いばや通信

ibaya《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

敵はいない。全員味方だ。

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諸事情が爆発して明日3月11日(木)朝7時京都に高速バスで到着以降暇になった。誰か「本を売ってちょんまげ」とか「話そう」とか「家でゆっくり寝ていきなよ」という方がいたらご連絡ください。高速バスは恐怖だ。疲弊する速度も高速だ。熊野古道に行く予定が流れた。京都到着以降何をしたらいいのかわからない。誰か。

 

おおまかなスケジュール

3月11日(木)以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)

SCHEDULE on http://urx2.nu/xkMu

 

お前は女を狩りに行け。

今日は東京で家庭科の先生Y様とお話をした。突然夜の話になるが、Y様の元彼は「私の目を見るだけでどこが気持ちいいのかがわかる」男性だったらしい。だから、彼との性生活は最高だったと話した。逆に、最近できた彼氏は思い切りマニュアル通りの人間で「修行して来いって言いそうになりました」と笑いながらY様は話した。男にとっては笑えない話である。これが本当の家庭科の授業だと思った。

 

あまりにも彼氏が型通りだったために、Y様は「お前は女を狩りに行け」と言いそうになった。だが、それを言ったら相手に致命傷を与えると思って控えた。女性という生き物は優しいんだか残酷なんだか謎だ。男性からしたら「言ってくれ」案件なのだろうが、女性からしたら「言わなきゃわからない時点で失格」なのだろう。だからこそ、こういった又聞きの情報を他人事としてではなく自分事として聞く必要がある。世の男性陣、お前は女を狩りに行け。修行をしないと女に見放される。

 

家庭科の授業は続いた。夜の営みには様々な誤解がある。たとえば「尽くすのがいい女」などあるが、逆だ。極論、セックスのゴールは女性が満足をすることであって男性は別に気持ち良くならなくていいのだと思う。男が気持ち良くなろうとすると暴走する。しかし、女性の官能に誤作動はないと思う。男が女を狩ることでいい男度を高めるのであれば、女は何をすることによっていい女度をあげるのだろう。Y様に尋ねたら「男をけしかけることですかね」と笑った。格好良い笑顔だった。

 

わたり文庫『じぶんだけのいろ』

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今回のわたり文庫無料郵送の一冊はレオ=レオニ著作『じぶんだけのいろ』です。この本は先日愛知に行った際に「まるで坂爪さんみたいだと思って」と譲っていただいた一冊になります。ご希望される方は何かしらの方法で坂爪圭吾までご連絡ください。御当選(?)された方には70万時間以内に折り返しご連絡いたします。

 

※※※ こちらの本は東京都にわたりました ※※※

 

レオ=レオニの物語の世界には一貫したものがあります。自分をさがす部分品とか、兎となかよしになる蛇とか、いろいろ悩んでしまうカメレオンとか、題材や絵は幻想的なのに、そのお話はいつも私たち人間の生きている現実に根をおろしています。

言いかえるとレオ=レオニの絵本の主人公たちは、いつもほんの少しずつ私たち自身なんだと言えるでしょうか。彼等のかしこさやおろかさには、どこか思いあたるふしがあって、そこに私たちが彼等に親近感を抱いてしまう理由があるようです。

魚や虫や小動物を愛するレオ=レオニは、もしかするとそれ以上に人間を愛しているのではないでしょうか。この主人公たちは、自分たちの弱さを恥じもしないかわりに、自分たちの強さを誇りもしません。そこに私は、作者の生きものに対する優しさを見ます。イソップの伝統を受け継ぐ批評を秘めながら、レオ=レオニは何よりもまず生きる喜びを大切にしています。

レオ=レオニ『じぶんだけのいろ(訳・谷川俊太郎)』【好学社】

 

敵はいない。全員味方だ。

愛がないから苦しいのではなく、愛があるから苦しいのだ。自分の中にある愛を持て余してしまうから、発散先や放電先が見つからないから停滞感を覚えるのだ。愛の表現方法は十人十色。優しく相手を包み込む菩薩チックな愛もあれば、料理などを通じて相手にそっと差し出す柔和な愛もある。私にとって、一番自分に合っているなと思う愛は「ハンマーで頭をぶん殴る」愛だ。愛は愛でも激しい愛が好きだ。

 

アントニオ猪木の闘魂注入ビンタのように、生きる力を打ち付ける言葉が好きだ。生きる力を打ち付ける音楽が好きだ。Y様は獅子座だ。私は牡羊座だ。共に『火』のエレメントを持つ仲間だ。我々にとって大事なものはライブ感だと思う。ライブとは別に生演奏だけを意味する言葉ではない。会話も授業もセックスも、別々の人間が同じ空間を共にする限り全部ライブだ。世の中には様々なライブがあるが、私は、それを見終わった後に「よし、俺も生きてやるぜ」と思えるライブが好きだ。

 

書くこともライブだ。この記事もライブだ。ライブとは生きていることを確認し合う行為だ。私はこの記事に自分の『今』を強烈に叩きつける。俺は生きているよ。君も生きているか。物理的には遠く遠く離れていても「あいつもやっているのだから、自分もやるか」と思い合えたら最高だ。呼応するように生きる。Y様は、私のブログを読みながら「もう一人の自分を見ているような気持ちになる」と話した。光栄だ。共に生きる。私の生涯のテーマはこれである。共に生きる。誰一人置いていかない。生きる力を打ち込むような瞬間瞬間のど真ん中を生きていたいと思う。

 

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「LIVE TOGETHER」 詞曲 Keigo Sakatsume

 

ここから僕らが飛び去る時 弾けた体が風に乗って

ここから僕らが飛び去る時 最後の涙が星になった

 

身ぐるみ全部剥ぎ取られ 掃き溜めの中捨てられても

冷え切った牢獄にぶち込まれ 深い闇に打ち震えても

 

僕たちは 歌うことをやめないだろう

 

見えるか あの 空の向こう 輝く

僕たちが消えても 愛ならこのまま

誰一人置いて行かない LIVE TOGETHER

 

ここから僕らが飛び去る時 汚れた夜空に星が散って

ここから僕らが飛び去る時 最後の祈りが夢になった

 

指先を粉々に砕かれて 何一つもう 掴めなくても 

絶望に憧れを潰されて 何一つもう 見えなくても

 

僕たちは 歌うことをやめないだろう

 

聞こえるか まだ 海の向こう 囁く

僕たちが消えても 愛ならこのまま

誰一人置いていかない LIVE TOGETHER

 

晴れ渡る 紺碧 舞い踊る 花弁

繰り返す 波音 闇に光る 星空

 

誰一人置いていかない LIVE TOGETHER

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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