いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

すべては許されている。

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11月22日(金・いい夫婦の日)に、大阪の心斎橋でAgape単独ライブがあります。明日15日(金)の夜には関西に入るのですが、宿がありません。もしも、坂爪圭吾を泊めてくださる方がいらっしゃいましたら、ご連絡をいただけたら幸いです。さすがに連泊は申し訳ないな、と思うので、一晩だけで本当にありがたいです。22日だけ宿泊先が決まっています。「この日なら大丈夫だよ」などありましたら、よろしくお願いいたします。ライブ参戦者も、絶賛募集中です。手売りもしているので、チケットが欲しい方には、直接お渡しに伺うことも可能です(残り7枚!)。

 

※※※ 11月15日(金)のみ、宿泊先が決まりました!万歳! ※※※

 

 

おおまかなスケジュール

11月15日(金)18時頃 新大阪駅到着以降、FREE!
11月22日(金)19時 Agape 単独ライブ@大阪市心斎橋「
5th-Street
11月23日(土)以降、人生的にFREE!(愛媛に行きたい!)

連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com

 

ibaya.hatenablog.com

 

泣く道を選ぶか、笑う道を選ぶか。 

宿もないくせに関西に行く、その、最大の理由は「なんでもやるからチケットを買ってください」と、みなさまにお願いにあがるためです。だがしかし、現状、何一つ予定がございません。1時間前行動前ならぬ1週間前行動になりますので、時間だけならたらふくあります。是非、この機会に「それならこれをお願いしちゃおっかな♬」などあれば、お気軽にご用命ください。スピリチュアル業界では引き寄せの法則なんて言葉もありますが、引き寄せの法則に対抗しない形で『押し寄せの法則』を採用したい、坂爪圭吾。押し寄せの法則とは、呼ばれてもいない癖に一方的に押し寄せることで「なにか起これ」と願う、場当たり的な在り方を意味します。

 

泣く道を選ぶか、笑う道を選ぶか。置かれた状態を変えることはできないけれど、置かれた状態の意味(解釈)だったら、変えることができる。それならば、喰えないバンド稼業をやっている自分に同情するより、置かれた状態を楽しみ、笑いに昇華し、なんなら「売れない時期を過ごせるのも、いまだけ(来年の今頃には売れっ子になってやるぜ、ヘッヘッヘ)」くらいのふてぶてしさと共に、邁進したいものです。とは言いましても、金がない現実は変わりませんので、最近は卵三つに大量の玄米(+醤油)を乗せたTKGを連日貪っています。売れっ子になるのが先か、栄養失調が先か。人生を賭した戦いは、まさに、この瞬間も続行中なのであります。

 

あるのに元気は、当たり前。ないのに元気が、新しい。そんなことを思って、家も金も仕事もなくても人間は生きられるのか的な日々を数年間過ごしました。時は流れ2019年、秋。音楽をはじめた私は「うまいから元気は当たり前。へたくそなのに元気が新しい」と、まったく成長をしていない形で、初の関西単独ライブを迎えることとなりました。技術だけではない何か。合言葉は、技術だけではない何かでございます。とてもじゃないけれど、人様に誇れるような生き方をすることはできませんでした。ただ、同じ時代の別の場所で「あんな生き方をしている人間もいるんだよな」と思いを馳せることで、ふわっと心が軽くなるような、なんだかちょっと許されちゃった気分になる、そんな存在であれたらななどと思うものであります。

 

note.mu

 

わたり文庫『イリュージョン』

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今回のわたり文庫無料郵送の一冊は、リチャード・バック著作『イリュージョン』です。ドナルド・シモダという名前の、元救世主は言いました。どうか言わせてもらいたい。どうしても自由と喜びを手に入れたければ、それは自分以外のどこにもありはしないよ。そうじゃないかい?自分には自由も喜びもある、そう思えば、あるんだ!そう振舞えば、自分のものになる!リチャード、いったいなにがそんなに難しいんだろう?だけど、人々は耳を貸そうともしなかった、ほとんどの人がね。奇跡なんだよ ー 。ご希望される方は、何かしらの方法で坂爪圭吾までご連絡ください。御当選(?)された方には、70万時間以内に折り返しご連絡いたします。

