いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

死ぬ気でやるな。殺す気で行け。

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横浜駅前のドトールにいる。今朝、Agape(我々のバンド)を解散させた。昨夜閃き、我ながらグッドアイデアだと思い、善は急げとメンバーに伝えた。これまでは「面白いかどうか」を基準に、動き続けた。だが、人間、やるからには「かっこいいかどうか」だと思った。面白いとか、楽しいとか、優しいとか、重要だ。だが、それだけでは生ぬるくなる。甘えが発生する。本気であることが、大事だ。保科さんの「海に散ると書いてってやつですね!笑」という返信の軽さに、笑った。

 

 

おおまかなスケジュール

12月1日(日)15時 坂爪圭吾 弾き語りLIVE@ごちゃまぜの家
12月3日(火)19時00分~19時40分 弾き語りLIVE@吉祥寺『曼荼羅』
12月4日(水)以降、FREE!

SCHEDULE on http://urx2.nu/xkMu 

 

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それだけじゃない。

自分の心が「それだけじゃない」と言うことを、止められなかった。Agapeの音楽は、明るい。だが、Agapeの音楽をやりながら「俺は、これだけじゃないんだよな」と思った。音楽をやることは、夢でもあり、理想でもあった。特に、好きな仲間とやれているなら、尚更のことだ。音楽をやれている時点でゴールであり、夢はすでに叶っている。そう思う部分もあった。だが、同じくらい「全然ゴールなんかしてねえよ」と思う自分もいた。やりたいことをやれているようで、ただ、周囲から受け入れられる範囲内でしか、やりたいことを、やっていないような気がした。

 

最近、コミュニケーションとは『ハンマーで殴り合うこと』だと感じる。ハンマーで殴り合い、覚醒し合う行為。目を醒ませ。そんな言葉を浴びた瞬間は、最初、唖然とする。ガーン!となって、頭が真っ白になる。真っ黒ではなく、真っ白になる。これがいい。黒じゃなくて、白になる。自分を規定するものが一旦壊れ、真っ白な自由の大海に放り出される。その瞬間、感じるものは喜びよりも、唖然である。ひとは、本当にすごいものを目撃したとき、リアクションが取れない。ただ、唖然とするしかない。唖然とするしかないからこそ、それは、素晴らしいものだ。

 

破壊って、愛だなと思う。終わらせることって、愛だなと思う。バンド活動をはじめてから「いつか、行きます!」という言葉を、たくさん言われた。言われるたびに「いつかってなんだよ。いましかねえんだよ」と、裏側で思っていた。Agapeが解散すれば、もう、七人全員の舞台を見ることはできない。そこに、不敵な笑みを浮かべたくなかった。ざまーみろ、と。吉祥寺や心斎橋のライブを見たひとは、貴重だ。それは火山に消し流される前のワームポンドを見たひとや、焼け落ちる前の首里城を見たひとの『幸運』と、似ている。死ぬことに贈り物があるとすれば、終わることに贈り物があるとすれば、それは、こんな言葉で表現することができる。それは「大事なものが、いつまでもそこにあると思うなよ」というメッセージだ。

 

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「オニキス」

押し寄せる光と影 ど真んなかを削り取る
古傷はまだ痛むけれど 動けなくなる前に

繰り返す いまはまだ ひとりきりだとしても
生き延びている まだ 息してることを 確かめて

自分を解きはなって 思うまま 飛びたい
二度と戻れなくていい あの空を超えたい

誰の声も もう 届かない 深みまで 沈み込む
ハッピーエンドは馴染めないけど 最愛の爪痕を

闇がなければ また 光もないのだと
漆黒を削り取る その先に見える 光まで

自分を解きはなって 思うまま 飛びたい
二度と戻れなくていい 永遠を 超えたい
オニキスの夜の空で 僕を待ってる 僕を

生きている いまもまだ ひとりきりだとしても
生き抜いている まだ息してることを 確かめてる ただ

自分を解きはなって 思うまま 飛びたい
二度と戻れなくていい この空を超えたい
オニキスの夜の空で 君が待ってる 君が

 

