起こり緊急ピットインをして緊急全体会議が行われた。ギリギリ走り切れるかもしれないが最悪の場合はゴールする前に車体が爆発して運転手は死ぬ。どうする。一瞬だが永遠とも思える密度の濃い悩みを経て、誰かが「俺たちはイタリア人だろ」と言った。俺たちはイタリア人だろ。これはGO(行け)を意味する。結果そのレースはイタリアが優勝した。私はこの話が大好きだ。俺たちはイタリア人だろという言葉がGO(行け)を意味するなんて格好良すぎる。仮に「俺たちは日本人だろ」と言った場合、永遠とも思える会議が開かれて何も結論が出ないままなあなあに時間だけが過ぎる気がする。情けない話だ。だから、私は私に新しいアイデンティティを求めた。それが『いばや』だ。緊急事態に置かれた際「俺たちはいばやだろ」と言ったら、それはGO(行け)を意味する存在でありたい。

 

実は昨日夜死ぬほど疲れていた。だが、ふと脳裏にローリングストーンズというワードが浮かび、転がる石、転がる石、転がる石、そうか、俺は転がり続ける石ころなんだよなと思ったら如実に元気が出て再び外に飛び出す活力を得た。やりたいことをやって生きてもやりたくないことをやって生きても最後には死ぬ。だったら「死ぬ前に思い切り暴れようぜ」と思い、飛び出した結果登戸で最高の時間を過ごせた。自分を守ると弱くなる。幸せは道端にある。お前は石だ。転がってなんぼだ。私はロックバンドをやっている。名前はTHE PRESENTSだ。プレゼントには贈り物という意味の他に『存在』という意味もある。カッコ良い部分もカッコ悪い部分も含めて、これが俺だ。これが俺からの贈り物だ。善悪ひっくるめて、喜怒哀楽の全部ひっくるめて生きる。それが贈り物になる。そんな意味を込めて名付けた。言葉は力だ。そうだ俺はTHE PRESENTSのボーカリストだ。血も汗も涙も作品だ。

 

誤解されると困るが(別に困らない)私は奢られたり無料で宿泊をすることを目的に生きている訳ではない。そんなものはただの手段だ。大事なことは「こういう生き方をしていなければ絶対に出会えなかった物事と出会い、触れ、交わり、生まれ出るもの」だ。瞬間瞬間を真剣に生きて、表面的で形式的な物事に中指を立てながらお互いの本質を刺激し合うような時間を過ごす限り、確実に血肉は活性化する。人生はライブだ。生身と生身のぶつかり合いだ。そこから生まれたものを私は言葉にする。私は音楽にする。私はそれを遺物(この星を生きた思い出)にする。こうあるべきという規制でお互いをがんじがらめに縛り合うことよりも、人間はこういう生き方もできるんだよという広がりを生み出したい。そして、死ぬ時に「ああ、よい人生だったな」と言えたら万々歳だ。最高な人生を贈ろう。自分に。世界に。

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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