 

※※※ こちらの本は、沖縄県にわたりました ※※※

 

「たぶん、あなたにはおわかりなんでしょう」と、彼は言った。

「わたしたちは同胞のために生きなければならない、とキリストは言っておられる。だが、キリストの敵はこう言うのだ、利己的であれ、自分のために生きよ、ほかの人間たちを地獄に落とせとね」


「地獄とはかぎりません。天国もあるし、ほかのどこへでも、好きなところへ行っていいのです」

「あんたは危険人物だ、わかっているかい、ミスター?皆があんたの話を聞いて、やりたいことをやりだしたら、どういうことになるのか?いったいどうなると思う?」

「ここらあたりの銀河系のなかでは、いちばん幸せな惑星になるでしょう」と、彼は言った。

リチャード・バック『イリュージョン』【集英社文庫

 

すべては許されている。

私には、人生の羅針盤にしているものがあります。それは『嬉しさ』という感情です。昔から、お金を稼ぐことが苦手でした。売る・買うという関係性より「あげる・もらう」という関係性に、自然を感じました。高校時代、生まれて初めてやったバイトはコンビニの店員でした。時給は、新潟だったので630円でした。5時間働いて3000円程度でした。お金を稼ぐのは、こんなに大変なことなのか。そう思いました。自分の命を切り売りしているようで、こうまでしなきゃ生きていけない世界を生きていきたくないと思い、そうじゃない生き方を模索するようになりました。結果、現在のような、よくわからない生き方に着地をすることになりました。

 

正しくないと、生きていけない。そう決めつけていた私は、四苦八苦しながら仕事を転々としました。ですが、やはり、なにをやってもうまくいかない。うまくいかない自分を眺めて、最終的に「俺は、嬉しくないと生きていけないのだ」と思いました。逆に言えば、嬉しさを感じた瞬間があったからこそ、死なないでいられたとでも言いましょうか。自分を取り戻すことができたとでも言いましょうか。命を切り売りしている感覚は、自分を猛烈にすり減らしました。しかし、それとは別の「命をやりとりしている」関わり合いには、生きている手応えを感じました。それ以来、私は『嬉しさ』を人生の羅針盤にすることを決めました。世間的には正しいと言われていることでも、自分の心が『嬉しさ』を感じないことは、徹底的にスルーをしました。しかしながら、世間的にはどれだけ間違っていることだとしても、自分の心が『嬉しさ』を感じたものならば、徹底的に採用をするようにしました。

 

嬉しさは、あたたかさとも言えると思います。私は、あたたかい言葉を、信じたいと思う生き物であります。正しくても、冷たい言葉は、世の中にたくさんあると思います。生きるためには仕方ないとか、みんなそうやって生きているんだとか、冷たい世界を強要される場面は、無数にあると思います。しかしながら、ここは開き直りの思考とでも言いましょうか、そんなんじゃ生きていけないよと叱責されたときは「そうまでして(自分の心を殺してまで)生きていたくないよ」と、言葉を返すようになりました。そんな生き方をはじめて数年、非常にありがたいことに、私は、生きることができています。これを、非常にありがたいことだと感じています。そして、いま、私は「自分を縛っていたものは、自分だったのだ」と思うのであります。本当は、最初から、すべて許されていた。自分を縛っていたのは、自分だったのです。チケットの手売りも「ノルマを達成しなければいけない」という前提からはじめると苦行になりますが、そもそもで、人が見に来てくれることはうれしいことなのだ、と思えばこそ、よろこびに繋がるものだとおもうのであります。

 

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu  

 

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