死ぬ気でやるな。殺す気で行け。

夢や理想は、辿り着くものではない。そこに、ワープするものだ。自分の意識が、行きたい未来にフォーカスされた瞬間、意識が変わる。現実が変わる。昔の自分に戻れなくなる。夢や、理想は、地道な努力を重ねて辿り着くとか、研鑽を重ねて歩み続けるとか、そういうことではない。一発だ。一瞬だ。全部、意識が決める。それは、古い自分が一回死んで、新しい自分になって生まれ変わることと似ている。新しい自分は、古い自分が生きていた世界を、実は「飽きていた」ことを教える。

 

死ぬ気でやるのもいいけれど、殺しに行くのはもっといい。自分の人生から、言い訳がなくなっていく。無論、怖い。この怖さは、問われている怖さだ。誰に。もうひとりの自分に。自分から逃れることはできない。自分は、常に、自分を監視し続けている。自分が、自分に「見さらせ!」と言える瞬間は、清々しい。自分に限らず、対人関係においても同じだ。コミュニケーションは、ハンマーの殴り合いだ。実際にハンマーで殴ってしまったら前科一犯になるが、言葉のハンマーなら、音楽のハンマーなら、精神世界だけを壊すことができる。そして、再生する自分を見届けることができる。畢竟、人生は「何回死んで、何回生まれ変わるか」だと思う。新陳代謝こそ、我が人生。どんどん壊して、どんどん生み出していきたいと思う。

 

昨夜、恩人と話した。恩人はいつも、俺のケツを叩く。ケツを叩いていると言う意識もなく、俺のケツを叩く。夜這い前の男子が、集落のお姉さん(手練れ)に訓練させてもらったあと「これでやりかたはわかったね。さあ、行っておいで」と言われた気分だ。男は、女に、男にさせてもらうのだと思う。優しいだとか、楽しいだとか、嬉しいだとか、面白いだとか、いつまでも生ぬるいことを言ってるんじゃないよ。音楽は、かっこいいかどうかなんだよ。かっこよければ、全部いいんだよ。そう言われた(気がした)。私は、昨日、殺された。今度は、自分が、殺す番だ。

 

「聖夜」

 

清くもないこの夜も

星は光って

救いのない世界に突き刺さる

 

蜘蛛の糸はあっさり切れて

カンダタはまっさかさま

 

ねえ、知ってるかい?

ここは地獄の三丁目

 

そう、流刑地なんだよ左遷先

神や仏や存在意義や

 

生きる意味を教えて下さい?

俺達放り出されただけだからな

 

そろそろ気づけよいい加減

 

こんな世界で押し合いへし合い

愛されているとかいないとか

 

私の行く道教えて下さい?

好きにしろって言われてるんだよ

 

そろそろ気づけよいい加減

 

蜘蛛の糸、切れた理由も教えてやらない

蓮の花咲く池のほとり

高みの見物きめている

 

そう、見ているだけだよあいつらは

 

ゴルゴダの丘を思い出せ

殺されたのは誰の子か

 

そう、サンタ・マリア!

彼は一体誰の子なんだよ

 

サンタ・マリア!マグダラのマリア

愛に満ちた聖女様

そう、その夜だけは聖なる天国・極楽浄土・南無阿弥陀仏・ついでにハレルヤ!

 

人類みな兄弟!そうだよ、まとめてみんな放り出された

人類みな捨子!そうだよ、勝手にしろって放り出された

 

クリスマス?

知らない奴のお誕生会

灌仏会

なんて知らねーよ普通

誕生日?

その日痛い思いしたのは誰?

ママ~!

 

そろそろ気づけよいい加減

 

人の記念日祝ってないで

 

さっさと自分を産み出せよ

 

光の中へ産み出せよ

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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